親子十年未満

Norinα

親子十年未満

 拝啓〜1歳になった君子へ



 君子が僕を見ていられる時間は、十年も無い。


 君子が18歳まで、平日は1日6時間、土日で16時間。


 ここまでで、もう六年半。


 18歳で大学へ行き、下宿するようになれば、学校が休みの時くらいしか帰って来ないだろう。


 大学生活の4年間で、顔を合わせるのは何日あるかな?


 きっと1年で、多くて60日。


 60日もあって、顔を突き合わせて話をするのは1日2時間。

 今時の子は、2時間も話をしてくれることは無いか。


 1年で120時間。大学卒業まで480時間。


 たったの20日。


 22歳で就職した君が一人暮らしを始めたら、きっと会えるのは盆正月だけだろう。


 1年で14日くらいかな?


 そんなに帰省してくれるとは、思っていないよ。


 仮に帰ってきてくれても、地元の友達と遊びに行くんだろう。


 1日6時間も、僕と話をすることも無いだろうし。


 1年で、84時間。3日半だ。


 君子と初めて出会った僕は、25歳。


 頑張って85歳まで生きよう。


 60年で、210日だね。


 色んな家庭があるから何とも言えないけれど、共働き家庭で、大学から家を出ればどこも似たようなものになる。


 ここまでで、八年弱。


 僕は何が言いたいのかって?


 別に13歳になった君子が『ウザい、話しかけるな』と言ってきた時に、『もう君が僕を見ていられる時間があと半分なんだぞ!』とか返すつもりは無いんだ。


 ただ、伝えたいんだ。


 ありがとう。


 これだけを。


 君子が産まれてから1年間。


 ずっと、一緒に過ごせたことを。


 ほぼ24時間、365日。


 君子が僕を見ていられる時間は、十年も無い。


 その内の貴重な1年間を、僕に与えてくれてありがとう。


 中々寝かせてくれなくて、ちょっぴり大変だったけど、今となっては良い思い出だ。


 だから君子、これから元気に育つんだよ。



         〜君子を誰よりも愛する父より



 手紙を読んだ彼女が、僕に言った。


「嘘つきやなぁ、父ちゃんは」


 すっかりおばあちゃんになった君子が、僕の手を握る。


「ウチが13歳になった頃、『もう君が僕を見ていられる時間があと半分なんだぞ!』って思いっきしゆーとったやん」

 

 ごめんね、言わずにはいられなくってさ。


「君子、無理すなや」


 ほら、旦那にも言われてるぞ。


「あかん! 今言わんと、もう言えへん! 父ちゃん、明日で85歳や! せめて明日まで――」


「君子、ありがとう」


 病床で横たわる僕は、精一杯の力を振り絞って君子の手を握った。


 力が抜け、眠気とは違う脱力感。


 息が細くなるが、苦しみは無い。むしろ心地良いくらいだ。


 これで僕は終わるんだね。


 さようなら、ありがとう。


 十年も親子の時間を過ごせなかったけれど、僕は十分、満足さ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親子十年未満 Norinα @NorinAlpha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ