星の見るゆめ

霧谷

✳✳✳

──星が満ちる夜、とはこんな日のことを言うのだろう。見渡す限り満天の星空。めいっぱい手を伸ばして掴めばころりと空から転げ落ちそうだ。俺は藍と濃紺の混じる空に両手を広げて手招きをする。おいで、おいで、とおいほしよ。堕ちるのならばどうか俺の手に。


「きみは星を捕りに行かないの?」


隣にいた友達が俺にそっと問い掛ける。この街には星を狩って高く売り捌く商人がいるのだ。いわく『星を手にすれば永劫の命を得ることができ、願いが叶う』と。ただ彼女はそれに絡めた揶揄を挟むでもなく、星を乞う俺に『手を伸ばす手段はある』と論じてみせた。待つだけが願いを叶える方法ではない。人事を尽くして天命を待つ、と言いたいのだろう。例えが最悪だっただけで言葉の裏には悪意も雑念もない。


俺はいくつも言葉が足りない友人に困ったような笑みを向けると、くらい空に一等輝く星へ指をさした。


「あの星は、原始の星だって言われてるよな」


原始の星。この街が、この国が、この世界が生まれたときに最初に夜空に灯った星だと言われる。燃えるように紅い星は濃紺のなかに煌々と輝き、この街の誰しもが夜道ではそれを標に歩いている。


かの星には火の神が住み自らの心血を注いで星を燃やしているのだという話だ。なんでも滴った血の雫は地に穿たれた途端に溶岩となって地面を這い、心はほしぼしの未来を思い煩うことによって煩悶の炎を上げるのだという。


「知ってるよ。むかし私のお母さんから聞いた」


彼女は微笑む。この街に住む少年少女であれば幼い頃に一度は聞いたことがある逸話をひとしきり語ったのち、「で、それがなに?」と。またもや言葉の足りない問い掛けを投げてきた。長年の付き合いで慣れ切ってしまったとはいえ、あまりに端的な問いに思わず笑いが零れてしまった。


「ちょっと、なんで笑ってんのさ」


「悪い悪い。──お前は、」


「……?」


続く言葉を言うべきか言わざるべきか、数秒の思考を巡らせる。言葉を途中で切った俺に怪訝そうな顔をした彼女は片眉を持ち上げ俺の顔を覗き込んできた。背の丈ちょうど頭ひとつぶん低い彼女は、いとも容易く俺の表情を窺おうとする。


俺は気まずくなって顔を背けた。


「……いや、何でもねーよ。いつか原始の星に行けることがあったら、暑いのが苦手なお前は苦労しそうだなって言おうとしてただけだ」


「失礼だな!……まぁでも、行けないし普通じゃ届かないからこそ人は星に手を伸ばすんでしょ。星に向かっておいでおいでってしてるきみは可愛かったしね」


「からかってんなら身長を縮めるぞ」


怖い怖い、と彼女は肩を竦めて俺に背を向ける。この声色は確実に真に受けていないだろう。俺は肺の奥から押し出すような溜息を吐くと、一度だけ、原始の星を見上げて呟いた。






「──いつか、かえるから。父さん」



……その眼は、紅く燃えていた。

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星の見るゆめ 霧谷 @168-nHHT

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