第117話 『ゴムの実験と真田幸貫』(1849/9/28)

 嘉永二年八月十二日(1849/9/28) <お里>


 6万斤は……人吉球磨茶、知覧茶、霧島茶、日向茶……九州全域で、なんとか、なんとかなった。良かった~!


 残りの2万千600斤は少し待って貰ってかき集める。


 そのぎ茶の増産。440haまで! このペースで注文がくるなら一気にじゃないと間に合わない! 他の産地も可能な限り増産する! 様子見なんてできない!


 それから四国中国幾内まで! 金かかってもいいからあつめまくる! 一番茶と二番茶の余剰分とそれから3番茶と4番茶! 京都の宇治茶までかき集める! 





「されどお里殿、産物方の長としての権を越える行いではございませぬか?」


「問題ありませぬ。御家老様は留守中の殖産、産物の事は私に一任すると仰せでございました。その御家老様は殿に勝手向きの一切を一任されております」



 


 ……でも、作付面積広げたって、生産者人数が足りない! 茶摘みと製茶を機械化しないと人力じゃ、無理。


 まず、1haの年間生産量が3,589kgだから5千982斤。


 1haの茶畑を維持するのに20世帯(1世帯4人)が必要として、1haあたり必要な人数は80人。


 21万5千斤つくるには35.94ha。


 これを維持するために必要な人数は2千875人。


 ……300万斤なら? ……4万人? 無理! 無理無理無理! 大村藩の人口が11万から12万だよ?

 

 どっちにしても! 機械化! 機械化!


 あーもう! 次郎ちゃんの馬鹿!





 ■精錬方 研究室


 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……。


 ブツブツブツブツブツブツブツブツ……。


 佐久間象山は研究室で引っ張りだしてきた本を読んでは、頭をかきながら独り言をいって実験を繰り返していた。様々なオランダの本を読み、ここ大村藩に来てからも、気になる蔵書は読みまくったのだ。


 しかし、ない。


 冬に硬くなり、夏に粘着質になるゴムを安定化させる方法など、どこにも書いてないのだ。それもそのはず、ゴムの加硫の方法は1839年にグッドイヤーが発明したばかりなのだ。


 書籍としては、まだ日本に入ってきていない。


 つまり、未知への挑戦をしている。


 象山は昨年末に大村藩に来てから様々な物を見てきたが、ゴムと言う物が必要不可欠だと聞いたのだ。


 数ヶ月にわたって研究に没頭しており、その過程が人を寄せ付けない。あまりにも常軌を逸していたものだから、周りのみんなは心配していた。

 

 ただ一人信之介だけは、『俺の他にもジャンキーがいるな』とつぶやいていたとか、いないとか。


「よし、今日こそは良い結果が出るはずだ」


 とつぶやきながら、象山はゴムを熱して練り始めた。

 

「このゴムに酸化マグネシウムを加えてみよう」


 なぜ酸化マグネシウムなのかはわからない。現代では放熱性と絶縁性にも優れており、高温下でも安定して電気を通さず、熱のみを伝えられる性質であると認識されている。


 しかしこの当時の認識は、せいぜい医薬品としてである。


 酸化マグネシウムをゴムに加えると、念入りに混ぜ合わせた。

 

「おお! これは粘り気が少なくなっているのではないか?」


 象山は混合物を観察しながら、興奮を隠しきれない様子だった。ゴムと酸化マグネシウムが化学反応を起こし、白い合成物が形成されたのだ。

 

「これで製品化に近づいたかもしれない」


 象山は希望に胸を膨らませた。





 ■信濃松代藩


「信濃守様におかれましては、今般、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます」


 次郎は信州の油田開発と交渉のため、松代藩を訪れていた。


「おお、そなたが次郎左衛門殿か。象山から希有なる才の持ち主と聞いておるぞ」


「はは。恐れ入ります」


「地震の際の大村家の御助力、誠に痛み入った。この幸貫、感謝に堪えぬ」


 幸貫は本当に感謝しており、その表情には気持ちが現れていた。


「とんでもございませぬ。我が殿におかれましては、人の道理に従ったまでと仰せにございました。こちらこそ島原の松平様への仲立ち、誠にありがとうございます」


「なんのこれしき。まだまだ恩は返しきれぬわ。……して、こたびはいかがいたした? 当て(目的)なくこの信州まで来るわけはなかろう?」


 幸貫の顔には笑みが浮かんでいたが、次郎の人となりを知ろうとする、いたずらっぽい心も見え隠れした。


「は、こたびは三方良しのお話を持って参りました」


「三方良し、じゃと?」


「は。御家中におかれましては、生業を興して国を富ませる政を行っていると聞き及びます。そこでわが家中と手を組み、互に益を生み、かつ領民の暮らし向きも上向く事にございます」


「ほほう。そうなれば正に、三方良しであるな。つぶさにはいかなる事をするのじゃ」


 幸貫は興味津々である。


「は、されば臭水にございます」


「臭水? あのような物が、売り物になるのか?」


 当然の質問だろう。専ら貧しい庶民が菜種油の代わりに照明用で使っていたのだ。臭いし煙が出るので嫌煙されていた。


「は。なりまする。それがしが油問屋に聞きましたことろ、菜種の半値ほどで売られておりまして、そうなりますと一升で二百文の儲けになります。あとは如何いかほど取れるかによりますが、一つの油井で一日二貫文は見越しております」


「なんと!」


 幸貫は驚きを隠せない。


「さらに我が藩では臭水をろ過して、菜種と変わらぬようにする術を調べておりますれば、いずれ益も倍、二倍になりまする」


 次郎のプレゼンは続く。




 

 次回 第118話 (仮)『そのころの幕府と薩長土肥と他の藩、そして加賀の大野弁吉』

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