第49話 なんだァ?てめェ……


 日が沈みゆき、夜の帳が降り始めた黄昏時。動かなくなった魔物達の絨毯に混じって、新たに2つの屍が増えていた。


「……シテ……おね、ちゃ……コロシテ」

「だ、大丈夫やミシャ。大丈夫やから落ち着きや……」


 1つはミシャである。


 意識を取り戻した彼女の瞳は光を失って濁り切り、体が真っ白に燃え尽きていた。そして光源が消えつつあるからか、顔に暗い影を落としている。


 ロゼはそんな彼女を必死で慰めていた。


 さて、似たような光景がもう1つ、少し離れた別の場所でも見ることができた。 


「……死にたい……頼むクロネ、俺を殺してくれ」

「……だから一回死んでるじゃん」


 はい、俺です。


 散々暴れ散らかした後、正気に戻った俺は、冷静に自らの行いを振り返った。


 亜空間倉庫、時空魔法、幻惑魔法、虚無魔法、ヴァルド=ヘクシルをチラ見せからの宝杖ソラバナ。極めつけは火水土風光闇の六属性による混合魔法である。


 なんだこの役満コンボ。アホやん。と、賢者タイムに陥った俺は思ったわけです。


 あ、今のは別に大空の賢者と掛けてるわけじゃないよ?ははっ、はははは。


「はぁ…………もう一回死にたいんだ」

「……うわぁ、重症だぁ」


 どうしようもないなこいつと、クロネは早速お手上げ状態だった。


(うん、あれだ。定期的に発散しないとだめだな)


 俺は白濁とした思考の中で、今回の大暴走に至った原因について考えていた。


 魔法に魅了され続けてきた魔法ジャンキーである俺にとって、それに制限をかける行為がどれほどのストレスをためてしまうのか、俺はやっと理解した。


 ヨウチューブでナユタちゃんの動画を鑑賞して紛らわしていたが、ただの気休めにしかなっていなかったらしい。


 その結果、溜まりに溜まった魔法への欲求が、今回大爆発してしまったのだ。


「バレたよな……絶対バレたよなぁ」

「……いいんじゃない?別に」


 俺の呟きに、クロネはそう軽く返した。


「おまえなぁ……」

「……私達のときみたいに口止めすればいい」

「簡単に言うな!聞いてくれなかったらどうするんだ」


 そう抗議すると、クロネは何やらスマホを操作し、画面を見せてきた。


「……ほら」

「何だ急に」

「ここ、読んで」


 俺は訝しみながらも、クロネが指し示す部分を読み上げた。


「えーっと……マグノリア帝国憲法第一条、”マクス様のいうことはゼッタイ!”」


 …………なにこの適当な法律。


 まるでバカがその場の思い付きで書き殴ったかのような、稚拙な条文だった。


(ああ、そういえばそのバカレーネルがこの国のトップだったわ)


 俺はこれを書いたであろう人物に検討がついた。


「……ちなみに守らなかったら死刑だって」

「ですよねー」


 はい確定。


「……というわけで、王命を使えば問題ない」

「使わねぇわ!物騒すぎるだろ」

「えー」


 なんでそんな残念がってるの。


「……まあ杞憂そうだけどね」


 そう言って、クロネは双子のいる方をチラリと見た。


 どういうことだろうか。確かめるため、俺も彼女たちに目を向けた。






 ☆★☆★☆






「うわああああああああああああああああああああああ、おねぇぢゃああああああああああああああああああああああああ!!!」

「ど、どうどう、落ち着くんやミシャ!」

「ぎらわれだああああああああ、ぜっだいぎらわれだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「大丈夫や!ヴェールはんが今後もウチらと組んでくれるって――」

「――お世辞やんがぞれえええええええええええ!約束の日に集合場所行っだらいづまで経っでも来ーべんやづやんがああああああああああああ!うわぁああああああああああああああああん!!!」

「…………」


(どないしよ……ウチの妹が過去イチ面倒くさい)


 ミシャがこんなことになっているのには訳がある。


 彼女には現在ドハマリ中のソーシャルゲームがあり、その中で登場するマックスちゃんと呼ばれるメインヒロインとヴェールが似ているらしく、どうしても仲良くしたいらしい。


 ウチもマックスちゃんとやらのキャラビジュアルは見たことがあるのだが、正直そんなに似てないように思った。まあミシャにしか感じ取れない何かがあるのだろう。


 それはいいとして、そんな仲良くしたかったヴェールの前でいつもの大暴走をしてしまい、嫌われたと思い込んで大泣きしているわけである。


(はぁ、ホンマどないしよかなこれ……)


 ウチはどうやってミシャをなだめるか考えていた。


 正直、ここまでしょげている彼女を見るのは初めてだ。いつもの説得では響かないだろう。


 何かいい方法はないかと思案していると――


「……ほらヴェール、大丈夫でしょ」

「お、おう」


 ――救世主が現れた。


 クロネとヴェールの二人である。


 そしてクロネが、この場における一発正解のハイパーキラーワードを投げかけた。


「……ふふ、哀れだね。”従騎士ミシャ”」

「ひっぐ……ふぇ?」




「――そろそろ”マックスちゃんの隣”は譲ってもらうよ」




「――あ゛あ゛???」




 ミシャは一瞬にして泣き止み、ヤンキーへと早変わりした。


 そして、これにはウチも驚いた。マックスちゃんという単語をミシャ以外の口から聞く日が来るとは、夢にも思わなかった。


 あのソシャゲはアクティブユーザー500人以下――ドがつく程マイナーなゲームだったはずだが……。


「なんだァ?てめェ……」

「……まだ分からないんだ。頭の中まで女狐なんだね」

「――あ゛!?」


 めっちゃ煽るやん。


 クロネの挑発にミシャの顔が一層険しくなる。そしてこの展開は予想外だったのか、ヴェールはギョッとしていた。


「……分からないなら教えてあげる。我が名は――」

「――ああああああああああああああああ!!あんた、”クロネっち”か!」

「……ふ。ようやく理解したね。そう、私は――」

「――いっつもウチにランキングで負けてるクロネっちやん!”万年2位”のクロネっちやん!!」

「――あ゛あ゛ん!?」


 めっちゃ煽るやん。


 これにはウチも、ギョっとせざるを得なかった。


「……ふ、ふふ。そう言ってられるのも今のうちだけ」


 クロネはこめかみに血管を浮き出させながらも、余裕を装って煽り返した。


「はぁ?」

「……やっぱり、記憶ないんだ。まあ討伐履歴見たらわかる」

「……?」


 ミシャは少し怪訝そうにしながらスマホを取り出し、画面を操作する。


「――なっ!?」


 そこには、暴走していたときの記憶がないミシャにとって、驚愕の事実が記録されていた。



<499/3/26>

【17:06 次元跳躍の魔女】




 いつもならズラリと並んでいるはずの表示が、だけ。


「ど、どーゆーことなんお姉ちゃんっ!?」

「あ〜……まぁ……うん。相手が悪かったな」


 先程の戦闘を一言で簡潔に表現した。あれを言葉で全部説明するのは、ウチには不可能だ。


「……ま、そゆことだね」

「う、うそやろ……ウチの、お金……」

「……現実を見るべき。お前は私がマックスちゃんの隣にいるところを、指を咥えて眺めているといい」


 クロネの言葉に、ミシャは呆然と虚空を眺めてワナワナと震え始める。


「…………あっ、ああ……あ……」


 そして――






「――ああああああああああああ!おねえぢゃああああああああああああああああああああ!!」






 ――振り出しに戻った。


「……ふふ、はははははっ!」


 マウントを取りきったクロネは楽しくて仕方ないのか、高らかに笑い始めた。


「はははっ、はーっはっはっはっはっはっ――」


 だが、その瞬間――クロネの頭上に、容赦なく雷が落ちた。






――ゴチンッ!!!!!






「い゛っ――――!?!?!?」


 ものすごい音が響いた。


 ヴェールによる強烈なゲンコツである。レベルの上がっていない一般人なら、間違いなくカチ割れていただろう。


「……な、に……するの……ゔぇえる」


 頭を抱え、痛みに耐えながらもなんとか声を発するクロネ。


 ヴェールはそんな彼女を凍えるような冷たい目で見下ろしていた。


「――クロネ、謝りなさい」


 そして、恐ろしいほどの怒気を孕んだ声でそう告げた。


「……へ、ヴェール?」

「ミシャさんに謝りなさい」

「い、いやこれには深い訳が――」

「――ふぅん?」


 顔は笑顔を作っているはずなのに、笑っている気がまるでしない。まるで笑顔という仮面をかぶった、得体の知れない恐ろしい何かのように見える。


「仲良く、できるよな?」

「え゛っ、それはちょっと――」

「――は?」


 こっっっわ。


 もはや笑顔すら消えている。その眼差しは、まるでゴミを見るかのようだった。


「ひぃっ!?こ、こればっかりは……ライバルだし――」

「――じゃあ、ライバルじゃなくなればいいんだな?」

「……え?」


 ヴェールはそう言って、"あるもの"を取り出した。


「――ちょっ、それは話が違う!」

「仲良くできない悪い子にはお小遣いあげません」


 そう、通帳である。


 そんな光景を見ていたウチは、あまりの既視感に思わず吹き出しそうになる。


(……そんなとこまで似とるんかいな)


 ミシャの通帳もウチが管理している。そして今ヴェールがやってる手法は、ウチが暴走したミシャになんとしてでも言うことを聞かせるためにやる手法と同じものだった。


 親近感が湧くのと同時に、傍から見ると結構可哀想なことしていたんだなと気づいた。まあそのくらいしないと止まってくれないから仕方ないのだが。


「ぐ、ぐぐぐ……」

「謝って仲良くするだけだぞ、できるよな?」

「う……は、い」


 クロネはしぶしぶ頷いた。それはもう、心底嫌そうに。


 それでもお金のためなのか、きちんと謝罪の姿勢でこちらを向いた。


「……この度は、大変申し訳――ん?」


 そして気づいた。


「あーーー!ヴェール見て、コイツ笑ってる!!!」


 ウチに抱きつき泣いていたミシャが、肩を震わせながらくぐもった笑いをこぼしていることに。


「……ああああああああああああ!おねえぢゃああああああああ――いだっ!?」


 妹がこの期に及んでを始めたので、渾身のデコピンをお見舞いしておいた。

 

「ちょ、おねぇ、ちゃん……めっちゃ本気やん……」

「あのなぁミシャ、一応言うとくけど――」


 ウチは分かってなさそうなミシャに、真剣に言い聞かせる。


「――クロネはんはヴェールはんのご友人なんやから、仲良うしとかな嫌われんで」

「――っ!?!?」


 ようやく事実に気づいたミシャは体を硬直させた。そして受け入れがたいのか、頭を抱えて悩み始めた。


「ほら、向こうは歩み寄ってくれそうやで」

「う、ぐぅ」


 クロネの方も何か言われたのか、先程よりもしおらしい表情でこちらを向いていた。


 それを見たミシャも決心がついたのか、クロネと向き合った。


「……そ、その……さっきはごめん」

「いや……ウチこそ」


 謝罪し合い、お互い手を伸ばす。


 仲直りの握手である。


 そして、手が重なった瞬間――






「「――――い゛っ!?」」






 二人の顔が、同時に歪んだ。


 お互い握りつぶすつもりでいたのだろう。


(はぁ、ホンマ似たもん同士やなこいつら)


 同じ趣味同士、仲良くすればいいものを……まあ同族嫌悪というやつだろう。


 引き攣った笑顔で睨み合い、込める力を緩めることなくお互い一歩も引かなかった。


 そんな様子を見ていたヴェールは微笑ましそうに、うんうんと頷いていた。目の前で繰り広げられている攻防に気づいていないのだろうか。


(……あれかな、ヴェールはんって天然なんかな?)


 出会ってまだ初日だが、ウチは早くもヴェールの本質を見抜いていた。

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