第3話 成長と行き先

 あれから周囲の魔物を一掃し、安全な拠点も確保した。

 そのために数日間走り回っていたらしく、体力も魔力も限界になっていた。


(……やる事は、やったな)


 静かになった洞窟内の、居心地の良い部屋で一息つく。


 山のようにある倒した魔物達の肉に辟易しつつも、必要だと己を律し肉の山に向かう。


 そしてほとんど夢の中にある意識を引き戻しつつ、倒した魔物のスキルと肉を喰らった。


 どうにか全ての魔物を食い終えると、俺はそのまま力尽きるように眠りについた。


………


 その夜、夢を見た。


 勇者だった時の夢。大群の魔物と戦い、瀕死の重体を負った時。

 何とか勝利し、離脱した俺は洞窟で隠れて休んでいた。


「はぁ……はぁ、うぐっ……」


 相手はトレントにウォーグウルフ、アイスエレメントにファイアーエレメント。

 前衛のウルフに斬りかかれば、後衛のアイスエレメントとファイアーエレメントが援護して。

 後衛に向かえばウォーグウルフが立ちはだかる。

 引けばトレントが先回りしてくるという、連携の取れた相手だった。


 正攻法は絶望的。


 だから俺はダメージ覚悟でウォーグウルフを斬り、魔法攻撃にあいながらも前衛を崩した。

 そのまま後衛を倒していき、戦闘に勝利した。


 つまりはフィジカルに任せたゴリ押しだ。


 当然、全身に傷を受け瀕死の重傷を負った。

 もしこの状態で見つかれば、戦闘は不可能。

 もう脳筋的な戦闘は辞めようと誓いながら、やむなく洞窟で数日休んでいた。


 全身の傷が発する痛みに呻きながら数日間。途切れそうになる意識をなんとか繋ぎ止めつつ、回復魔術を発動し続けた。


(……今見つかったら終わりだな)


 苦痛に耐えつつ苦笑する。


 すると、外から足音が聞こえた。


(まじかよ……)


 痛みを無視して剣を取る。

 戦える状態ではないが、仕方がない。


(何とか逃げる事は出来るか……?)


 思考を逃走にシフトして、敵を待つ。


 数秒後、そいつは姿を現した。

 

 そこに居たのは――子供だった。


 魔人の子供で戦闘力は有していない。


 が、もし大人に報告されればすぐに俺を殺す刺客が来る。

 殺しておくのが絶対的に安全。

 俺は剣を握る手に力を込める。


(いや……馬鹿らしいな)


 そんな自嘲をしながら微笑んで、俺は言った。


「よくここまで来たな。でもこの森は危ないぞ? 帰りな」


 俺の都合だけを考えるなら斬るべきだ。

 しかし俺は俺の事情と共に剣を降ろしそう言った。



………


 目が覚めた。


(あの後、どうしたんだっけな)


 ウィスプの体になって数日。というのにもう勇者のときの夢を見た。


(恋しいのか? 昔が)


 ここは洞窟、体はウィスプ。


(無いな。俺は昔を省みない主義だ)


 弱気の気配を俺は自嘲の笑みで吹き飛ばす。

 昔も一人。今も一人。特に変わった事はない。だから問題も無い。


(ああ、身体は変わったか)


 自在に動くラットの体を見て、その中に流れるウィスプの炎を感じる。


(ま、便利になったと思っとくか)


 眠気を頭を振って忘れ去り、立ち上がって今日の目的を定める。


(ああそうだ……出口、探さないとな)


 昨日、溢れる魔物を倒しながら走り回っていた時。とんでもなく大きい奇妙な魔力を感じた。

 

 良いものも悪いものも入り混じった不可解な魔力。

 そんな魔力の持ち主に出会ってしまえば、今の俺は対抗できない。


 良い奴なら問題無いが、悪い奴なら瞬殺だ。用も無いのにそんなやつに近づく必要は無い。


 だからさっさとこの洞窟から俺は出たい。


(まずは行ってないとこ行くか)


 俺は探索に向いたラットの体を使い、未探索の方向へと歩き出した。


 今日は残りの魔物が居ないか見回りつつ、出口を探す。


 昨日までの数日であらかたの魔物は片付けた。だが、あの数からするとまだまだ潜んでいてもおかしくない。


 それにしてもここの洞窟は魔物の種類が多い。

 センチピードに、バット、ミノタウロス、大蛇、スライムの大群と――多くの魔物が潜んでいた。


 制圧するのにもかなり苦労した。

 倒しても倒しても次々と湧く魔物達。そいつらを倒しては食い、倒しては食いを繰り返し何とか一帯を制圧した。


 その過程でウィスプの能力について詳しく知る事ができた。


 スキルは前の持ち主に変身しなければ使えない。


 一度乗っ取った相手の肉体は自分の魔力で再現できる。わざわざ肉体を着替える必要は無いようだ。


 この戦闘で得たスキルもかなりの量だ。


急速吸収コンサンプション

粘性変身メタモルフォシス

同心分裂コヒージョン

音波探知ヴィジランス

膂力増強エンハンスメント

威圧咆哮ドーンティング

嗅覚強化オルファクション

精密飛行エアロバティック

気配隠匿サプレッション

百足操作シンクロナス


 そして他に使えなさそうなものが多数。


 正直、持て余す程の量だ。

 一度に多くのスキルを手に入れたから、まだどれがどのようなスキルか詳しく理解していない。


 いつか一つ一つ検証する必要があるだろう。


 多くの魔物を取り込んだ事で魔力量も増加した。今なら普通のゴーレムくらいなら乗っ取れそうだ。


 なので探索がてら様々な姿に変身している。

 今はラットだ。


脚力強化コンセントレート

消音サイレント

全霊の牙レックレス

気配隠匿サプレッション


 まずはこいつのスキルを網羅しようと思っている。


 そうして探索をしていると、曲り角の先から強い光が差してきているのが見えた。


 その先に何かがある。


 俺はバットに変身しスキルを使う。


音波探知ヴィジランス


 生物は……居ない。

 少なくとも光に近づいた瞬間食われるなんて事は無さそうだ。


 ラットの姿に戻り、【脚力強化コンセントレート】と【気配隠匿サプレッション】を使いつつ光に近づいていく。


 角を曲がると、そこには都市があった。

 

 今居るのは都市の天井に空いた穴。

 そこから顔を覗かせている形だ。


 まるで都市一つが丸ごと地下に現れたかのような光景が俺の前に広がっている。


 夜景のように眼下一杯に明かりが灯されている。

 美味しそうな料理の匂い、吟遊詩人の奏でる音楽、闇を塗り潰す魔鉱石の光。

 そこには紛れもない都市があった。


 どうしてこんな所に?


 ここは魔物が巣食うような洞窟のはず。

 都市があり、あまつさえ栄えるなど普通はありえない。


(今度調べてみるか)


 正直かなり気になるが、今の俺は自衛すら未だ怪しい魔力量だ。

 無策に都市に入り拘束されたら抜け出せない。

 俺は一旦拠点に帰ることにした。


 その時――地面が揺れた。


 正確にはこの洞窟全体だろう。

 俺が生まれてからの数日間にも何回か地震があった。


 都市を覗くと特に騒いでいる様子も無い。

 恐らくこの洞窟では普通なのだろう。


 この数日で段々と大きくなっている気がするが、特に気にする必要も無い。

 

 というか気にしても何もできない。


 今できることは地道に魔力を増やす事だ。


 そうして俺は一度拠点に帰った。

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