第46話 『雷汞(らいこう)の生産成功と銃の進化』(1841/6/19)

 天保十二年五月一日(1841/6/19) 精錬方研究所


 ちょうど調練の観閲が終わるタイミングで信之介が報告にきたものだから、次郎はすぐに純あきに退座する旨を伝え、研究所に急いでやってきた。


「さすがだな信之介、信じていたぞ(2年遅れだけど)」


「当然だ! 天才だからな。ていうか何か言いかけたか?」


「いや、何も。(2年遅れだけど)」





「これだ」


 信之介は研究所に入ってすぐに研究室に入り、実物を見せた。


「これは、試射はしたのか?」


「無論だ。全く問題ない」


 信之介は銅で作られた円筒型の雷管を手のひらの上にのせて見せた。

 

 予想通り、というか見たことない。当然だ。一体型のメタルカートリッジなんて、まだ先の話なのだから。


 しかし雷管が発明されて実用化されてからは早かった。

 

 17年後の1857年には、S&W(スミス&ウェッソン)によって金属薬莢やっきょうを使う実包(メタリックカートリッジ)が開発されるのだ。


「苦労はしなかったのか?」


「苦労と言えるかわからんが、材料の調達と精製には問題なかった。あったとすれば安全性の問題だ」


「ふむ」


 雷汞らいこうは雷酸水銀(らいさんすいぎん)の二価と呼ばれる水銀の雷酸塩である。材料のエチルアルコールは焼酎で代用できる。そして蘭引をつかって蒸留できた。


 硝酸は硝石と硫化鉱物から精製可能だ。


「その部分だけ試行錯誤を繰り返して、なんとかわざと衝撃を加えないと発火しない程度まで安定化させた。これならば兵士が携帯したり、輸送する際に誤って発火することはない」


「そうか」


「そうか、とは何だ! もっと驚け! 俺をたたえて崇めろよ!」


「え? あ、うん……。さすが信之介様。ありがたやありがたや……」

(いいやつなんだけどなあ。説明しだすと長いのと、ときどき見せるかまちょ感がすごすぎるんだよ)


 いずれにしても燧発すいはつ式銃による調練が終わったばかりである。雷管の発明は2年前の讃岐の高松藩に後れを取っているが、組織的な調練となれば本邦初である。


 もちろん、銃の開発や硝石・火薬の製造は完全に極秘裏に行われている。幕府と長崎警備を行っている西国諸藩との間の、海外列強に対する温度差があったからだ。


 研究開発に携わる人間の身辺調査はもとより、作業員にいたっても定められた居住区に住まわされ、外出の際は許可制であった。


 佐賀藩も平山じょう左衛門による洋式の軍事調練は行っているが、雷管はまだ日本に入ってきていない。

 

 高松藩は例外(許可された訳ではない)であり、佐賀藩も知らない極秘機密技術なのである。


「まだあるぞ」


 そう言って信之介は次郎を別室に案内した。


「これだ」


 見せられたのは大型の捕鯨砲である。


「おおお、すげえ。できたんだな! さすが信之介、仕事が早い!」


「もっと言えもっと言え」


 天狗てんぐの鼻がさらに高くなる。


 捕鯨砲はざっくり言うと小~中口径の平射砲(直射砲)から弾の代わりにもりを発射する銃砲だ。その銛にはロープがつながっていて、発射とともにロープも飛んで行って鯨に命中する。


 その後は銛を刺したままで船は航行して港へ向かうのだ。


 小型の鯨の場合は50~60mm、中型は75mm、大型は90mmの物を使用する。


 しかし、捕鯨砲も含めた銃火器は未だ前装式のため、船の舳先へさきで操作をするには速やかな装填そうてんができない。そのため作業が面倒な上に危険だという難点があった。


 さらに晴天の場合にのみ鯨が発見されるとは限らず、火縄銃より天候に強いとはいえ、燧発すいはつ式では霧雨で撃てるかどうかである。


 その問題を解決したのが雷管式と回転台座である。雷管式を用いる事で天候に左右されずに発射が可能となったのだ。


 また、後装式には及ばないものの、台座を回転させて砲口を舳先と逆(船尾砲口)に向けて装填することにより、作業の安全性と簡略化を図ることが可能となった事が大きい。


 射程は約50~60mだ。


「これ、撃ってみてもいいか?」


 精錬方は銃火器の開発とともに様々な研究開発を行っていたが、小銃の試射を行うためのスペースが併設されていたのだ。運搬には苦労したが、射撃試験場での捕鯨砲の試射となった。


 どううううううん!


 小銃より大きく、大砲より小さい音が鳴り響いて、50m先に飛んで行った。


 残念ながら命中はしなかったが、命中率は悪くないそうだ。操作性の面では左右に動かせる砲架と、上下に動かせる鉄の棒で固定されているので、力はそこまで必要がない。


 船の上の揺れや様々な環境で使えるかどうかはまだ不明だが、それは捕鯨船ができてからの話になるだろう。


「いつでも量産できるか?」


 次郎は信之介に聞く。


「できると思う。鍛冶屋さんには苦労をかけるけど、捕鯨船1隻につき1門だろ? 問題ないと思うぞ」


 信之介の返事に安心感を覚えた次郎は、話を雷管式の鉄砲に移す。


「雷管は量産できるか?」


「それもできる。銅を加工するだけだから問題ない。それに銃の構造もフリントロックの燧石が当たる部分に雷管をはめ込むように作れるから、今の銃がそのまま雷管式に代わるな」


「よし、じゃあ昭三郎に話して、実際に見せるとしよう。高島流砲術改め、立石流砲術の完成だ、とな」





 次回 第47話 『渡辺崋山は自刃し、江川英龍は韮山で西洋銃を鋳造する』

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