第72話 『改元と朝廷工作』(1846/2/21)

 弘化三年一月二十六日(1846/2/21)<次郎左衛門>


 仁孝天皇が崩御された。


 次は即位と改元だ……と思っていたのだが(本当に思っていた)、そうではない。現代の日本では一世一元の制といって、天皇の即位によって改元し、一代につき一元である。


 これは明治に入って9月8日に制定された。もちろん今回の改元は立年改元(即位の改元)だが、必ずしも即位の年=改元して元年、という訳ではない。


 江戸末までは、祥瑞しょうずい(めでたいしるし)や災異、辛酉しんゆう革命・甲子革令かっしかくれいという他にも様々な理由で改元されていた。


 朝廷や皇室というのは、民を安んずるのが第一なので、納得できるっちゃあできる。


 ※辛酉革命……干支が辛酉の年(60年に1度)には大変革がおきるという思想。それを防ぐために改元。


 ※甲子革令……辛酉革命の四年後。徳のある人に天命が下る年。変革の多い年。だから改元。


 ただ、昭和生まれで令和に生きた俺としては、迷惑というか面倒くさい。


 まあ……それはさておき、俺は幕府に対しても少しずつ影響力を持つように動いてきたが、芳しくないんだよね。


 水戸のご老公(失礼! 水戸黄門・光圀様じゃないよ。列侯の方)も井伊直弼まではいいけど、1859年には永蟄居ちっきょになるからなあ……。その翌年には死んじゃうし。


 結局御三家とはいっても、譜代旗本ではないから実権がないといえば、ない。パイプは持ちつつ、別でも動かないと『尊皇佐幕』のソフトランディングの開国ができない。


 攘夷じょうい思想が蔓延まんえんするまえに、中央から変えていかないと。


 だから、世の中を動かす『勅書』を出せる人物に影響力を与えようと考えたのだよ。ふっふっふ……。


 大村藩の参勤交代は、通常は丸一年休んだ後に、翌年の9月に大村を出発してその翌年の3月には江戸を発つ。3年のうち四ヶ月しか江戸にいないという待遇なのだ。


 もっとも長崎の警護を佐賀・福岡藩についで任されていたので、当たり前と言えば当たり前である。これくらいの優遇措置がないと長崎警備なんてできない。


 自費だよ自費。


 ありえん。


 ということで、必要になるのはコネとカネ。藩内では軍備増強と技術革新に金がいくらあっても足りないくらいだが、中央(幕府・朝廷)工作にも必要だ。


 史実の幕末の佐賀藩みたいに国内鎖国してもいいんだけど、目的は極力血を流さない開国だから、まずは開国=悪という概念をなんとかしないとなあ。


 坂本龍馬の、攘夷をするにも今は無理やから、開国をして国を強くしてから、外国が無理難題を押しつけるようなら撃退しよう(超訳)という思想に近いかもしれない。


 まあ、尊皇(天皇を尊び)佐幕(幕府を助ける・公武合体? 合議制?)の未来(開国)攘夷という感じかな。上手い具合に四文字熟語にならん。


 開国はどうしようもないよね。ウルトラ超スピードで技術革新しないと飲み込まれるんだから。


 そのための朝廷工作。ペリー来航まであと7年。それまでに孝明天皇の攘夷思想をなんとかしないと。ん? このときすでに攘夷しそうなのか?


 えーっと……。


 そもそも攘夷は、夷狄いてきを打ち払う事。それはキリスト教と切っても切れない。


 オランダとの貿易にしても、日本において有益なものを、外国の無益なものと交換する意味のない事と定義している。


 ①日本がキリスト教を認めたら、キリスト教国になる。


 ②キリスト教の王はローマ法王だから、天皇の言う事も、幕府の言う事も聞かなくなる。


 ③その結果、欧米列強に食い物にされ、日本がなくなる。


 賛否両論あるだろうけど、こう思っていたんじゃないかな? と俺は推測する。でもどうだ? 実際に明治維新後にキリスト教解禁したらどうなった?


 確かに廃仏毀釈という、無差別な仏教施設への破壊活動はあった。対象がなんであれ個人的にはどうなのか? と思うけど、アメリカ・イギリス・フランス・ロシアに占領されたか?


 されていない。


 16世紀の大航海時代じゃあるまいし、それにカトリックとプロテスタントの対立もその時代に始まった。国王よりも法王が上の立場の時代は、とうの昔に終わってるんだ。


 列強各国にしたって、利権をめぐって戦争している。だから、開国したらキリスト教が流れ込み、団結して国が荒らされ蹂躙じゅうりんされるというのは、極論というか答えにならない。


 そこは、外交だろう。


 ひとまず、そんなこんなの思想教育(洗脳?)をやっていかなくちゃならない。御上には、是非とも考えを変えていただこう。





 当時、ああ、今の事ね。朝廷の財政は禁裏御料(皇室の領地)からの物成(年貢他の収入)と、将軍・大名・寺社からの献上物から得られていた。


 だから、大村藩がなんらかの献上をしたとしても、おかしくはない。


 禁裏御料は京都所司代やその他役人が取り扱っているが、それ以外は奥(後宮・天皇の生活空間)が取り仕切り、その責任者は長橋局ながはしのつぼねと呼ばれる朝廷内の女官である。


 当初、これで十分まかなえていたのだが、だんだんと支出がかさみ、そのたびに幕府は『取替金』と呼ばれる無利子無期限の貸し付けを行ってきた。


 しかし、ほとんど返済されることなく現在(弘化)にいたっている。


 幕府の上限を決めた予算法案もあったが、結局上限を超え、その度に臨時の貸し付けを行ってきたのだ。そこで幕府は今までの貸付金を帳消しにする代わりに、今後一切の臨時取替金をなくした。


 その結果なんとか上手くまわっていたのだが、前に書いた献上金については、幕府はなんの制約もせず、朝廷にとって重要な財源となっていたのだ。


 さて、いくら献金しようか。殿とも相談しなくてはならないが、そのために、今年の参府の前に上洛じょうらくして下準備を整えておく必要があった。


 潤沢ではないが、朝廷に献上する資金を差し引いても、何とか黒字だ。長英さんの赦免費用と高炉や反射炉の建造費用はかなりの出費。

 

 研究開発も失敗ありきのかなりの出費だ。


 それでも、やる。いまのところ無借金経営だ。……ふう。


 え? 何? 崩御から即位の費用……。は? 21万3,800両? !


 無理やな。

 

 造船所より高いし、ポーハタン号の約1/4だ。いや、しかしここで存在感を示しておけば……。多分幕府が出すんだろうが、そんな余裕あるのか?


 しかし即位礼はすぐにやってくるな。いや、来年か。今は践阼せんそだけだ。まずは今年、半分の10万両を献金して来年は10万両? これで、なんとか、なるか?


 とりあえず、御上の東宮傅とうぐうのふ(皇太子付きの教育官)であった近衛忠熈ただひろ様に近づくか……いや、それでも殿上人だな。


 公武合体派だから、なんとか味方に引き入れたい。口添えしてくれる、誰かいないかな……熟慮しよう。





 1月12日に行われていた12回目の操業では、1,800kg の鉄を炉内に投入して砲1 門が完成した。鉄湯てっとうの流動性は、前回より大幅によくなっている。

 

 これは期待が持てるぞ。


 次回 第73話 『開明塾、初等部、中等部、高等部。五教館中等部、高等部』

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