第17話 誰かのために出来ること

 これまでずっと虐待を受け、馬鹿にされ続けてきた吒枳たき。優しくされた覚えもなければ、自分のために何かをしてくれたこともない。ゆえに、この温かい想いに触れ、どう厚意に応えていいのか分からないでいた。


「だったら、そうねえ……どうしてもお返しがしたいっていうのなら、私の代わりにお茶を汲んできてくれると助かるわ」

「お茶をですか?」


「ええ、今日は急いでいたからね、水筒を持ってくるのを忘れちゃったのよ」

「なるほど、そういう事だったのですね」


「けど斎堂食堂までは少し距離があるわよ、それでも大丈夫?」

「はい。伊舎那いざなさんの頼みとあれば、すぐにでも行ってきます。なので、食べながらゆっくり待っていて下さい」


 この二人のやり取りを不思議に思いながら眺めていた楼夷亘羅るいこうら。というのも、吒枳たきの位置からは見えなかったが、風呂敷の奥には確かに水筒が入っていた。


「ありがとう吒枳たき、焦らなくていいからね」

「はい、では行ってきます」

 

 こうして、吒枳たきは嬉しそうに斎堂食堂へ向けて走って行った……。


伊舎那いざな、さっきのはどういうこと?」

「さっきのって、水筒のことよね」


「そうだよ、なんで水筒があるのに行かせたの!」

「あのね、よく聞いて楼夷るい


「あんまりだよ、伊舎那いざなはそんなことする人じゃないと思ってたのに」

「お願い聞いて、楼夷るい


「あれじゃあ、吒枳たきが可哀想じゃん!」

「いいから聞きなさい! あるところにね、長い間ずっと使われていない扉がありました。扉は経年で傷ついているためか、強く引っ張っても固く閉ざされ動こうとしません。じゃあ、どうすれば開けることができると思う」


「なんでいま扉の話すんの?」 

「いいから答えてちょうだい!」


 水筒のことについて問いかけるも、伊舎那いざなから返ってきた言葉は例えられた扉の話。どのような繋がりがあるのか楼夷亘羅るいこうらは理解に苦しむも、強く返答を迫られ仕方なく纏めた内容を告げる。

 

「多分、それは扉が軋んでるせいだと思う。俺ならゆっくり引いて開けるけど」

「そうね、楼夷るいのいう通りよ。だからね、吒枳たきの気持ちも同じだと思うの。傷ついた心はすぐには回復することは出来ない。でもね、少しずつ満たしてあげれば、いつか全てを取り戻せるはずよ。時間はかかるかも知れないけどね」


「じゃあ、さっきのって?」

「そうよ、私のために何かがしたい。こう思うのは楼夷るいも同じでしょ。人ってね、与えるだけじゃ駄目なの。時にはね、必要としてあげることも大事なことなのよ」


 伊舎那いざなのためを想い、毎日のように花を摘み取っていた楼夷亘羅るいこうら。過去の自分を振り返り、与えるだけではなく必要とされていたことに初めて気づく。


伊舎那いざな……さっきは酷いこと言ってごめん。俺そんなこと知らなくて」

「いいのよ、楼夷るいは悪くない。だって、吒枳たきを想ってのことでしょ。だから気にしないで」


「うん、ほんとごめん」

「それよりも、冷めるといけないから早く食べましょ」


 こうして同じ時間を決まった場所で、変わりない日常を楽しんだ…………。


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