X記

よだかの夜

苦して苦す

 私は私という人間をとらえることがいまだできていない。いや、自ら捉えず捕らえずほおっておきたいだけなのかもしれない。もう大学2年になったというのに。未来を決めたくないのだ。私という人間をあいまいにすることで未来について考えたくない。いまだ来ないもの。未知のもの。それを怖がるのは当たり前のことなのだが、それを世間は良しとしない。


 人込みを避けるため1時限目の講義の1時間前には教室につくよう行動する。早い起床、早い時間の電車、早い歩み。いつもは一人颯爽と大学への道を歩むのだが今日は違った。「おーい。待ってよー。」後ろから声が聞こえた。こんな時間に私以外の人がいるのは珍しい。しかし、この透き通ったような声に心当たりがある。いや、彼女しかいないな。活発そうな印象を与える短い髪、ジョギングをしているかのような運動靴にジャージの恰好、人当たりがよさそうな人懐こい笑顔。振り向くとそこに彼女はいた。天を良しとし、白である。天良白(あまらはく)はそこにいた。「米良君はいつもこんな早いの。すごいなー。早起きなんだね。」「まあね。」ととりあえず相槌をうつ。というより私の名前を知っていたことに少し驚く。さすがに三文字のみの対応だとよくないように感じ言葉を続ける。「早起きは3文得と言うし。」三文というのも、ちとケチなような気がするが。「確かに早く起きればできることはあるよね。ジョギングも筋トレもできるしね。」どれだけ運動が好きなんだよ。「そういえば、天良さんはどうしてサークルとか部活に入ってないんだっけ。」「ははは。まぁ。ちょっとね。」会話が止まった。自分が嫌になる。会話すらまともに続けられない自分に。「そういう君はサークルとかに入ってないの。」「入ろうと思っていたんだけど良いのが見つからなくてね。ただの一大学生、一介の大学生としてモラトリアムを謳歌しているよ。」話を続けようと冗長的な話し方になってしまった。彼女は少し上の方に目線を向け、ぽつりとつぶやいた。「モラトリアムか。」

私がモラトリアムについての説明を始めると彼女は少し笑いながら「意味は知っているよ。ただ、大学生っていう感じがしてね。」「大学生っていう感じか。私なんかより天良さん、あなたの方が大学生らしく生活していると思うけどね。」そんなたわいもない塵芥のような会話を続け歩いた。会話になっているのかも私にはわからないが。10分ほど会話しただろうか。大学は最寄駅から遠い。私にとっては重労働なのだが。信号機が目の前で赤色になった。焦っているわけでは無い。そして今は一人ではない。いつもは信号など無視してわたるが、今日は止まった。交通量が0の信号の前で止まった。待ち続けた。待ち続けた。待ち続けて、待ち続けた。


        「いつまでたっても信号は変わらなかった。」

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