【集】我が家の隣には神様がいる

カケル

我が家の隣には神様が居る

神様にお祈りを捧げる、願いを捧げる。

神社に行けば必ず行うその言動。

しかし、我が家ではわざわざ徒歩一分の神社に赴く必要はない。

ピンポーン。

お隣さんのインターホンを鳴らす。

「はいはーい、どちらさま……ってまたお前か」

鳥居や社があるわけではない。

けれど隣の部屋は、徒歩十秒で辿り着ける正真正銘の神様の部屋だからだ。

これを知るのは私だけだろう。おそらく。

「神様、一生のお願いですっ、宝くじを当ててくださいっ、今月ピンチなんですっ」

「あのなあ、何度お前の一生のお願いを聞けばいいんだ――」

という神様の呆れた様子で話すそれを、私は紙袋の中からスッとケーキの箱を取り出して前に出した。

「東京の有名スイーツ店【ド・フランス】から取り寄せた最上級ケーキでございます」

「よし、入れ」

玄関を潜り、靴を脱いでお邪魔する。

家の中は相変わらず質素だった。

必要最低限の家具と食器等があるだけで、現代らしいものは少ない。

一つだけ『らしい』ものがあれば、卓上のパソコンのユーチューブだろうか。画面が開きっぱなしで、チャンネルの登録数は千にも及ぶ。

神様はテーブルの奥に、私は手前に正座で、かつ神様に土下座する。

「わたしに宝くじ当選をせびったばかりだろう。当たった二千万の金はどうした?」

「……借金と教育費に消えました」

「それまた一瞬だな」

「その、少しプチ贅沢がしたいと言いますか」

「プチ贅沢?」

「旅行とか、新しい服を着て見たりとか、子供たちと遊びに行ったりとか」

「あれは貴様の不運を同情したわたしの温情であり、さらに【初めてのお願い事 超限定パック】のビギナーズラックだぞ? それにお前の望むプチ贅沢はかなりの贅沢だ。今の時代、そんな些細なことでさえ贅沢のハードルは上がっている」

「……子供たちがその、ディズニーランドに行ってみたいって」

「それなら十万程度で充分だろう。ここから車で一時間ほどの距離だ」

「車は、ありません」

「知っている。電車で行け。節約すれば十万なんてすぐにたまるだろう?」

「生活でいっぱいいっぱいです」

「嘘をつけ。ローンと教育費に充てたのなら、その分の金が手に入るだろう?」

「それはその……」

「ただ飯のつもりか?」

「まあ、そんなところです」

「欲深い人間め」

箱からケーキを取り出して、指ですくい取ってはそのまま口に入れる。

「お前の誠意は解った。当たるかどうかは運次第だな」

パチンと指を鳴らす。私の中に何かが流れ込んでくるのが解った。

「当たってもケーキ分くらいは帰ってくるだろう」

「ありがとうございます」

「ふんっ」

神様は立ち上がると、キッチンからフォークとお皿を持ってきて、再び目の前に座った。

「なんだ? 分けてやらんぞ?」

「構いません。神様の様子を見たかっただけと言いますか」

「なんだそれは」

フォークをケーキに滑り込ませて、形の崩れた大きなそれをお皿に移して食べ始める。相好を崩してご満悦だった。

「お前はこれからどうするつもりだ?」

「これから、と言いますと?」

「これからもお前はここに通い詰めるつもりか?」

ギロリと睨まれた。

「はい、そのつもりです」

「はっ」

神様は鼻で笑って、ケーキを口に運ぶ。

「やはり貴様もそんじょそこらの人間と同じか」

「どの辺の人間と同じなのかは解りませんが、私はたたあなたに恩を返したいだけですよ」

「嘘ばかりつきやがって」

「そうですか? 願い事もなく、お菓子やケーキを持ってきているはずです。旦那もお酒を両手いっぱいにここへきて談笑しているのを隣で聞いていますよ。焼酎が好きなんですよね? 子供たちと遊んでいただいて、私はとても嬉しいですし、子供たちも喜んでいました。楽しいと」

「……」

「私の当初の願い事は、借金を返すこと、それと子供たちの成長です。お金はその手段にすぎませんでした」

「友人に騙された。正直で誠実すぎるのも毒だな」

「旦那も反省していますよ。けれど彼がそんな人だったから、私はあの人を選びました」

「幸せな旦那だな」

「だからこそ、助けていただいた恩は多大に在りますよ。でなければ家族一同首をくくっていたかもしれません」

「物騒な話だ」

「だから一生のお願いなのですよ」

「詭弁だなあ」

と、神様はふっと笑った。

「神様はここでゆっくりお過ごしください。害を及ぼすことは致しません。たた、少しお邪魔するくらいですよ」

「約束を違えなけばもういい」

「神様の存在を口外しないこと、ですよね?」

「そうだ。わたしはもう隠居した身だ。ゆっくりしたいのだよ」

「……解っていますよ」

にこりと笑った。

「では私は失礼いたしますね」

「もう二度と来るな、鬱陶しい」

「ではもうケーキをお持ち致しません」

「冗談だ。次はもっとうまいケーキを期待してる」

斬り分けたケーキをまたお皿に運んでいた。

神様の楽しみをこれ以上邪魔するのは野暮だろう。

「では、お邪魔しました」

「ああ、またな」

扉を閉めようとして、神様からそう初めて言われた。

胸の中が温かい気持ちでいっぱいになる。

自分の部屋の玄関を開けた。

最近長男が始めたサッカーのその写真、そして長女の可愛らしい絵。

靴を抜いでダイニングを歩き、小さなリビング。

子どもたちの私物でいっぱいだが、まだ傷の少ない新品ばかりだ。

私たちの物はほとんどない。

「昼食の準備でもしましょうか」

公園へ出かけた三人。

もうそろそろ帰ってくるだろう。

窓の外から差し込む光が温かかった。

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