第6話

「と、いう感じで、私とカラーラス様はめでたく前のような関係に戻ることが出来ましたの。」

「まぁ、当然ですわね。私のおまじないは強力ですから。」

「それで、カラーラス様は以前の様に優しく笑いかけてくださって、私の事をもう二度と悲しませないと誓ってくださったんですのよ!」

「まぁ、そうですの。」


 あの一件から数日が経ったある日の午後、私はアカデミーの裏庭で、エルレイン様とお茶をしていた。


 階段から落ちた時の怪我はもうすっかり良くなっていて、私はエルレイン様に”おまじない”の報酬である、私の身に起こった出来事を事細かに説明をしていたのだ。

 けれども、エルレイン様は途中からどうも興味を失ったみたいで、私の話に適当に気のない相槌を返すのだった。


「もう、エルレイン様ちゃんと聴いてますか?!貴女が報酬に私の身に起こったことを聴きたいと仰ったのでしょう?!」

「確かにそうは言いましたが、私が聴きたかったのは貴女の思い切りの良さで私が思いも寄らない方法で願いを叶える話であって、惚気話はもうお腹いっぱいですわ!」


 そう言ってエルレイン様が手をかざして私の話を遮ったので、私はいささか不満げな顔で、反論を返した。


「だって仕方ないじゃありませんか。カラーラス様はかっこいいのですから。余すところなくお話ししないと。」

「だから、そういうのが要らないんですの!もう十分ですわ!」


 こうして、エルレイン様によって話が強制終了してしまったのだが、けれども私はどうしても彼女に言いたいことがあって、お茶の楽しんでいるエルレイン様に一言だけ物申したのだった。


「それにしても、私、少しだけ納得がいきませんわ。エルレイン様の”おまじない”は、確かに強力でしたけども、何故私がカラーラス様と話せなくなる必要があったのでしょうか?」


 今回の件は、本当にエルレイン様に感謝している。けれども、その一点に置いてだけは、不満だったのだ。もっとこう、他にやり方があったのではないかと……


 するとエルレイン様は、私のその言葉にお茶を飲む手を止めると、飲みかけのカップをソーサの上に置いて、わけ知り顔でニッコリと笑ったのだった。


「セシリア様はお子様ですね。男女の駆け引きというものを、丸で分かっていらっしゃらないわ。」

「えっ……?」


 浮いた噂の一つも聞かないエルレイン様にそのような事を言われるのはいささか心外であったが、私はグッと言葉を飲み込んで、ここは大人しく彼女の話を聞いた。


「カラーラス様は、今までセシリア様の分かりやすい好意に甘んじていたのですよ。貴女が好いてくれているから、カラーラス様は貴方と距離をとってもその気持ちは変らないと思っていたんでしょうね。だから貴女から離れる必要があったのですわ。」

「どういう事でしょう?」

「貴女が追いかけて来なくなったから、不安になったカラーラス様が貴女を追いかけてきたでしょう?押してダメなら引いてみる。恋の駆け引きの基礎中の基礎ですわ。」

 

 したり顔で堂々と持論を述べるエルレイン様に、私は疑いの目を向けた。


「そういう……ものなのですか……?」

「そういうものですわ。ほら、貴女の騎士様が、さっきからこちらをずっと睨んでいますわ。まぁ、怖い。女同士のお茶会位であんなにイライラしちゃって、案外度量が小さいお方なんですね。」


 そう言ってエルレイン様が指し示した方を見ると、確かにカラーラス様がどこか不機嫌そうな顔でこちらに向かって来ていたのだった。


「エルレイン様、カラーラス様は海のように広い度量をお待ちですわよ?」

「……そうね、貴女にだけはね……」


 エルレイン様が呆れた様な目を向けて私にそう言ったので、私は何か言葉を返そうとしたのだが、丁度その時、先ほどチラリと見えた不機嫌そうな顔から一変して満面の笑みを浮かべたカラーラス様が、私たちに声を掛けたのだった。

 

「やあ、セシリア。エルレイン嬢とのお茶会も、そろそろお開きの時間じゃないかな。」

「まぁカラーラス様ご機嫌よう。あまり束縛が強い殿方は嫌われますわよ。」

「セシリアが僕の事を嫌いになる訳ないじゃないか。ね?」

「え……えぇ……?」


 確かに私がカラーラス様を嫌いになるなんて事は絶対に無かったのだが、エルレイン様とカラーラス様のやり取りに何やら不穏な空気を感じて、私は曖昧に頷いた。


 するとエルレイン様は何とも言えない物言いたげな目を私たちに向けてため息を吐くと、立ち上がってカラーラス様に席を譲ったのだった。


「まったく、学園の王子もこうなっては見ていられませんわねぇ。どうぞ、後はお二人でご自由になさってくださいませ。」

「そうだね、そうさせて貰うよ。エルレイン嬢は退席してくれて構わないよ。」

「えぇ、えぇ。言われなくても退席しますわ。それくらいは弁えてますからね。」


 それからエルレイン様は、私の方を向くと、カラーラス様に見せていた渋い顔ではなく、満面の笑顔で私に強かな言葉を投げかけたのだった。


「セシリア様、また何か困ったことがあればいつでも相談してくださいませ。お友達価格でお安くしておきますわよ。」


 ニッコリと笑ってそれだけ言うとエルレイン様は、私とカラーラス様をその場に残して、颯爽と立ち去っていった。


 そんな彼女の鮮やかな立ち去り方に私は思わず見惚れてしまったが、ふと、我に返ると、いつの間にか私はカラーラス様に手を握られていたのだった。


 それも、指を絡める様な所謂恋人繋ぎというやつだ。


「あの、お兄様……学園内では、あまり親しくしないのではなかったですか……?」


 カラーラス様の突然の行動に、私は驚いて彼の方を見た。だって、カラーラス様に好意を抱いているご令嬢たちを刺激しないようにと、今までアカデミー内で距離をとっていたのに、それが手のひらを返したかの様に甘い空気で寄り添ってくるのだ。


 いくら私の事を悲しませないと約束したからといって、こんな急に態度がガラリと変わるだなんて思っても居なかったので、私の心臓はバクバクだった。


 けれども、そんな私の胸の内などお構いなしにカラーラス様は、嬉しそうに私の手をしっかりと握りながら話を続けた。


「あぁ、それね。今回の件で考えを改めたんだ。婚約はまだにしろ、こうして僕がずっと側に居て君の事を大切にしていることを大々的に周囲に見せびらかせば、牽制になるかと思ってね。もっと早くにこうしておけば良かったよ。」


 にこやかにさらりとそう話すカラーラス様に、私は呆気に取られてしまった。


「そ……そういうものでしょうか?」

「そういうものなんだよ。」


 私が腑に落ちないといった顔をしていると、カラーラス様は私の手に指を絡めてギュッと握り直すと、どこか不安そうに私の顔を覗き込んだのだった。


「……セシリアは、こういうことするの嫌かい?」


 その顔は反則だった。そんな顔で言われてしまったら、私はなんでも許すしかないのだ。だって、私はお兄様のそのお顔に弱いから。


「い……嫌では無いですけど……恥ずかしいですわ……」


 私は真っ赤になりながら絞り出すようにそれだけ言うと、カラーラス様の顔から距離を置こうとそっぽを向いた。

 けれども、カラーラス様はそれすらも許さなかった。


「ダメだよセシリア、こっちを向いて。君が恥ずかしいと言うのなら、直ぐに慣れように協力しよう。」


 カラーラス様は私の目をじっと見つめてそう言うと、私の手の甲にキスを落としたのだ。


(……あぁ、私の心臓は持つのかしら……)


 セシリア・イレーザー


 エルレイン様の”おまじない”によって悩みが解決したと思ったら、新たな悩みの種が出来ました。


……どうしてこうなった。


―――――


##お読みくださり有難うございました。これにて完結ですが、そのうち番外編としてカラーラス様サイドも書きたいと思っています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪しいおまじないに頼った結果好きな人の前でだけ声が出なくなってしまったけれども、何故か上手くいきました。 石月 和花 @FtC20220514

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ