第36話 追い詰められ危うし! 打開策はあるのか?

 焦りの表情を浮かべる楼夷亘羅るいこうらは、ある一定の間合いを取り物思いに考える。やがて1つの決断を下すと、両手を縛り上げていた髪紐を解き外す。

 


后土こうど様には悪いですが、手首の紐は外させて貰いますよ」

「あぁ、俺は構わないぜ! 縛り上げたお前を屈服させても、嬉しくねえからな!」


 解き外した紐を手にする楼夷亘羅るいこうらは、乱れた髪を元の状態へとい直す。元は吒枳たきを安心させるために縛り上げた両手。これが枷となり殴られているようでは、元も子もないだろう。こうしたことから、その判断は恥などではなく適切な対応といえる。


 しかし、この状況を心配した楼夷亘羅るいこうら。周囲を眺め吒枳たきの存在を確認するも、その姿は何処にもなく回廊からいなくなっていた。


「ふはは、はは――。どうした楼夷亘羅るいこうら、お仲間に見捨てられたのか?」

「いいえ吒枳たきは決して、そのような真似はしません」


 周囲を見渡す楼夷亘羅るいこうらの素振りを不思議に思う后土こうど。同じように眺めたところ、消えた吒枳たきの存在に気づく。


「はたしてそうかな? 人とはすぐに裏切る生きもの。自分の状況が危うくなれば、強い者へ媚びるのが世の習い。まったくもって可哀想な奴だな。まあ、俺には関係ねえが」

「そんなことはありません。私と吒枳たきの心はいつだって共にある。そう簡単に引き裂くことは出来やしない。お互いを信じるとはそういう事です」


「ふっ――、呆れた野郎だぜ。どこまでも、めでたい奴だな。それにしても、屈服させる姿を吒枳たきへ見せてやれねえのが残念だ」

「ですから、何度も言っているように、考えを改めるのは后土こうど様の方です」


「いつまでもそうやって、ほざいてろ! じゃあ、そろそろ本気で行かして貰うぜ!」

「私とて望むところ――!」


 再び向かい合う二人。后土こうどは瞬時にして間合いを詰め寄り、腕や衣服を掴みにかかる。これを受け流す楼夷亘羅るいこうらは、先ほど同様に蜿々たるうねるような足さばきで後方へ移動する。


「おや? どうされましたか后土こうど様。亀でも、もう少し早いですよ」

「挑発してるつもりか? その割には、ずいぶんと真剣な表情だな」


 攻めを上手く受け流しているように見えるも、その表情は余裕のない顔つき。同じく俊敏たる動きで行く手を追い詰める后土こうど。やがて眼前に捉え、左手で衿を掴みにかかる。しかし、楼夷亘羅るいこうらはこれも上体を反らし難なく避けた。


 ――かに思われたが、左手は陽動にすぎず、下から忍ばせた右手が本来の狙い。一瞬の隙をつく后土こうどは腕をしっかりと握りしめ、身を低く懐に潜り込む。そして、時を移さず瞬刻の動作で構え、勢い良く背負い投げた――。これに気付くのが遅れ、腕を取られる楼夷亘羅るいこうら。その身はふわりと浮き上がり、弧を描くように宙を舞う。


 その瞬間――、楼夷亘羅るいこうらは受け身を取ろうとするも、腕は固定され為されるがまま。やがて身体は空から地面へと叩きつけられる。


「――がはぁっ!」


 訓練と違い組み手は実戦。そこは、踏み締められた固く凹凸おうとつした地面。背中からダイレクトに伝わる衝撃は、予想をはるかに上回る状況。微かに漏れ出る声から、痛々しい光景が窺える。その地を這う状態も束の間。后土こうどは握りしめた拳を素早く構え、顔面を狙い上空から振り下ろす。


「おらぁっ――!!」

「くぅっ――ぅ!」


 后土こうどの拳は顔面を捉えたが、体術に優れた楼夷亘羅るいこうらのこと。首を反らし、寸前のところで攻撃を受け流す。これにより、頬をかすめる拳が地面へと激突し、轟音と共に地を伝わり鳴り響く。そして、少し抉れた窪みの大地には、右手の跡が明瞭に残る。この状況からも分かる通り、拳圧の威力は計り知れないといえる。もし、ほんの少しでも反応が遅ければ、顎は砕かれ致命的な状態に至っていただろう。


「――ちっ、惜しかったなぁー。締め上げて、肋骨を折るべきだったか?」


 こうした状況に余裕の素振りを見せる后土こうどは、首を傾げ不敵な笑みを浮かべる。一方、追い詰められた楼夷亘羅るいこうらは、倒立から跳ね起き即座にその場から身を回避する。


「おいおい、どこまで逃げる気だ! そんなにも俺の投げが怖いのか?」


 后土こうどの手が届かない場所まで移動する楼夷亘羅るいこうら。状況を整理するため、先ほどよりも幅広く間合いを取り思い巡らす。


(…………さすがに、今のままでは逃げるのが精一杯。おそらく、打撃系も通用しないはず。だからといって、こんな場所で法力を使えば、惨事になり兼ねない。――とすれば、残すはあの技しかないが、あれをやれば身体の負担も大きい。だが、背に腹は代えられないか……)


 一点を見つめ考えこんでいた楼夷亘羅るいこうらも、何かの決断を下したのだろう。暫く顔を曇らせていたが、ほどなくして晴れやかな表情を見せる。


「さっきから、何をごちゃごちゃ言ってやがる。今更、謝ろうが許してやらねえぞ!」

「はい、私の事ならお構いなく。しかしながら、まさか后土こうど様がこれほどの存在とは驚きです。手合せするまでは、ただの阿呆あほうなのかと? ところが、実際に組み手をしていえること。それは人並みはずれた腕前であり、隙がなく陽動が上手い。全くもって、素晴らしいの一言です」


「はぁっ⁉ この期に及んで何を言う。挑発の次は、褒め殺しか? 一体、なにを企んでやがる。それとも、遂に観念したとでも言うのか?」

「いえ、そうではありません。単に、深く感心しているだけ」


「なんだと! まだ上から目線で言ってやがんのか? まぁいい、最後に笑うのは俺だからな」


 本心を伝えた楼夷亘羅るいこうらであるが、后土こうどにその様子は挑発として映る。いつもなら怒り散らすも、今回は平常を装い淡々と話す…………。

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