ワガママ公女妃殿下は、今度こそ幼馴染のスパダリに溺愛される(短編版)

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第1話 悲哀! 憂国の姫と幼馴染の愛。

 時にオルーシャ帝国歴 215年。

 大帝ウラガン二世は野望を抱き、周辺ルーシャ国家群への侵略を開始した。

 古来よりルーシャ民族の中にあるルーシャ統一の願望。

 そして迫りくる東夷の騎馬民族帝国からの脅威に対抗する為に。


「グハハ! ルーシャは全て余の物だ!」


 帝国に隣接する緑豊かな小国、キロール大公国。

 この国も例外では無く、帝国歴218年に帝国からの侵略を受けた。


 国境地域での平原における初戦で、大規模な騎馬騎士を使う帝国軍相手に大公国軍は敗退。

 その後は、起伏や自然豊かな地の利を生かした遅滞作戦を実行するも、大公国の滅びは時間の問題。

 大公ウラジスロフ2世は、一か八かの賭けに出て自ら出陣。

 川を背にし勇敢に戦った。

 そして運よく、敵指揮官たる皇子イヴァンとの一騎打ちに持ち込んだ。


「イヴァンめ! ひ、卑怯な。一騎打ちでは無かったのか。お前には騎士道は無いのか!?」

「ふん! 戦争なぞ勝てば良いのだ。愚か者め」


 だが、騙された大公は伏兵からの降り注ぐ矢の雨に撃たれ、命を落とした。

 帝国歴220年の事であった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「レオニード、本当なら貴方にワタクシの『華』バージンは散らして欲しかったわ」


「御戯れを、姫様。しがない男爵にして敗軍の残党指揮官な私には重過ぎるお言葉でございます」


 帝国歴221年、大公国に残された最後の砦。

 その一室にて大公の忘れ形見、美姫と世に名高いエリザヴェータと幼馴染の細身な美形青年レオニードが、最後の逢引きを行っていた。


「でも、父様。大公が討ち取られて以降、貴方は一年以上もワタクシや大公国民の為に存分に戦って下さりました。おかげで大半の国民に弟、ユーレニカユリアンは戦に巻き込まれず、生き残っていますわ」


「お褒め頂きましても、か弱き私が出来ますのは兵站ロシズティックと幾ばくかの稚拙ちせつな戦術。かのように、剣すら満足に握れぬ男でございます」


 自虐地味に眼鏡をかけた優男な青年は、己の細い腕を姫に見せる。


「うふふ。貴方がワタクシよりも武術に劣るのは、昔から知ってますの。幼い頃には、ワタクシが武術訓練で貴方を何回も泣かしてましたわね」


 満月の夜、十七歳の二人はテーブルを挟んで最後の密会を行う。

 明日には姫、エリザヴェータは国民を守るべく降伏条件を履行するため、そして幼い弟を救うために帝国に赴く。

 そして父の仇、皇子イヴァンの妾として嫁ぎ、その華散らされる運命が待っている。


「もー、最後まで堅苦しいのね、レネーチカレオニードったら。今晩くらいは、昔の様にワタクシを愛称で呼んで下さらないかしら?」


 先程まで、高貴な姫の顔を崩さなかったエリザヴェータ。

 その美しい銀髪をかき上げ、堅物な幼馴染をからかうように幼くイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「……はぁ。キミは最後まで私、いや僕を悩ませるんだね、リーズニャエリザヴェータ。キミに過酷な運命を背負わせて、僕は……」


 青年は、眼鏡をクイと直し表情を柔らかくするも、何処か悲し気だ。


「今になれば、しょうがないわ。貴方が国の実権を握るのが遅かったの。頭の固い父様や側近貴族たちが軒並み戦死なさってからでしたから。貴方、レネーチカは一切悪くないわ。父様を説得できなかったワタクシも同罪なの」


 姫は、一瞬過去を悔やむような表情を浮かべる。

 しかし、レオニードを決して責めようとはしなかった。


 全ては運命であり、父たる大公を説得できなかった自分にも責任があったと語る。

 古き考えに固執し、愚直に突進するしか無かった父を少女の身では止める事が出来なかったと。


「でも、キミがその身を犠牲にして命を懸ける必要は……」


「これはワタクシが選んだ事ですのよ。あの皇子に抱かれるくらいなら、先に自害するつもりでしたの。でも、せっかくレネーチカが皇子と相打ちに出来る方法を見つけてくれたんですものね」


「あの本、いや異界の知識が書かれた秘宝オーパーツ。僕がもっと早く見つけて解読していたら、こんなことには……」


 レオニードは美しい姫の青い瞳を見ながら、後悔の涙をこぼす。

 自分さえ、もっと早く異界の知識に触れられていたら。

 もっと早く国の実権を握り、帝国への対抗策を実行できていたら、姫と国を救えたのかもしれないと。


「ねぇ、レネーチカ。あの本に書かれていたわよね、人は死んだら何処の世界で何かに転生するって。国教の経典にはそんな事は書かれていなかったけれど。ワタクシ、もう一度貴方と出会いたい、そして次の人生こそは貴方と結ばれたいわ」


「それは僕も一緒さ。今度生まれ変わっても必ず君を見つけるよ、リーズニャ。大丈夫、僕も直ぐに君の『後』を追うから。もちろん大帝陛下を討ち取ってからだけどね」


 二人は月明かりの中、ぎゅっと抱きしめ合う。


「ごめんね、乙女であるのを疑われたりしたら作戦が失敗しちゃうの。だから、コレくらいしか貴方には上げられないわ。ワタクシのハジメテをあげる、レネーチカ」

「うん、リーズニャ。僕もハジメテだから……」


 二人は唇を触れ合わせ、物理距離がゼロになった。

 そして涙ながら来世で結ばれる事を、お互いに誓い合った。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「ふむ。見た目は、すこぶる良いな。下賤な小国の姫とも思えぬ」


 帝都にある王城の一室。

 豪華な家具や天幕付きベットがある寝室。

 そんな中、ベットに座り豊かな胸を恥ずかしがって己が腕と髪で隠す薄い夜着の姫。

 彼女を嫌らしい眼でジロジロと見る皇子イヴァンがいた。


 彼は父、大帝に戦勝の報酬として、美姫として名高いリーザエリザヴェータを要求した。


「父上、あの姫を俺にくれ! そのくらいの戦働きを俺はしただろ?」


 かねてより嗜虐性しぎゃくせいの高いイヴァン。

 美しい姫が自分の腹の下で処女を散らし、破瓜の痛みに涙をこぼして悔しがる姿を見るのを待ち望んでいた。

 そして、最後には姫が性の快楽に負け、よがり狂い己に服従することを夢見ていた。


「イヴァン様。もう一度確認致しますが、ワタクシの身を差し出すのなら大公国民の安全、そして弟の身の安全を保証して頂けるのでしょうか?」


「ああ、そこは約束するさ。まだ五歳にも見たぬガキ、そして大半の忠臣を失った大公国に最早復活はあり得ない。今更、ガキ一人の命を奪うために戦力を失うのは、勿体ない。それに奴隷として労働力も欲しいからな」


 舌なめずりをしながら、姫の豊満な肢体を嘗め回す様に眺めるイヴァン。

 そんな視線を恥ずかしがりながらも、リーザは枕元に置かれた葡萄酒ワインの入ったデキャンタを手に取った。


「ワタクシ、緊張で喉が渇きましたわ。イヴァン様。一緒に飲みませんか? これは、大公国で最上級のワインですの」


「ふん。毒でも入れているのではないか、姫よ? 今なら、俺しかこの部屋に居らぬ。どうも気に入らん。あの、ワガママで気位の高いオマエらしからんぞ? 弟や国民の命がそこまで大事か?」


 血の様に赤い葡萄酒を見て、毒入りかと怪しむイヴァン。

 しかし、姫は己のグラスに酒を注ぎ、躊躇ちゅうちょする事も無くコクリと一気に飲みこんだ。


「ワタクシ、喉の渇きが我慢できずに飲んでしまいましたわ。これでもご心配かしら、イヴァン様? ええ、為政者いせいしゃたるもの、国民を守るのは義務。更に、肉親の安全を願うのは当たり前ですわ」


「どれ、俺の銀杯を寄こせ! ふむ、色は変わらぬな。己が飲むものに毒は普通入れぬ。俺の心配し過ぎだったか?」


 自ら銀杯に葡萄酒を注ぎ、銀杯の変化を寝室の蝋燭ごしに確認したイヴァン。

 姫が平然としている事、毒があれば反応する銀に変色が無いのを確認し、毒殺される可能性は無いと確証した。

 彼も喉が渇いていたのか、一気に葡萄酒を飲み干した。


 そしてイヴァンは姫をベットに押し倒し、豊かな胸を握りしめた。


「さて、ルーシャ一番の美姫を頂くと……! ぐぅ! な、なんだ、これは……! オマエ、毒を、毒を仕込んだか? ど、どうしてオマエは、なんともないのだ!?」


 ベットに倒れ込み、胸元を抑え苦しむイヴァン。

 そんな彼を、冷たい眼でリーザは見下ろした。


「ワタクシも、いずれは毒で死にますわ。ただ、貴方様が死ぬのを見守るくらいの間は死なないはずです。ワタクシ、当家秘伝の毒を用いましたの。二つの毒を混ぜれば、効果が消し合うのですのよ、おほほ!」


 レオニードが発見した異世界の知識が書かれた本。

 そこにあった毒殺方法。

 毒草トリカブトと毒魚フグの毒は、お互いの効果を消し合う。

 トリカブト毒酒を飲む直前にフグ毒を摂取したリーザ。

 その為、イヴァンの様にトリカブト毒の効果がリーザにはしばらく出なかった。


「く、くそぉ。衛兵! 衛兵よ、来い! 早く僧侶を、毒消し魔法が使える者を呼べぇ! し、死にたくない。俺は、まだ死にたくないんだぁぁ」


 痙攣を起こしながら苦しみ叫ぶイヴァン。

 しかし、姫はそんな彼をベットから蹴飛ばした。


「貴方が無残に殺したワタクシの民、そして父の恨みを今こそ晴らしますわ!」

「ぐぅぅ! い、嫌だぁ、死にたくない。ぐ、は、はぁ」


 もはや虫の息のイヴァン。

 そんな時、豪華な寝室の扉が開け放たれ、完全武装の兵士が突入。

 イヴァンの顔を踏みにじっているリーザを取り囲んだ。


「あら、残念。もう手遅れですのよ、おほほ。イヴァン様は、先程薨去こうきょなされましたわ」


 リーザの脚の下。

 イヴァンは、毒の苦しみで歪んだ顔のまま。

 まるで悪鬼のような表情で息を引き取っていた。


「皇子に手を掛けるとは! 魔女め、死ねぇ!」


 リーザに向かって突き出される無数の槍先。

 純白の夜着は、彼女の熱い鮮血で真っ赤に濡れた。


「父様、仇は撃ちましたわ。レネーチカ、ユーレニカの事をお願い致します……」


 真紅のカーペットに倒れ伏すリーザエリザヴェータ

 彼女が最後に思い浮かべたのは、華奢だが優美で優しい笑みを称えたレオの顔だった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


 大公国内の砦。

 そこでレオニードは配下からの情報を聞き、彼らに命令を下していた。


「やはり、大帝自ら攻めに来たか。では、皆の衆。予定通りにお願いします。遅滞作戦を実行なされる方々は適当なところで撤退を。貴方がたはユリアン様の大事な兵。くれぐれも命を粗末になさらないでください。残る部隊の方々は、国民の安全地帯への避難誘導をお願い致します」


「御意! レオニード様に、ご武運がありますことをお祈りいたします」


 皇子イヴァンを毒殺後、リーザが殺された事を帝国内に潜ませていた「スパイ」からの情報で知ったレオレオニードは、早速に作戦を実行した。


 皇子を殺された大帝。

 怒りに燃え、自ら近衛兵らを率いて大公国内に進行してきた。

 しかし、それはレオの術中にハマる事と同意。

 後は、罠に誘い込むだけ。


 ・

 ・・


 その後、大公国内に進軍した大帝軍は数々のトラップにハマり、脱落者が続出した。

 足元に這わされた有刺鉄線、突然起こる鉄砲水に崖崩れ。

 更には念入りに街道沿いの無人な村々の畑は焼き払われており、井戸も糞便で汚染されていた。


 レオによる焦土作戦によって、戦うことも無いまま大帝軍は疲弊ひへい

 最終的に砦に攻め込む直前には、半数以上が行動不能となっていた。


「オマエかぁ、指揮官はぁ! 小憎らしいガキがぁ。大公の息子を何処に隠したぁ!」


態々わざわざ、御自ら御足労ごそくろうお疲れさまでした、大公陛下。ユリアン様でしたら、とっくの昔に私以外誰も知らぬ場所に避難なさっております。あ、陛下がお困りになられた井戸ですが、戦争終了後に雷と塩で作った秘薬で浄化するように命令していますので、御安心を」


 各所で火が上がる砦。

 その執務室にて、レオは自ら攻め込んできた大帝と対峙した。


「何を言っておる? お前らが戦後の心配なぞする必要は無い。もう、このような呪われた地なぞいらん。全て殺し焼き尽くすのだぁ!」


「はぁ。独裁な為政者が己の感情のまま行動をなさると、国民は不幸ですね。いらぬ犠牲を今回も支払ってしまいました」


 華奢な身を部分的に金属で補強された皮鎧をまとうレオ。

 対峙する大帝、そして彼の周辺に多数並ぶ騎士たちは、全身を鋼で覆った重装甲だ。


「オマエのような口先だけで悪事を成す小僧がおらねば、我らが国民は死ぬことは無かった。また、我が皇子を毒殺するように姫をそそのかしたのもオマエだな?」


「唆したなぞ、人聞きの悪いです、陛下。エリザヴェータ姫と僕は共犯者。貴方がた帝国への復讐を成しただけでございます」


 沢山の槍先や剣先に囲まれながらも、ヘラヘラと軽口を叩くレオ。

 その様子が、ますます大帝を激怒に導いた。


「くそぉ。公子の居場所を言わぬ限り殺されぬと、高をくくったか、ガキがぁ。お前ら、こやつを捕まえ、殺してくれとばかりの拷問に掛けよ! 皇子を、大事な息子を殺された我が怒りを思い知らせるのだ!」


「はぁぁ。本当に短絡的で助かります。なんで、僕がこんなところで陛下と長々とお話していたのか。いまだに分からないのですか? 時間稼ぎに決まってます。さて、計算だと導火線による着火まで後十秒程でしょうか。これだけ放火してくださっているので、先に爆発してしまうかと心配でした」


 大帝が愚かで自らの命を懸けた罠にハマってくれたことで安堵し、天を見上げたレオ。

 まだ意味が分からず混乱状態の大公を放置し、最愛の姫の事を思った。


「今から、そっちに行くよ。リーズニャエリザヴェータ。ちゃんと大公陛下を討ち取ったし、ユーレニカユリアン様も逃がしたよ」


「も、モノども。そのガキを捕らえよ」

「はっ!」


 大帝の率いる兵らがレオを抑え込んだ瞬間。

 砦地下に蓄えられていた大量の火薬が着火、爆発した。

 それは砦があった小山を全て吹き飛ばし、周囲に展開していた大帝軍の頭上に多くの岩石を降り注げた。


 ・

 ・・


 大帝、そして皇子を失ったオルーシャ帝国。

 内部で残る貴族達による権力抗争が勃発。

 更に東夷からの侵略を受けて、あっというまに滅亡した。


 遺児ユリアンを守り切った大公国。

 ユリアンを中心として奮闘、異世界からの知識も動員し復興。

 東夷からの脅威すら跳ね除けた。

 後に、ユリアンの元でルーシャは統一。

 ユリアンは統一賢王として呼び称えられ、歴史に語られる事になった。


 だが、姫と幼馴染な青年の物語はココで終わらなかった。

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