第2話 『玖島城へ向かう途上にて、心強い味方に出会う』(1837/1/7) 

 天保七年 十二月一日(1837/1/7) 明け六つ(0615) 肥前大村藩 彼杵そのぎ郡 太田和氏館


 こーこーコケコッコー。


 鶏の鳴き声とあまりの寒さに起こされ、何度も二度寝をしようと試みたが、日の出とともに、完全に目が覚めた。


 周囲を確認する。天井、壁、床、自分の体……。


 変わってない。はあ、いよいよ完全に転生したようだ。


 時間は……と、時計を探すがあるはずもない。いや、これ、いろいろと生活習慣を変えていかないと、まずいな。


 ……と言うか昨日もまったく眠くなかったんだよね。


 なぜか?


 みんな寝るの早えー。


 日の出と共に起き、日没と共に寝る。


 マジだったんだ……。完全に自堕落な生活が染みついている我が身にとっては、苦痛でしかなかった。だって眠くないし疲れてもいない。


 夜中に何度も起きたけど、あまりの暗闇の暗さと静寂に、自分が今どこにいるのかわからなくなって、布団に潜り込んだんだよね。


 まじで、なんも見えない真っ暗闇の夜。


 今でこそ(前世)電気はあって当たり前。節約することはあっても、日没と共に寝る人なんて、ごく少数だろう。


 テレビドラマでみる(あんまりテレビは観ていなかったが、便宜上)行灯? 提灯とか、あとは皿に油を入れて、ロウソクの芯みたいなのを浸して点す灯り。


 あれ、メチャクチャ高価で庶民が手が出る値段じゃなかったみたいなんだよね。


 菜種油の一升(1.8ℓ)が四百文、今で言う12,000円前後(一文の平均値)とあり得ないくらい高い。


 と、言う事で、無駄な金は使わない。多分転生した前日は特別だったんだろう。


 やべーこれ毎日? きつい。正直、きつい。





 昨日はあれから奥さんとの悪戦苦闘を繰り返した。彼女はいわゆる整った顔立ちで、がっつり清純で清楚系だ。しかし、なぜかその中からエロさを感じる。


 いや、勘違いして欲しくないのは、俺は断じてロリではない。15~6歳の中高生に欲情などしない。


 しかし、なんだろう? 思春期の男子中高生の時の記憶と脳内の何かがリンクして、50歳の自分と葛藤を繰り返していたんだ。


 孫の年齢だぞ! 極端に言えば。


 思い起こせば当時は(中高生)、好きな対象と性の対象が別だったり同じだったり、プラトニックとフィジカル・エロティックラブか混在と分離を繰り返していたとでも言おうか……。


 そういう訳で赤面して心臓バクバクを抑えながら、少しずつ、少しずつ話を聞いていった。


 結論から言うと、彼女は転生者ではなかった(現時点では)。名前も違うし、前世の事を少しずつ探りを入れたり、カマをかけても微動だにしない。


 ホッとしたのか残念なのか、ただ、まあ、美人で性格のいい奥さんがうん十年早くできたと考えよう。


 



 そうこうしているうちに例の妙さんがやってきて、洗面の用意と朝餉あさげ(朝食)の準備ができたというから、洗面所へ行く。


 洗面所というより台所の横に設置されたただのスペースで、沸かされたお湯に、井戸水を加えて顔を洗う。


 うわー、井戸水なんて何年ぶりだ? 


 実家にはあったけど、物心ついた時にはあまり使ってなかったような気がする。ばあちゃんは井戸水を使って料理して、水道水を使うお袋をあまり良く思っていなかった。


 150年ぐらい前の話だけど、ここはおれの実家の昔なのか?


 先祖に転生した? いや、いろんなところが違う。……まあいいや。頭が痛くなるから、やめよう。


 そしてびっくりするくらいの一汁一菜。うーん、まあ、ちょっとこれ、なんとかしたいなあ。


 食べ終わって支度をし、千代丸の顔をみて、奥さんに赤面しながら挨拶をして、出発した。(決してロリではないよ※念押し※)





 明け五つ頃(0805)頃に出発して、海岸沿いを南下した。


 現代なら厚着ができるのにできないから、寒い。馬を引くのは従者の助三郎と、荷物持ちの角兵衛。


 角兵衛は武闘派で、助三郎はなんでも知っている物知りだ。


 道中は喋らないと退屈で仕方がないので、助三郎と会話をしながら、この時代の情報収集をさらに行った。


 半刻(1時間)ほど海岸沿いをいくと中浦村へ入ったのだが、風景はまったく変わらない。みると神社の境内の前に、同じような格好をした、同じような年ごろの男がいた。


 誰だ?


 ん?


 ん!


「信ちゃん! ?」


 びっくりして無意識に馬から降りて、走って近寄る。まじか? あいつも転生していたのか?


「なんしよっとや(何やってんだ)信ちゃん! わい(お前)も転生したとや? まじか!」


 俺は信じられなくなって、信ちゃんに駆け寄っては体をさわり、顔をさわって、実物かどうかを確かめる。


「……い!」


「お……い!」


「おい! いい加減にせぬか次郎! お主、何をするのだ! 気でも触れたのか?」


 男は俺の手を振りほどき、蔑んだような目をしている。


「え? あの……誰、にござるか?」


「お主いったい何を言うておるのだ? それがしの顔を忘れたのか?」


 いや、忘れてないよ。だから、信ちゃん。山中信一郎だろ? 高校の同級生の。


「ば、馬鹿を申すな! 忘れるわけないであろう! しん……信い、の……」


「信之介。山中信之介だ。忘れたのか? あまり言いたくはないが、お主の竹馬の友、腐れ縁の山中信之介だ」


「お、おお、そうそう、信之介、信之介ね。そうそう……」


 なんだ、違うのか? しかし、こうも瓜二つだと、間違えるさ。当たり前だろう? ああ、脆くも崩れ去る、わずかな希望。


「そのような事で大丈夫であろうな? こたびの登城は、それがしの先先を決めるのだからな。お主の態度いかんによって、それがしの先が決まるのだ」


「なに? お、おう。無論の事、まったく問題ない」


 それから多以良村・瀬戸村・雪浦村へと南下していき、雪浦村から山越えをして大村湾側の長浦村へ出る。


 さらに南下して時津村へ行き、そこから船で藩の府である玖島城へと向かう。


 どうやら彼、山中信之介は中浦村内、在郷士の二十石扶持である村大給の家柄のようだ。いわゆる下士の家で、俺の家とは一段下らしいのだが、なぜか両家は仲が良い。


 家格の違いはあっても、両家のつきあいは親密なようだ。


 そこで、何度も登城している俺(そうらしい)が、今回の藩主の家督相続にともなって、推挙するという運びになったようだ。


 本来なら一門や家老からの推挙が歴史的には定例だ。


 しかしフェートン号事件以来、外国の脅威の増大にともなって、広く人材を募集するような藩の風土になりつつあるらしい。


 



 

 一抹(何抹もある)の不安を抱える俺だったが、その不安は見事的中し、年功序列、家格、禄高、外様、譜代……諸々の格差社会の壁を思い知るのであった。


 次回、第3話 『胡蝶の夢と従五位下大村丹後守純顕』

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