第30話 『人生初の参勤交代』(1838/12/29)

 天正九年十一月十三日(1838/12/29) <次郎左衛門>


 4月にいきなり参勤交代への同行を命じられた俺は、条件を出した。


 臣下の身分で主君に条件など、というのが普通かもしれないが、こればかりは願い出るしかなかったのだ。


 その条件とは俺をはじめ信之介、そして一之進、お里を同行させる事。


 なぜか? 


 暗殺の危険があるからだ。


 普通に考えれば大名行列に同行する事など許されない。


 そこに俺や信之介が入る事も異例なのに、平民の一之進に女性のお里を同行させるなど、言語道断だという大批判があった。


 しかし、暗殺未遂があったというのも事実である。


 一之進やお里は、いや俺たち4人は状況が違うんだ。1人でも欠けちゃいけない。


 お忍びでと言うことで、俺の費用は殿が持ってくれて、他の3人の費用は俺が(太田和家が)負担することで折り合いがついた。


 9月の28日に大村を出発し、江戸に着いたのは11月13日であった。





 ■江戸 大村藩邸 <次郎左衛門>


 さて、ここで年表を整理しておこう。


 天保九年(1837~1839)は第12代将軍、徳川家慶の時代。ちょうど去年就任した。


 老中首座(筆頭)は松平乗寛のりひろで、来年、天保の改革の水野忠邦に代わる。


 勝海舟、15歳。あれ、俺と1個違いか。


 坂本龍馬は2歳。渡辺崋山45歳と高野長英35歳。韮山反射炉の江川英龍が38歳で高島先生が41歳。


 松下村塾の吉田松陰でさえ、8歳。


 うーむ。


 幕末のペリー来航までに蒸気船をつくって横付け。


 幕府の『大船建造の禁』が500石以上を禁止しているから、499いや、難癖つけられないように450石以下の蒸気船なら問題ない、かな……。


 450石(約67.5トン)ね。千石船より小さい船ってどうなん? と思うけど、幕府の諸大名統制の政策だからしょうがない。


 1隻じゃしょぼいから、ペリー艦隊は4隻なので倍の8隻。そんくらいあれば、ペリーも『お?』ってなるんじゃないか。


 蒸気機関か……。先は長いな。まずは高炉と反射炉だな。金がいるー。


 武器類の輸入自由化も20年後の安政6年(1859)だし、高島先生5年くらいかかったんじゃないだろうか? 





「次郎、いかがした?」


 殿が俺に声をかけた。ぼーっとしているように見えたのだろう。


「失礼いたしました。考え事をしていたもので」


「ほほう。こやつめ、わしの前で考え事とは。して、何を考えておったのじゃ?」


 少し呆れたような顔をしてニヤリと笑い、殿は俺に聞いてきた。


「は、殿がお持ちになった上様への献上品についてでございます」


「ほう?」


「せんだってそれがしが献上いたしましたゲベール銃につきましては、献上を取りやめていただきたく存じます」


「……うむ。それはわしも考えておったところじゃ。お主の傑作ゆえ喜んで幕府に献上し、この日本でも制作能う事をご覧に入れたかったが、上様はともかく、幕閣のやっかみを考えると得策ではない」


「左様にございます。フェートン号以降、以前より異国に対する海防の意識は高まれど、まだまだ幕閣の方々の中には打ち払いを声高に叫んでも、いかにするかを考えているとは思えませぬ」


 あ。口が滑ったかも。


「ふふふ、お主、思った事をすぐ口に出すのう。わしは良いが、他の者の前では用心いたせ」


「はは」


「なにゆえそう思う?」


 殿の問いに思っている事を素直に言う。歴史の知識じゃなく、実際に感じている事だ。


「まずは長崎の聞役に警護の任でございます。佐賀・福岡以外に警護の任を増やすでもなく、聞役は殿のご英断にて我が藩は定詰としましたが、幕府からは何の沙汰もございませぬ」


「ふむ」


「台場についても同じにございます。砲は相手と同等もしくはそれ以上の射程がなくては意味がありませぬ。しかるにわが日本の台場の大砲はその任に堪えませぬ」


「では、わしはいかにすべきか?」


「表向きは何もされない方がよろしいかと。一つだけ申し上げるとするならば、広く幕閣の方々と交友なさいませ。加えて越前福井藩、伊予宇和島藩、土佐藩、そして薩摩藩。この四藩の藩主様とよしみを通じることをお勧めいたします」


「ほう? なにゆえその四藩なのじゃ?」


「それがし諸国を歴訪し学んでおりましたが、現藩主様は無論の事、お世継ぎの方々も聡明な方ばかり。親交を結んでおいて損はありませぬ」


(鍋島直正もそうだけど、まあ隣だからね)……四賢候全員、まだ藩主じゃないけど青田買いだ。


「さようか。では四ヶ月の短き間ではあるが、藩主となって初めての江戸参府じゃ。お主の言に従うとしよう」


 殿はニコニコしている。


 俺も今のところは失策を進言していないからね。石けんにしてもゲベール銃にしても成功している。


「ああそうだ。バラの香りの石けんは、献上してもよかろう?」


 長崎の出島より取り寄せた蘭引でバラから蒸留させて、ローズ石けんを作ったのだ。これは今のところ非売品。


 もちろん、蘭引は模造して大型の物もすでにある。


「は、それがよろしいかと存じます」


 せっかく江戸に来たんだ。旧交を温め、ではなく、いろんな人にあわなきゃいけない。


 それから殿の弟君の純ひろ様(幼名不明なのでこのまま)も同行して江戸に来た。要するに人質、体のいい軟禁状態だ。


 もう少したてば『人質は構いなし』になるけど、まだまだ先の話だ。


 さて、明日からは幕末の要人巡りといこう。





 次回 第31話 『韮山代官 江川英龍』

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