【短編】大好きなお下がり

セレンUK

大好きなお下がり

「戦士さんは右を、魔法使いさんは後方から魔法を撃ち込んで、僧侶さんは戦士さんの防御力増加を!」


 勇者クンの指示が飛ぶ。

 私は指示通り、右に位置する魔物3匹に向かって切り込む。

 後方から魔法使いの火炎魔法が魔物たちを襲い、奴らに混乱を生み出す。そこに鋼の剣を振り下ろす。


 返す刀で2体目に切りかかろうとするが、動作に入る隙をついて左の敵グループから狙われてしまう。


「やらせませんよ!」


 後方からワンテンポずらして現れた勇者クンが私と敵との間に入り、攻撃をいなす。

 私はそれを確かめたわけではない。だけどそうなっているだろうと確信しており、確認に手間を割く一瞬の時間を攻撃に費やす。

 そして2体目の首が飛んだ。


 戦闘終了後。

 私は勇者クンに指導する。


「僅かに踏み込みが甘かった時があったな。あと数センチ踏み込んでいればあの攻撃の威力はもっと上がっていただろう」


「は、はい……」


 勇者クンは見るからにしょげてしまう。自分ではよくできたと思っていたのだろう。ニコニコ顔で講評を聞きに来ていたからな。


「だが、最初のコンビネーションは良かった。キミのあの動きがあればこそ、私は気兼ねなく戦えるのだから」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


 私も甘い。ああ動くことは当然で、今の勇者クンなら問題なくこなせる事が分かっていたくせに、さも良くできたといわんばかりに褒めてやるのだから。


 ああ、自己紹介しておこう。

 私は女戦士。勇者クン(15)、女魔法使い(16)、女僧侶(16)のパーティの中では最年長の21歳。

 私たちは魔王を倒すために旅をしているのだ。


「先ほどの戦いで稼いだゴールドで戦士さんの新しい鎧が買えます」


「ねえ勇者クン、私も新しい杖が欲しいんだけど」


「えぇ? そんなお金はありませんよ」


「私なら次で構わないぞ」


「ほらー、戦士さんもそう言ってるし、ね!」


「だ、駄目です! 魔法使いさんの杖はこの前買ったばかりですよね。それよりも戦士さんの鎧です。戦士さんは先頭に立って魔物たちの攻撃を受けるんです。だから一番いい装備をしておかないと命に直結するんですから」


「はいはい、分かったわよ。このパーティのリーダーは勇者クンだからね。ちゃんと従いますよ」


 魔法使いは渋々といった感じで諦めた。

 確かに勇者クンの言うことには一理ある。私、勇者クン、魔法使い、僧侶の順番で隊列を組んでいて、まず最初に会敵するのは私だ。だがそれは戦士であり年長者である私の役目であって、当然の話だ。

 私の鍛え抜いた体で勇者クンを、3人を守る。それが使命であり、逆に言えばそれしかできない。


 私には魔法使いのように攻撃魔法を使えたり、僧侶のように回復魔法を使えたりはしない。彼女たちのように知識にたけていたり信仰心が厚いということはないのだ。

 私たちのリーダーである勇者クンは最年少の15歳。高名な父親の後を継いで旅立つことになったがまだまだ未熟で幼い。

 そのため国からこのパーティを組まされたのだ。

 戦闘技術については私が、攻撃魔法については魔法学園で首席の魔法使いが、回復魔法については時期聖女とも名高い僧侶が勇者クンに対して講義を行っているのだ。

 決して酒場で勇者クンがハーレムパーティを組んだわけではない。

 でもまあ国の作為を感じる人選ではある。

 勇者の血筋も今や直系は勇者クン一人だけ。激しい戦いの中でいつ血が途絶えるかわからないからだ。

 先代の父君は母君が勇者クンを身ごもってから旅に出ている。だが、情勢は勇者クンに同じ状況を許す時間をくれなかったのだ。


 パーティ構成については邪推しすぎかもしれないが、今後私が勇者クンを必ず守り切れる保証もない。

 冷たく聞こえるかもしれないが、そうなる前には魔法使いか僧侶とそういう関係になっていてくれれば、とも思う。


 街に戻って先ほどの報酬をもらい、私と勇者クンは防具屋に向かう。

 魔法使いと僧侶は宿で留守番だ。


「戦士さんどうですか?」


「うん。いい感じだ。ありがとう勇者クン」


 私は真新しい鋼の鎧に体を包んでいる。今の鉄の鎧でも問題ないのだが、ここは勇者クンの好意に甘えておくことにしよう。


「じゃあ戦士さんが使っていた鉄の鎧は僕が装備しますね。これで革の鎧からランクアップです!」


 武器や防具は高価なものだ。命を懸けるものだから安物ではよくない。そのためホイホイと買い替えることもできないので、パーティ内ではお下がりを使うことがほとんどだ。


 私の場合、お下がりの先は勇者クン。

 本当は勇者クンだって新しい装備を身にまといたいだろうに、いつも私の装備を優先してくれる。その心遣いには心が温かくなる。


 私たちは他愛もない話をしながら宿へと戻る。

 あばれざるの痛恨撃には気を付けるんだぞとか、イービルマージの催眠呪文には注意するんだぞとか、そんなつまらない話だったが、勇者クンは嬉しそうに話を聞いてくれて、それに気をよくした私はさらにつまらない話を宿につくまで続けてしまった。


 宿について4人で夕食をとる。そのあとは自由時間だ。

 宿代の節約のために同性で固めて部屋を借りることもあるが、私たちのパーティは勇者クンの提案によりそれぞれが個室で宿泊している。

 絆を深める時間も必要だが、殺伐とした旅の中では個人の時間も大切だ、という理由だ。

 私としては特に反対する理由もない。多少蓄えは減るものの、私たちの活躍の前には微々たるものだ。

 それに夜は勇者クンの勉強もある。剣術は実践で身につくが、魔法の理論はそうはいかない。そのため、夜は魔法使いと僧侶が勇者クンに魔法を教える時間でもあるのだ。


 だが今日はその日ではない。勇者クンのたまの休憩日だ。


「そう言えば、伝えるのを忘れていたな……」


 私が使っていた鉄の鎧のクセについて勇者クンに伝えるのを忘れていた。

 きっと勇者クンは休息日を利用して鎧の手直しをするはずだ。二度手間にならないように早めに伝えておこう。


 そう思い、私は勇者クンの部屋に向かった所――


「ハァ、ハァ、ハァ」


 部屋のドアをノックしようとしたところで、勇者クンの荒い息が耳に飛び込んできた。

 もしかして敵から毒でも受けていたのだろうか。それなら大変だ。

 そう思って、勢いよくドアを開こうとした瞬間――


「ハァ、戦士さん、戦士さんっ!」


 そう聞こえてきたものだから私の手はドアノブに触れる前に止まってしまった。


 だが、どうやら私の気配を察知して名前を呼んで警告した、というわけではないらしい。

 その証拠にまた、荒い息を立て始めたからだ。


 そこで私は気づいた。普通であればその声が聞こえなかったであろうことに。

 声が聞こえる理由。それは勇者クンの部屋のドアは完全には閉まっておらず、わずかに隙間が開いていたからだった。


 悪いと思いつつも、その隙間から様子を覗き見てしまった。


「えええええええ!」


 わずかな隙間から覗き見た光景。

 そこには、ベッドの上に横たわりながら先ほどまで私が装備していた鉄の鎧を抱きしめながら顔をうずめて深呼吸をしている勇者クンの姿があったのだ。


 何をしているのか。それは一目瞭然だった。まごうことなく、鎧に残った私の匂いを鼻から吸い込んで肺に溜めているのだ。


「だ、誰っ!?」


 しまった。勇者クンに気づかれてしまった。あまりに予想だにしなかった光景に声を出してしまったのが悔やまれる。

 だがそれも仕方がないというもの。いくら勇者クンとはいえ、さすがに自分の匂いをかがれることは恥ずかしい。汗にまみれた戦闘後に仕方なく匂ってしまうのとは訳が違う。自らの意思でそうされるなんて……。


 ――ギィィィ


 ドアが開かれた。


 私はその場に棒立ちだった。逃げることもできたはずなのにそうはできなかった。勇者クンの行為の意味を考えるのに少ない頭脳をフルに回していたからだ。

 本来ならば勇者クンが手に持っているものは、魔法使いのマントか僧侶のローブであるべきだし、そうなるものだとばかり思っていた。

 勇者クンだって年の近い魔法使いや僧侶のほうがいいだろう。知的で、そして私の目から見ても可愛い彼女たち。それに比べて一回り以上年が離れている筋肉ダルマの私などその範疇にも入るはずがない。そう思っていた。


「せ、戦士さん!? ち、違うんです、これは!」


 音が鳴った僅かな後、勇者クンの声が聞こえてきた。

 私の頭にしては高速で回ったものだ。


 だけど、思考を司る部位はまだまだ忙しく働いていたようだ。

 私は慌てて後ずさる勇者クンを視界に収めながら後ろ手にドアを閉めたのだ。


 そして彼を責めた。


「これは一体どういうことなんだ」


「ご、ごめんなさい!」


 勇者クンは仁王立ちする私の前で正座し頭を下げた。

 勇者クンのの頭に犬の耳があれば、きっとペタンと垂れ下がっていただろう。


「そ、その、僕、せ、戦士さんの事が好きなんですっ!」


 言わせてしまった。勇者クンの行為の意味は分かっていたはずだ。だけど私は彼に言わせてしまった。

 魔法使いや僧侶ではなく、私の事が・・・・好きだという言葉を心の奥底では聞きたかったのかもしれない。


「どうして私なんだ? 魔法使いや僧侶のほうが美人で頭がいいだろうに」


 言わせてしまったが、まだ信じることができなかった。

 やましい行為を正当化する理由に使われているだけなのかもしれない。

 褒められた趣味ではないが、女性の匂いを嗅ぐことが勇者クンの趣味で、それは誰のものでもよく、たまたま今日は私だった可能性もあるからだ。


「そんなことありません! 戦士さんは素敵で頼りがいがあって、かっこよくて、一番美人です!」


 その目はまっすぐだった。

 嘘偽りのない清らかで強い目。

 私はその目に心を撃ち抜かれてしまった。


 これまで考えなかった、いや、気づくのが恐ろしくて考えるのを止めていたこと。

 自分だって勇者クンに好かれたい。魔法使いや僧侶と添い遂げたとしても、そのおこぼれでいいからあずかりたいというやましい気持ちがあったこと。

 それに気づいて……いや、気づかされてしまったのだ。


 そうなってしまった時、私は自分自身を止めることができなかった。


 ◆◆◆


「あらら~、あれはとうとうやっちゃったかな?」


「何がですぅ?」


 魔法使いちゃんの言葉に対し、そ知らぬ振りで私は返事をする。


「ほら、勇者クンと戦士さんの距離だよ。昨日よりも近いよ」


「あぁ、確かに言われてみればそうですねぇ。心なしか戦士さんの表情も柔らかい気がしますぅ」


「いやぁ、本当にモヤモヤしたよね。早くくっつけばいいのにって。後ろからみるとまるわかりだったからね。勇者クンが戦士さんを大好きなこと」


「そうですねぇ、でも魔法使いちゃんも玉の輿を狙っていたんではありませんでしたかぁ?」


「うーん、確かに旅を始めたころはそうだったかもね。でもさ、後ろから見てると、あぁ、これは勝てないなぁ、って思ったのよ。そういう僧侶ちゃんはどうなのさ」


「私は神に仕える身ですのでぇ、成り行きでそうなったのなら仕方ありませんがぁ、そうならなくてほっとしていますぅ」


 これは本音。私の本音。


「これからもっと甘い匂いを出してくるよ、あの二人、あーあ、私耐えられるかなぁ。そうだ、この旅が終わったら物語を書こうかしら。あの二人を題材にしたラブロマンス! 吟遊詩人に転職するっていうのも面白そうだわ」


 カカカと笑う魔法使いちゃん。その笑顔はちょっと無理をしている感じがある。

 やっぱり勇者クンの事が好きだったのだろう。


「ほら見て、勇者クンが昨日まではギリギリ避けていた戦士さんのパーソナルスペースに踏み込んでるよ。後ろから見てるとよくわかるんだよね」


 ええ確かに。戦士さんもよく後ろの事を見るようになってますね。後ろと言っても勇者クンの事ですけど。きっと今までは見えてなかったことに気づいたんでしょうね。


 戦士さん、勇者クン、魔法使いちゃん、そして私。これがパーティの並び順


 だから、私も、私の前の魔法使いちゃんもそれに気づいてしまいます。


 だけど一番後ろの私だけが気づくこともあります。

 この人、魔法使いちゃんも戦士さんと同じく後ろの事には気づかない。私の恋心には気づいてくれないのだと。


 だから私も、魔法使いちゃんのお下がりをねだってみよう。

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