第78話 親方の腕前

 親方と鍛冶の修行を始めてから五日目、今日は昨日インゴットにした鉄を使ってナイフを創る予定だ。僕は弟子らしく早起きして、工房の掃除や道具だし、炉に火を入れるなどの準備を済ませておく。


「親方、おはようございます!」


「おう、ライト。早えじゃねぇか」


 僕が丁度準備を終えたくらいに、親方が工房に顔を出した。


「はい! 弟子なので!」


 そんなやり取りをした後、僕らは直ぐに作業に取りかかる。職人とは言葉数が少ないものなのだ。


 僕は昨日のブロンズナイフ制作のおかげで、素材加工術の習熟度が2上がった。後ひとつあがればクラスがCになる。つまり、今はDクラスの一番上なのでアイアンインゴットならば簡単に扱えるはずだ。ただし、Dクラスだと一度に込めることができる魔力量が習熟度の二倍なので、10前後しか込めることができない。持っている魔力は3000を超えているが一度に10しか込めることができなければ、最高品質の物にはほど遠い物しかできないだろう。うーん、もどかしい。早く習熟度を上げなければ……


 僕は昨日作ったアイアンインゴットを取り出し、魔力を通してから火箸ではさみ炉にくべる。程なくして、熱せられたインゴットを真っ赤に染まったところでそっと取り出した。それを、金床に置き魔力を込めてから親方から借りたミスリルのハンマーで叩いていく。

 十回叩き終わったところで、完成したアイアンナイフを鑑定してみる。すると、10ずつしか込められないと思ったが、運がいいのか一度に12~15くらい込めることができていたようだ。最終的には魔力量135のアイアンナイフの原形が出来上がっていた。そこからさらにナイフの形を整えていく。


「親方、できました! 見て貰えますか?」


 僕は完成したアイアンナイフを親方に差し出した。


「ふむ。ライト、お前の習熟度は今いくつだ?」


 親方は僕が創ったナイフを見ながらそんなことを聞いてきた。僕がLv5だと答えると少し驚いた顔を見せる。


「こいつは魔力量が135のナイフだな。攻撃力は61ってところか。Lv5なら普通は魔力量が100前後になるはずだが、腕がいいのか運がいいのか」


 どうやら僕が創ったナイフはそれなりにいいできだったようだ。確かに"運"も若干の補正で他の人より高いから、その影響かもしれない。


 親方はさらに形を創るときのイメージのコツを教えてくれた。大事なのは重心をどこに置くか、刃の厚さを均等にすること、持ち手の太さや全体のバランスなどだそうだ。次は教えてもらったことを意識して創ってみようと思う。


 僕が二本目のアイアンナイフに取りかかるのと同時に、親方は大事な素材をしまっている金庫から赤紫に輝くインゴットを取り出した。


「親方、その素材は……」


 僕はただならぬ気配を放つそのインゴットに目を見張る。親方はそんな僕の顔を見てニヤリと笑った。


「わかるか、この金属の価値が。こいつの名はアダマンタイト。ワシが扱える最高の素材だよ」


 アダマンタイト。ミスリルよりワンランク上の金属素材。込められる魔力の最大量は5000。Aクラス以上の鍛冶師にしか扱うことができない、現代では最高の素材の一つだ。鍛冶師のトップクラスの親方であっても、最大魔力量の半分も込めることができない鍛冶師泣かせの素材でもある。

 ちなみにこれまでに親方が創った最高のアダマンソードでも、込めることができた魔力量は2100が最高だそうだ。出来上がった武器の攻撃力は、込められた魔力の割合の半分の割合ほど基礎攻撃力があがるそうだ。つまり2100込めれば最大魔力量の42%。その半分の21%基礎攻撃力が上がる計算だ。アダマンタイトの基礎攻撃力は200なので、実際に創られたその剣は攻撃力240くらいだったのだろう。その一振りはとあるSランクの剣士の手に渡ったそうだ。値段はあえて聞かなかったけど。


【お、アダマンタイトじゃねぇか。ライトが出してやったのか?】


(おっと、レイ! 久しぶりじゃないか! 昨日は丸一日寝てたみたいだけど大丈夫かい?)


【ああ……男しかいない鍛冶場に一日籠もってる姿を見てもなぁ……】


 うん? 何だか元気がないような?


(まあ、確かにレイにはつらいかもしれないけど……ところで、このアダマンタイトは親方の物だよ。そう言えば、レイの時代にもあっのかな? アダマンタイト)


【庭にゴロゴロ転がってたよ】


 何それ!? アダマンタイトがその辺の小石扱い!? どんな時代なんだよ!?


【まあ、俺はまた寝るから鍛冶頑張ってくれ】


 そう言うとすぐにレイの気配が脳内から消えた。最近、全然出てこなくなっちゃったけど大丈夫かな? 本当に寝てるのだろうか?


 っと、そんなことを考えていると親方がアダマンタイトを熱し始めた。僕はいったんレイのことは置いておいて、再び自分の修行をしながら親方の技術を学ぶことにした。






「ふう、こんなもんかな」


 僕が五本目のアイアンナイフを作り終えるのと同時に親方のアダマンソードの魔力込めが終わったようだ。早速その攻撃力を鑑定してみる。


【アダマンソード:攻撃力234】 


 ほほう。さすが親方とアダマンタイトの組み合わせだ。攻撃力の上がり具合を見るに、込められた魔力は1900くらいだろうか。以前戦った魔族、リュドミーラが持っていた漆黒の槍より攻撃力が高い。


 今回親方は魔力ポーションを使ったので、短時間で魔力込めを終えることができたが、自然回復を待つならこの作業だけで十日ほどかかる。さらにここから形を整えるのに二~三日かかるので、ポーションを使わずにアダマンソード作るには最長で二週間ほど必要になるということか。もっとも、素材集めやインゴットにする時間を考えればもっと時間がかかるのだろうが。


「親方、そのアダマンソードは売りに出すのですか?」


 僕は出来上がったアイアンナイフを並べながら親方に聞いてみた。


「いや、こいつはしばらく店に飾っておくことにするよ。何せ、店に商品は一つもねぇからな。こいつをエサに人を集めて、当面は真銀ミスリル以下の素材で受注生産をするつもりだ。ワシの創った武具はそれだけで十分金になるからな。ガッハッハッハッハ!」


 親方は大笑いで誤魔化しているが、ミスリル以上の素材を使わないのは、在庫がないからだろう。まあそこは親方の相棒であるボルディックさんの働き次第ということか。


 ちなみに僕の創ったアイアンナイフは最後の一本が一番よい出来だった。四本目を作り終えたときに、習熟度が1上がりCランクになったので、込められる魔力の量が三倍に上がったのだ。一度に18前後込めることができるようになったので、最後の一本は鉄の最大保有量である200の魔力を込めることができた。


「なあライトよ。おめえもしかして習熟度あがってないか?」


 僕が作ったナイフを見て親方が驚きの声を漏らした。どうやら僕の賢者補正は鍛冶スキルにも有効だったようだ。


「はい、先ほど4本目を作り終えたときに1つ上がりました」


 僕がそう答えると、さらに親方は細い目を見開いて固まってしまった。数秒後、再起動した親方が『そう簡単に習熟度は上がらないはずなのに・・・』みたいなことをブツブツ呟いていたが気にしないでおこう。と言うか、あんまり習熟度が上がったことは言わないでおこう。


 この調子でいけばそう遠くない日に鍛冶スキルもSSになるだろう。その時が楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る