第5話
ダンジョンに潜って既に一日が経過した。
攻略は一層から九層まで進み、攻略スピードは過去最速の記録。
再び、ホブゴブリンのボス部屋にたどり着いた。
だが、前回と違うのはホブゴブリンの部屋前で先客がいることだ。
「アンタここらじゃ見ない顔だな?」
中年の男性が啓へ話しかけると、男の仲間である男達数人が啓を注目した。
「実は二つ隣駅から来たんです」
「へえ。仲間を連れてない事を見るに、アンタソロかい?」
「パーティを組んでくれる人もいないので」
自虐交りに交わした言葉は男の思惑を誘う。
「なら、俺らと組みませんかね?実は俺達ここにいる通り、ホブゴブリンを倒せる程実力者がいなくて。一緒に攻略してくれる人を待ってまして。それにお兄さんソロで潜ってるってことはお強いんでしょう?」
「俺の事を買いかぶりすぎですよ。それに残念ですが、足手まといになってしまうかもしれないので」
「いえ、ご心配なく!俺らこう見えてサポーターではありますんで、支援しながら戦うんで協力してくれないですかね?ここは人助けだと思って!」
啓は今の自分の実力と他の冒険者との実力差を確認したいと思い、一時的にパーティを組んでみようと承諾をする。
「・・・分かりました、組みましょう」
「おお!本当ですかい!ありがとうございます......えっと、失礼ながらお名前は?」
「猪瀬です」
「俺は松本です、短い間よろしく猪瀬さん」
松本と啓は握手を交わし、他メンバーの紹介を終えホブゴブリンの部屋に入ろうとした。
「入りますよ猪瀬さん?準備はいいですかい?」
「はい」
「野郎ども、気を張ってくぞ!」
松本の仲間は声を上げ気合を奮い立たせ、いざホブゴブリンの部屋の扉が開かれる。
ゾクゾクと身体が鼓動し、いつ振りに見るホブゴブリンの姿。
悔しくも自分を殺しかけた相手。
今度はお前が殺される番だ、と鋭い眼光を浴びせた。
「猪瀬さん、俺らは後ろでバックアップするんで前衛任せます」
そういって弓を構え、弓矢を飛ばす松本たち。
彼らには前衛はおらず、皆遠距離武器を持つ。
彼らの攻撃は軌道が外れたり、当たっても大したダメージを負わせることはない。
人数有利はあれど、今までどうやって十層まで上がってこれたのか不思議なレベル。
初心者ダンジョンといえど、ダンジョン内は危険だ。
知性がないコボルドやゴブリンといえど、並みの冒険者でない限り攻撃を喰らえばただでは済まない。
しかし、彼らに傷の一つや汚れなどはない。
そこか違和感を覚える啓だが、意識はホブゴブリンへ向いている。
余計なことは考えるな、今はホブゴブリンを倒すことだけを考えろと自分に言い聞かせ剣先をホブゴブリンへと向ける。
「今までの俺の攻撃とは一味違うぞ!」
啓の一撃はホブゴブリンにダメージを負わせる。
ホブゴブリンのヘイトが啓へと切り替わり、ホブゴブリンは啓を攻撃をする。
その攻撃は、以前よりも遅く捉え避けやすい一撃だ。
柔軟な身体捌きでホブゴブリンの攻撃を避け、一歩下がる。
踏み込んだ勢いのまま、速度に乗った剣はホブゴブリンの顔を斬った。
悲鳴を上げるホブゴブリンは怒り、先程よりも動きが素早く力も強くなる。
飛んでくる矢に刺さりながらも血眼に啓を追いかける。
鉈の攻撃を受け流しながら一歩一歩後ろへ下がり続けると、遂に壁まで追い詰められる。
逃げ場が亡くなった啓はこの危機的状況を、何ら脅威とは感じない。
真っ直ぐにホブゴブリンの目を捉え、攻撃の軌道をずらしていく。
「もうお前は俺の脅威にはなりえない」
二年という月日を費やし未だF級冒険者である啓は初心者ダンジョンの攻略でさえ一苦労だった。
今やそんなダンジョンのボスと対等に戦えている。
「ありがとな、ホブゴブリン。お前を倒すことで、俺は自信を持って初心者ダンジョンから抜け出せる」
ホブゴブリンの腕を突き刺し、続け様に腹部へ攻撃を与える。
血を流し続けたホブゴブリンはやがて動きが鈍くなり、膝をつく。
「俺はこんなところで地べたを這いつくばって生きていくつもりはないんだ。お前を倒して、次のステージへと進む」
初心者ダンジョンを攻略さえすれば万年F級冒険者ともおさらば。
初級ダンジョンへ潜れば冒険者としても認められ、やっとスタートラインへ立てる。
思い切り力を込めた剣は目にも止まらぬ速さでホブゴブリンの首を刎ねる。
啓の中でやっと一区切り終えたと感じる。
安堵した瞬間、グサッと何かが後ろから刺さる感覚を覚え痛みが傷口を開いていく。
「ッぐ...!」
痛みに耐えながら後ろを振り向くと、弓矢を放った松本が視界に映る。
その仲間も嗤いながらこの光景を見ている。
「な、んで」
「まさか本当に一人で倒しちまうとは驚いた。俺の考えたシナリオが台無しになっちまったけどな」
ペッ、と唾を吐きながら近づく松本を見て啓は己の状況を理解した。
「......初心者狩りか」
「やっぱこの瞬間が心滾るねぇ」
悪魔のような嗤いを浮かべる顔は、醜く映る。
初心者狩りとは、初心者を狙った殺人行為。
立派な犯罪であり、一番関わってはいけない冒険者だ。
啓は油断していたことに後悔する。
冒険者にとって、油断こそが命取りなのだから。
「お前ら、今までこうやって何人も殺してきたのか?」
「ダンジョンは最高だぜ?冒険者しか立ち入ることが出来ない、言わば無法地帯。そんな場所で殺し以外に楽しいことなんてあるか?」
「ゲスがッ...」
奴らはダンジョン内で無差別に殺しを行うPKプレイヤー、言い換えれば犯罪冒険者。そんな冒険者がパーティを組んでいるという質が悪い事実。
どうすればこの状況を生き残れるのかと考えた。
その考えに答えるかのように、目の前にクエストボードが現れた。
【悪事を止めろ!】
それは右眼に映るリアルクエスト。
否、緊急クエストだった。
クエストのクリア条件は六人の討伐。
まさか、新しいクエストが与えられるとは思わなかった。
ゴクリ、と喉を鳴らす。
クエストの報酬は捨てがたい。
ここで手放すのも惜しく、ヤらない選択肢は存在しなかった。
クエストを承諾し、松本たちへ向き直る。
「お前らは何故平気で人の事を殺せるんだ?」
啓は松本へと問いかける。
「お前らには何も感じないのか?」
静かな怒りを灯した言葉はボス部屋の空間に緊張感をもたらした。
「生きている心地がするんだよ」
ただならぬ気配を感じさせる松本は、隠し持った短剣を構えた。
いつまでも立ち尽くす啓に接近しようと踏み込んだ。
だが何かが横を通り過ぎ、状況変化は突然訪れた。
血生臭いものが頬に飛び散り、何事かと横目を振り向いた瞬間、先程まで目の前にいたはずの啓と首筋を斬られ死体と化す仲間の姿がそこにはあった。
(な、なんだ?今何が起こった?!)
松本は何が起こったのか理解できず、身体は硬直したままだ。
そんな様子をしり目に啓は応えた。
「何も感じないな」
理解しがたい状況に、松本は冷や汗を隠そうともせずに動揺する。
啓はそれ以上、何も言わず剣に付着した血を振るい落とした。
一人殺したことによりクエストのカウントは1/6へカウントされた。
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