4-出会いと陸の兄(β)

大学に入学したての頃、図書館の片隅の椅子でうたた寝をしている男がいた。

『いかないで……』

呟きながら、手を僅かばかりのばして止める。極々僅か、その痛々しさに眉を顰めた。

その手を握りかけ、慌てて引っ込めようとした。

いやだって、寝ている間に手を握られていたら、セクハラだ。普通に恐怖体験だ。

引っ込める際に、指先が彼の手にぶつかった。

彼はそのまま俺の指に掴まってきた。この場合はセーフ?だよな。

大丈夫、一人ではないよ、そう小声で囁いた。側にいるよ、と繰り返した。

しばらくもすると彼の握力が弱まってきた。するりと俺の手から外れた。


俺はそのまま 彼の元から離れた

目が覚めても 俺の手を握っていたらお互い 気まずいだろうし


行かないで、か

彼の気持ちがよくわかる気がした。

俺も幼い頃にそう兄に泣きついた。俺の場合は手をそのまま兄に伸ばした。 この男のように 途中でためらったりもすることなく、ただただ 我儘に相手の気持ちも考えずに手を伸ばした。


両親が共働きの為、兄は アニバカと言うか 俺の面倒をすごくよく見てくれた。大事に大事にしてくれた。5つも離れた兄は俺にとって頭が良くて大人であり 何でもできるヒーローだった。

変わったのは俺が小一の時、バース検査の受けてからだった。兄はβで、当然俺もβと思われていたがαだった。

その時から 兄は変わった。

まとわりつく オレを邪険に扱うようになった

俺は自分の何がいけなかったのかがわからないままずっと泣いていた

今なら兄が何を思ったかがわかる。

うちの家系は皆βで皆そこそこ。そんな中、兄は見目良く頭も良くて親戚中の期待を受けていた。βはαに敵わないけれど、αは絶対数が少ない。 だからなんだかんだ言ってβでも社会の上層部には入れるものも出てくるのだ

…………

けれど、そこに 俺がαだと判明したのだ。

甘ったれた兄を頼るばかりの何も出来ない愚鈍な弟がαだった。


兄の変化に俺は泣き、見かねた親戚が兄を注意して、『αサマなんだからそんな事位一人でやれよ!』と兄がキレ……お盆休みで集合していた親戚一同は大騒ぎとなった。

青島家からαが出るなんて……!と。

兄を求める俺は善で俺をうとむ兄が悪とされた。兄の付属品だった俺は、親戚の力を得て兄を下僕にしたのだ

そんなつもりはなかった。

幼かった。

兄に笑いながら、陸って言ってほしかった、ただそれだけだったのに。


さっきの男のように、手を伸す事に逡巡出来れば、相手を思いやれれば兄を傷つけたりしないですんだのに。


一方で、親戚のお陰で兄が再び俺を見てくれて、救われたのも事実で。

だからこそ、男の寂しさを緩和してやりたくて、囁き続けた。

我儘な俺が救われて、相手を慮ったかれが傷付いているのはちがうから。



「さてと」

目的の本を借りて図書館を出た。

過去を後悔しても何にもならない。


俺はαだったけれど、ポテンシャルは高く無かった。まぁ、β家系から生まれたαなんてそんなもんで。

だから、俺との事があってより努力家になった兄の経歴には、同じ様に、いやそれ以上に勉強しなければ追い付けなかった。

…………ホントに兄さんβ?判定間違ってない?オレとテレコで登録されちゃっただけじゃない?

何度も再検査したけどバース判定は覆らなかった。

βの兄は、そこいらのαより優秀だ。そして俺もポテンシャルのわりにはイイ方だ


そして、思うのだ。

ある程度迄は才能が無くても積み重ねてきたもので補える。

才能があっても何の努力もしなければ、ポテンシャルが低い者より能力が劣るのだと。

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