第77話 『プロパンガスか都市ガスか?』(1846/8/2)

 弘化三年六月十一日(1846/8/2) 大砲鋳造方


  15回目の操業である。


 高炉2双4炉、反射炉2双4炉による同時溶解を行った。鉄は合計7,200kgを投入し、36 ポンド砲が1 門できた。鉄湯の流動性は全ての炉が良好という訳ではなく、差があった。


 余った鉄は次回の溶解に再利用する。





 ■京都藩邸


 次郎は京都の藩邸にいながらにして、大村にいるの純あきと書状を交わしていた。岩倉具視との出会いや朝廷の窮乏の状況、論調やその派閥の大小などである。


 1通につき銀6ぷん(約100文)の飛脚でやり取りを行った。速達ではない普通便だ。


 日記のようなもので、純顕からの返事は月に1~2通であったが、次郎は毎日送った。業務報告のようなものである。筆まめではないのは前世と同じだが、仕事である。


 100文×32=3,200文=銀19匁。


 岩倉具視を含めた公家102名(五摂家・清華家・500石以上の公家を除く)に対しての援助金として、各人1石相当の合計銀9,282匁。約145両。その他遊興費……。


 現状、幕府に対する朝廷の感覚としては、良くも悪くもない。


 外国の船が頻繁に来航している事に関しては不安に思っているらしく、薪水給与令から打払い令、廃止しては再び薪水給与令と二転三転する態度には、若干の不信感をもっているようだ。


 この状況から倒幕へ動かないように、薩長さっちょうその他の影響力を裏から削ぐ!


 少しずつ時間をかけて、清華家そして摂家へと進み、御上へ。


 そのための懇親会という名の情報交換会も催した。しかし、あくまで九州の田舎大名のそのまた家臣として、都の文化に触れる、教えを請うというスタンスは忘れない。


 自尊心をくすぐりつつ、実益を得るのだ。





 朝廷の状況を知らせるだけでなく、国許である大村藩の内政においても意見交換をした。


 捕鯨事業の開始とガス灯(照明・調理・暖房等の燃料)事業の開始、ポルトランドセメント工場ならびに造船所の造営に関しての、オランダ人技師の招聘しょうへいの件である。


 この3点のうち、最初の2点は問題なくゴーサインがでた。


 しかし最後のオランダ人技師の招聘に関しては、オランダ側が承知するか? バレないか? バレた場合に言い逃れができるか? という様々な観点から検討された。


 大村藩だけではなく、オランダ側にもリスクがある。


 そしてもしバレた場合は、長崎会所の調役である高島家も罰を受けるだろう。言い逃れについては、書面に残していないので証拠にはならないが、今後の貿易に関して支障がでる。


 総合的な状況を勘案して、結局技師の招聘はしないことになった。その代わりに考えられるだけの造船技術と、セメント技術に関する書籍の輸入を依頼したのだ。





 ■精錬方 理化学・工学研究所 <信之介>


「ねえ~」


「ねえ……」


 ……。


「ああもう! 何だよ二人して! 既婚者なんだから通用しねえよ!」


 お里とおイネに何やらねだられているような感じだったが、次郎から送られてきた手紙の内容に、石炭ガスの実用化の事があったので、どうやって実用化するか悩んでいたのだ。


 俺も二人も既婚者なので、その気がないのは当たり前なのだが、ときどきこうやってわざと冗談めかしてからかってくる。


「だって信ちゃん。信ちゃんがこの前から言ってた自然派化粧品、いつできるの?」


 お里が催促する。


「あ……うん。いや、うん。ちょっと忙しい……」


「もう! そればっかり! 私たちもいつまでも10代じゃないんだよ? 美女二人がシミだらけになってもいいの?」


「いや、決してそういう訳では……」


 おイネは遠慮がちだが、お里はグイグイくるなあ。もともとの性格か?


「ああ、わかったわかった。でもさすがに、最初の1個はいいかもしらんけど、ずっとタダは無理だぞ。売りに出す」


「やった~さすが信ちゃん。待ってるよー」


 二人はぴょんぴょん飛び跳ねながら帰って行った。嵐のような一瞬である。


 ※化粧水……精製水・蜂蜜・精油・エタノール


 ※乳液……乳化ワックス作ろうと思ったけど面倒くさいからやめた。要は水と油だから椿つばき油を適量手に取って顔に塗る。


 ※ファンデーション……くず粉・ベージュマイカ(雲母)・ホワイトマイカ・酸化鉄(黄色・赤・茶)


 さて、いくらで売ろうか。


 一瞬そう考えるも、俺はすぐに製造法を紙に書いて部下に渡し、試作品を作るように指示を出した。





 いや、それよりもガスだよ。石炭ガス。


 ガス灯って言うくらいだから、全世界に広まりつつ(広まっている)ある。正直なところ、どっちでもいいかなと思っているんだよなあ。

 

 中身が同じ石炭ガスなら、供給方法の違いしかない。


 でも今の時代はもしかしたら、どっかの誰かが燃やして照明にしているかもしれないけど、商用として実用化していない。という事は誰も知らないってことだ。


 街灯はもちろん、各家庭の照明に暖房、それから料理にも使える。これが今は燃料が薪か炭、照明は油だ。ロウソクは高価だし、菜種油だって高い。


 だから庶民は魚油を使うか、暗くなったら寝るんだ。


 問題はコストだな。ガスをタンクに入れるのはいいとして、今のプロパンガスみたいに大量に作れるだろうか? 定期的に見て回って、なくなりそうなら交換する。


 もしくは、全家庭(全店舗・事業所)に水道のように張り巡らせて、提供する。使用量をどうやって測るかは不明だ。定額? いやいや、それについてはまず現状を調べてみよう。


 今オランダ……どこでもいいけど、ガス灯とか家庭用ガス、どうやって測っているのか? それとも測ってない? 測っているならメーターのようなものがあるはずだ。


 しかし……特許とってたら、構造はわかんないだろうな。


 そんときは儀右衛門さん、頼むよ。


 とりあえずは、ガス灯がどんなものか見せるために、プロパン方式で……そうだな、城下で1番大きな旅籠『大村屋』で試してみるか。もしくは街灯で。





 次回 第78回 『捕鯨船の寄港と漁場問題』 

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