第50話 邪魔すんで〜


 無事にクロネとミシャの仲を取り持ったあと(出来てない)、俺たちは魔物をロゼのアイテムボックスに詰め込み、街へと帰ってきた。


「ただいまモンステラ!」


 バイクから降りるなり、ロゼは両手を広げて街に向けて挨拶した。それを見ていた駐輪場にいる人たちは、避けるように目を逸らした。きっとウォーカー姉妹の噂を知っている者たちだろう。


「お姉ちゃん、恥ずかしいからやめてやっ」

「おおすまんすまん。いやぁ気分良うなってもうて、ついな」


 ロゼはそう言ってアイテムボックスを取り出し、愛おしそうに頰擦りし始めた。


「――まさかあんだけ入れてもまだ余裕あるなんて……ホンマ、ノール・グリーズ様々やわ」

「それには同意やけど……はぁ」


 ロゼが機嫌良さげに振る舞う一方で、ミシャのため息は深い。


(まあ、そりゃそうだろうな)


 原因は、十中八九"お金"だろう。


 ラストキルを入れた者がその討伐金を得るルールで、討伐数は向こうが1匹、俺たちが400匹弱である。単価の高い魔女とはいえ、彼女たちの実力を考えれば普段の稼ぎを圧倒的に下回るはずだ。


 (今後の関係に影響が出るのは困るな)

 

 お金の話題は、勝者であるこちらからすべきだろう。2回目以降の配分は初回の結果から議論すると言っていたし、タイミング的には悪くない。


 俺は二人に声をかけた。


「ロゼさん、ミシャさん。今後のお金の話なんですけど――」

「「――――っ!!」」


 呼びかけられた二人はお金という単語を耳にした途端、肩を大きく跳ね上げた。


 そして、勢いよく両手を地面に置いて頭を下げた。


 土下座である。


「え、ちょっ!?」

「――頼むヴェールはん、クロネはん!配分は魔女の討伐代と魔物の輸送代で”1割”は譲って欲しいんや!」

「お願いしますっ!!」

「少なっ!?!?」


 想像を絶する少なさに、思わず声が出てしまう。


「せ、せやんな…………欲出し過ぎやんな、すまん」


 いや、少ないのはこっちじゃなくてそっちの取り分だが。


「……え、それくらいじゃない?――いてっ」


 俺は、妥当だと主張するクロネの頭を軽くチョップした。そんな配分じゃ、すぐに関係が崩壊するっつの。


「はぁ……いいですか、二人とも」


 俺はしゃがみ、目を二人と同じ高さに合わせて話しかける。


「先程言っていた魔女と輸送に加えてもうひとつ――」


 俺は譲れない一線を条件に加えた。


「――ラストキルを全て私にくれたら、討伐金は半々でいいですよ」

「「……………………へ?」」

「ちょ、ヴェール!?」


 ロゼとミシャがポカンと目を見開いて固まる。その隣で、クロネが慌てて詰め寄ってきた。


「何考えてるのヴェール!そんな敵に塩を送るようなことを――」

「――は?敵?」

「――ひぃ!?」


 テキ?テキッテナンノコト?


「……なんでもないです」

「なんだ、脅かすなよ!」


 いやあびっくりした。まさかせっかく仲良くなったはずの二人が、まだいがみ合ってるんじゃないかと勘違いしてしまうところだった。通帳まで使ったのだから、ぜひそのままでいてほしいものである。


(……まあ、流石にちょっと大人げなかったかな)


 これは俺のわがままだ。トワイライトの件もあるが、俺は二人のことをかなり気に入っている。だからクロネとミシャが喧嘩を始めた時、つい介入してしまったのだ。反省はしている。


 そんなことを考えているうちに、ロゼとミシャがフリーズから復活した。


「え、ホンマにそんだけで半分も譲ってくれるん!?」

「はい、構いませんよ。私が欲しいのはお金じゃなくて経験値なので」

「……へ、経験値?」


 ロゼは不思議そうな顔で首を傾げる。


「それ以上強くなってどうするん……?」


 彼女からすれば当然の疑問だった。


 だが、俺が目指しているのはレーネルよりも上――世界最強の座である。 


「それは……内緒です♪」


 まあ馬鹿正直に言おうものなら変な目で見られることは確実なので、俺は適当に誤魔化した。


 そんな様子を見ていたクロネは、これ見よがしにため息をついていた。


「……はぁ~~~」

「なんだクロネ、何か言いたいことでも?」

「……さっさとバレてくれたら楽なのに」

「おい」


 クロネの正直すぎる答えに、俺は思わず突っ込みを入れた。


 あと他の人の前でバレるとか言うな。勘付かれたらどうすんだ。


「……ヴェール。お金のことだけど――」

「――ああ、分かってる。俺の取り分から出す。お前の分は減らさないよ」

「ん、分かってるならいい」


 俺の返事に満足したのか、クロネは鼻歌を歌いながら協会に向けて歩みを進めた。


「私たちも行きましょうか」

「お、おう……その、ホンマにええん?」

「大丈夫ですってば。それに、今日の分はちゃんといただくつもりですし」

「そ、そうか……」


 安心した様子で、胸を撫で下ろすロゼ。


 その横から、ミシャが少し顔を赤らめながらながらおずおずと話しかけてきた。


「な、なあヴェールちゃん……」

「はい?」


 ミシャは少しの間口を閉ざしてから、意を決したように声を出した。




「その…………ウチと、結婚してくだ――むぐぅ!?」




 だがそれは、途中でロゼの手によって阻まれた。


「――よおおおし落ち着けミシャ!ヴェールはんに迷惑かけたらあかんでぇ!」

「――むが、もごもご!」

「……え、あのぉ」

「ヴェールはん、すまんな。ミシャが嬉しすぎて、ちょっとおかしくなってもうてるみたいや。あんま気にせんとってな」

「は、はぁ」


 けっこん?血痕か?服にでも付いていたのだろうか。結界の魔法付与エンチャントは剥がれていないはずだが……。


(ていうか、いい加減私服やめないとなぁ)


 この街に来てからずっとだが、俺だけめちゃくちゃ浮いている。お金も手に入ったし、今度サリーさんに装備を見繕ってもらおう。


「……おーい、行かないの?」


 前を歩いていたクロネが振り返り、まだ来ない俺たちを待っていた。


「ああごめん、今いく。二人とも、行きましょう」

「せやな」

「もがもがもがーーー!」


 俺たちはロゼに口をふさがれたままのミシャを引き連れ、協会に向かって歩き始めた。






 ☆★☆★☆






 街灯に照らされたアスファルトの道を歩くこと数分。俺たちは目的地である協会ビルに辿り着いた。


 早速中へ入ろうと、自動ドアが開いた直後――


『――――っ!?!?』


 ――建物内に響き渡っていた喧騒が、一瞬にして止んだ。


 入口付近で立ち話をしていた者、受付カウンターに列を成していた者、併設された酒場で馬鹿騒ぎしていた者……一階にいる全ての人物がこちらを見つめて固まっている。


 そして人の海が割れ、受付カウンターまでの道が開く。早速出来た道を、ロゼはミシャを引き連れて堂々と歩いていった。その後ろ姿はまるで神の如く威光を放っているように見えた。今朝初めて会った時も思ったが、すごく異様な光景である。


「邪魔すんで〜」

「もがもが」


 ロゼが軽く声をかけると、受付のお姉さんは怯えたように身をすくめ、短い悲鳴をあげた。二人がどれほど恐れられているかが、ひしひしと伝わってくる。


 さて、そんな静まり返った空間の中で、ただ一人、ロゼとミシャに向かって近づいてくる影があった。


「――ほう?邪魔するなら帰ってもらおうか」


 その声の主は、スーツ姿でサングラスをかけた長身の女性だった。


(ん、あの人はたしか……)


 俺はその人物に見覚えがあった。


「あ?――うげっ、支部長!?」

「ようウォーカー姉妹。うげっ、とは随分な挨拶だな」


 うん。ロゼが支部長と呼んでいるし、間違いなさそうだ。


 彼女の名前はチュリン・オースティン。冒険者協会モンステラ支部のトップであり、EXランクの冒険者の一人だ。そして、タイムステラ家の老執事――エスタフ・オースティンの実の娘でもある。年齢は40歳とwikiに記載されていたが、実際に見てみると、その年齢を感じさせないほど若々しい。


「――ところで二人とも。何か忘れてることがあるんじゃないか?」

「はぁ?いったい何の話――…………あ」

「思い出したか?」

「い、いやぁなんのことかさっぱり――」

「――じゃあ聞こうか。今朝、エントランスで待っているように言っておいたはずだが、今の今までいったいどこをほっつき歩いてたんだ?」

「「…………」」


 気まずそうに目をそらして口を閉じる二人。それに対し、チュリンは耳を澄ますように、顔の横に手のひらを当てる仕草をした。


「ほう、なになに?カモれそうな新人を見つけたから声をかけて一緒に狩りをしてきたと」

「――んなっ、知っとるんかいな!?」

「調査済みに決まってんだろ馬鹿野郎!それと一応聞いておくが、さっき魔物の大群が街に向かって移動してるって通報にあったんだが、心当たりは?」

「スゥ〜……」

「……」


 心当たりがありすぎて大きく息を吸い込んでしまうロゼと、一切目を合わせようとしないミシャ。彼女たちの反応に、チュリンのこめかみと口角がピクピクと動く。


「あ、あのなぁ……テメェらマジでそろそろ資格剥奪すんぞ!?」

「はあっ!?一匹も逃してないんやから別にええやろ!横暴や!パワハラ反対!職権乱用反対!!!」

「正当な行使じゃボケェ!とにかくお前らはこっちで反省文書きやがれ!」

「えぇっ!?」

「えぇっ!?じゃねぇよ。書かなかったらマジで剥奪だからな!あと、罰として今日の収益はちゃんと仲間内で分配するように。どうせいつも通りのルールで金巻き上げたんだろ?」

「――へ?ももももちのろんや!そんなあくどい事したことあらへんわ!」

「よく言うわっ!そんな見え見えの嘘、を……?」

「「…………っ」」


 チュリンは二人の様子をじっと観察し、違和感を覚えた。二人の反応がいつもと違い、どこかぎこちないのだ。


 そして、ある可能性に辿り着いた。


「…………え、まさか負けたのか?」

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