第31話 隠された地下の秘密

 こうして備忘録を手にした吒枳たきは、歴史ある書物ではないかと楼夷亘羅るいこうらに伝えた。そこには何かしらの真実が記されており、解読するまでは謎に包まれた書物といえるだろう……。 



「それよりも、この事を永華えいか先生は知っているのか?」

「多分、知らないと思う……」


 このように重大な発見に驚きを見せる楼夷亘羅るいこうら。先生へ報告をしているのか問い掛けるも、吒枳たきは少し俯き首を左右にゆっくりと振ってみせる。どうやら表情から察するに、今はまだ知られたくないようだ。


「だったら、知らせないと駄目じゃん!」

「――ちょ、ちょっと待ってよ楼夷亘羅るいこうら‼ もしこの事が公になれば、古文書はおろか、洞窟だって封鎖されるかも知れないんだよ!」


 楼夷亘羅るいこうらは状況を確認するや否や、すぐにでも先生へ相談するべきと話す。ところが、慌てて身を制止する吒枳たきは、必死になりながら行く手を食い止めようとする。


「そうだけど、でも……まずいんじゃないのか?」

「お願いだよ、楼夷亘羅るいこうら。古文書を読み解けなければ、この世界は謎に包まれたまま。それでもいいの?」


 極楽の荘厳理想郷と呼ばれた大陸。この世界は未だ謎に包まれ、どのような過程を経て存在しているのかさえ分からない。しかし、大僧正やごく一部の者には、伝承や系譜によって、ある程度のことは伝えられているという。とはいうものの、この者達ですら全貌は理解しておらず、未知の世界といったところかも知れない。


 これらのことから、一般の者に知らされているのは、天に譬えられた理想郷。そして、未だ存在は不明とされている冥府のような地底。こう呼ばれた大陸が存在することだけ。成立ちは分らぬも、その大地はそれぞれが重要な役割を果たしているという。飛び交う噂によると、どちらか一つを失えば、理想郷の大地も危ぶまれるらしい。


 人は食物がなければ生きてはいけない。同様に食物も水や光なしでは存続は不可能だろう。それと同じで、二つの大地も不離一体の関係といえる。こうした理由から、どうしても理想郷の謎を解き明かしたい吒枳たきは、今まで見せたことがない表情で楼夷亘羅るいこうらへ懇願するのであった。


「良くはないが……俺はあの時、永華えいか先生に隠し事はしないって約束したからなぁ……」

「隠し事じゃないよ! 何か重大な事が分かれば、すぐに知らせて必ず報告する。それならいいでしょ!」


 以前、説教部屋にて酷く叱られた楼夷亘羅るいこうら。それ以来、心入れ替え些細な事でも報告をするように心掛けていた。とはいえ、吒枳たきから頼まれた初めての願い。必死な説得に困り果て、暫く思い悩む……。


「まぁ、吒枳たきがそこまで言うなら黙っておいてもいいけど……」

「――ほんとに?」


 仕方なく1つの決断を下す楼夷亘羅るいこうら。その状況に胸を撫で下ろす吒枳たきは、身体全体で感謝の意を表す。


「あぁ、今まで何の感情も見せなかった吒枳たきだからな。ここまで感情的になるなんて、よっぽどの事なんだろう」

「ありがとう楼夷亘羅るいこうら。じゃぁ、お礼のついでに、もう1つだけ教えといてあげる。それはね、あの洞窟にはまだ何かある気がするんだ」


「何か……とは?」

「それは上手く説明できないけど、雰囲気というか? 棚の位置が変というか?」


 洞窟の中で読書をしている最中、違和感を感じていた吒枳たき。といっても、それは地下室のため、肌寒く閉鎖的な空間によることが考えられる。だが、これ以外にも肌へ微弱な電気の感覚、東西南北に置かれた本棚。あまりにも不自然な配置であり、規則性のようなものが窺えたという。


「雰囲気や棚の位置? 一体、なんだそりゃぁ⁉」

「それは僕にも分からないんだけどね。とにかく、何か分かったら必ず教えるようにするよ」


「そっかぁ、分らないんじゃ仕方ないな。だからといって、無理は禁物だぞ。それだけは約束してくれ」

「分かった。無理はしないって、約束するよ」


「まぁ、何はともあれ、俺も今日は忙しくなりそうだ」

「――えっ? 楼夷亘羅るいこうらも忙しいの?」


 溜息混じりに呟く楼夷亘羅るいこうら吒枳たきと同じく、稽古どころではないと話す。


「あっ、いや。えっと……そうでもなかったかな? あはは……はは」

「んっ、どうしたの?」


 何かまずいことでもあるのだろう。慌てた素振りを見せる楼夷亘羅るいこうらは、口元を掌で遮り誤魔化し隠そうとする。


「いや、本当に何でもないから。それより立ち話もなんだからさ、庭園まで歩きながら話そうか」

「うん、いいけど……」


 楼夷亘羅るいこうらは不意に話題を変え、苦笑いしながら庭園へ向かおうとする。そんな落ち着きない姿に、不可解な面持ちで首を傾げる吒枳たきであった…………。

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