第11話

「教育係殿には、まだまだ第一線で頑張ってもらわねばなりませんので」



 前回、湿地で死にかけた挙句、王子殿下をはじめ騎士団の皆様に多大なるご迷惑をおかけしたせいで、私は早朝から執事のマーヤークさんに鍛え直されることになってしまった。暑さとか寒さに強くなっておくと、いろいろと便利なんだとかなんとか……ううぅ……執事さんなんか生き生きしてる……何やら悪魔的な笑顔まで浮かべてるんですけど……釜茹でにされてしまうのか? それとも氷漬けにされてしまうのか??



「教育係殿は、一度とことんまで体をいじめ抜いたほうが良いのですよ。そうすれば、必要な魔法などはすぐ身につくはずです。例えば……そうですね。西の森で研鑽を積まれると良いでしょう。丁度いい、今度のミッドサマーで行われる狩りに参加してはいかがでしょうか。実戦経験を積めば何か見えてくるものもあるでしょう」



 なんかまた企んでんなコレ……嫌な予感しかしない。というか、この悪魔、意外と脳筋だった?! あのヨットスクールじゃないんだから。もう少し優しい先生に代えてください……! 


 とりあえず、これまで身についた火魔法と結界魔法を組み合わせて、自分だけあったかくなる方法を教えてもらった。これを応用すれば、水魔法と結界魔法でクーラーっぽく、そんで風魔法と結界魔法でドライっぽくなるみたい。風魔法……欲しい(白目)


 てっきり私は火の属性魔法しか使えないのかと思ってたけど、そんなことはないらしい。そういえば、昔遊んだゲームでも全部の魔法使えてたな……闇と光がどっちかしかダメなんだっけ??



「魔法というのはイメージの具現化です。まずは明確に思い描くこと。トレーニング方法としては、実際に見るというのが重要になるでしょう。よろしいですか?」



 そういうと、執事さんは全身にうっすらオレンジの光を纏った。え、それだけ?? ……アレか、こいつ天才か。だからビュンと振ってバーンですよ! ぐらいしか言わないんだきっと……ぐぬぬ……何ひとつ分からん! まあ百聞は一見にしかずとも言われているし、見せてくれるのはありがたいのですが……



「はい、どうぞ」


「ううぅ……」



 訓練は夕暮れまで続いた。











「終わった……」



 自室にいた私は、文官さんに渡された書類を見て唸る。湿地で使われた回復アイテムは、特別な霊樹からしか採れない蘇生薬だったらしい。って、え? ……やっぱ私、死んでたの?? その霊薬は、いざという時のために、マーヤークさんがいつもフトコロに隠し持っているものらしかった。歩くAEDみたいなもんなのか。まあ、今回は私に使ってしまったけど、本来はフワフワちゃんのためのお薬なんだよね。それを使ってしまったので、割と危機的状況だったわけだ……重ね重ね申し訳ございません。


 請求書の額面は15000G。私の全財産は、日給150Gで3ヶ月働いた分のお給料13500Gだ。足りない……



「……少し待ってもらうってことってできます?」


「そうですね、そうなりますと……」



 イグアナっぽい文官さんは、なんか算盤的な丸い道具をパチパチっと器用に弾いて、利子っぽい分を加算した金額を出してくれた。え? トイチ?? 魔国コワイ……



「い、今ある分だけお支払いします。残りは後日ということで!」


「かしこまりました」



 文官さんは、私の全財産を持ってうやうやしく部屋を出ていった。


 ま、まあ……お城の食堂に行けばタダでご飯食べられるし。まるっきり使わなかったからこそ全額貯金していたのだから、もう少し頑張れば返済できるだろう……たぶん。試練のときは、また準備金とかいう臨時収入のお小遣いがもらえると信じよう。はあ……なんかお腹減っちゃったなぁ……晩御飯は8時っていってたけど……


 そんなことを考えながら窓の外を眺めると、ちょうど8時の鐘の音が聞こえて、私は飛びあがった。ご飯だ!


 いそいそと身なりを整えて、食堂へ向かう。でっかい広間の超絶長いテーブルに目を向けると、早くもフワフワちゃんが席に着いていた。このお城では、割と気軽にみんなでご飯が食べられるんだよね。すごーく上座のほうには王様がいるっぽい。こっちは入り口すぐの新人の席。フワフワちゃんはあっちに行かなくていいの?? 自由すぎる王子だな……


 よくわからんけど、ここでご飯を食べるのは、一応お城で働いてる役付きのお偉いさんらしい。私も王子殿下の教育係ってことでさりげなく混ぜてもらえてる。あと、フワフワちゃんがいつも隣に座るから、何となく受け入れられているっぽい。そらまあ、魔国で急にそこそこの席に人間がいたら、みんな不審がるよね。フワフワ効果で助かってるのだった。



「今日も王子殿下、元気ですね」


「あ、ロプノールさん、こんばんは」


「こんばんは、ミドヴェルトさん」



 穏やかな笑顔で話しかけてくれたのは、エルフっぽいけど角がある謎種族のロプノールさんだ。ほとんど人間っぽいから話しやすい気がする。いい感じにイケメンだしね。イケメン過ぎないところが良い。そういや偉い人の中に女の人あんま見ないんだよな……メイドさん達はほとんど女性っぽいけど。男女雇用機会均等法なんてない時代の設定だからか? ほかの作品だと結構見るんだけどなあ……当然ポリコレもないっぽい。というか、それ以前に多様性がものすごい。私も受け入れてもらえたし。魔国スゲー。


 みんなが席に着いたところで、王様の乾杯。それから一斉に食べはじめる。自分の好きな時間に食べれないのはちょっとつらいのよね。夜食もないし。もう夜中にアイスも食べれないんだな私。……おかげで今ではすっかり健康生活だ。



「ああ、女性ね……前は居たよ、事務系の大臣さんとかで」


「へー……何で今は居ないの?」



 食事中、何となくロプノールさんに話題を振ると、結構フツーにいろいろ教えてくれた。



「やっぱり目立つからかな。ずっといじられちゃうし。結婚して引退のパターンが多かった気がするよ」


「あぁ……それはそれは……」



 なんかセクハラとかいろいろあるのかな……ここも。中小企業とかなら、社風によっては和気藹々と働けるかもしれないけど……王宮とか伏魔殿じゃあ、承認欲求と万能感にあふれるエリートどもが夢の跡だもんね……コワイコワイ。私もできるだけ目立たないようにしたいものだ。



「ム、ムー!!」



 こいつがいるから無理か……



 フワフワちゃんはお肉大好きだったんだけど、私が焼きザリガニを食わせたせいで、すっかりシーフード派になったらしい。わかるわー。私もお肉好きだけど、ステーキよりサバの塩焼きが好き。ウチら、気が合うね! 今は緑のお野菜が食べられなくて何だか唸っている。子供か。子供なんだな。いまだに王子殿下が何歳なのか、誰も教えてくれないけど。


 今晩のメニューは、謎肉のミートパイっぽいものと緑のサラダ、そしてドロドロ謎スープとぐるぐる巻きのパンだ。このぐるぐる巻きのパンが結構美味しくて、今日は当たりの日だと思う。この国の料理は基本的に味が薄い。テーブルに調味料っぽいものがたくさん置いてあって、みんな自由に調整して食べるらしかった。何ともヨーロッパ的である。私はそんなに味を必要としてないので調味料は使ってない。だって、いつから置いてあるのかわからん小瓶とかあって怖えから。一回かけてみよっかなーと思ったんだけど、中からカサカサ謎の音がしてきたのでやめた。絶対初めて置いたあの日から誰も取り替えてないだろ、あの日の調味料だろコレ……みんなよく平気で使えるな。


 どうせ魔国のやつらなんてダニとか食っても死にゃしないのよね、体が強いからって傲慢なんですよ。いや雑! でもね、私はかよわい人間なんですよ。食中毒の危険がある! 衛生面は気にし過ぎるほど気にしたほうがいいのだ!! 


 食後は空いた部屋に移動して、ロプノールさんとフワフワちゃんと私でボドゲタイム。結構いろんなゲームがあって、私のお気に入りは積み上げ系のやつだ。遊んでいるように見えるけど、フワフワちゃんを賢くするための教育の一環ということになっている。だか ら、結構ガッツリ1時間以上はやる。たまに執事さんがやってきて、全員を絶望の底に突き落としてから笑顔で帰っていく。去れ! 往ね!! しばらくしてフワフワちゃんがあくびし始めたら、解散して就寝。


 夜の流れは大体がこんなところだった。






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