第17話 家に行きましょう

 明日も店で最後のマッチ販売の為に来店する約束をオーナーと交わし、私とハンスは店を出た。


「アンナ。今夜も何処かホテルに泊まるの?」


「いえ? 流石に2晩連続では泊まれませんよ。一応、父親と一緒に暮らしているので心配していると思うので」


真冬の夜に娘をマッチを売らせに家を追い出すような父親が心配しているとは思えない。けれども、さすがに連泊は出来ない。

それに売上金を約半分渡しているのだから、薪ぐらいは買っているだろう。


「そうなんだ……それじゃ、今夜はあの家に帰るんだね? なら送るよ」


「え? でもそれでは悪いですよ。ほら、まだ今夜は21時にもなっていないですし」


「何言ってるんだい? もうすぐ21時になるんだよ? 女の子が1人で歩くような時間じゃないから」


そういうハンスだって、お坊ちゃまが1人で出歩いていいような時間には思えないけれど。


「でも、私を送れば帰りがハンスさんの帰りが遅くなるんじゃありませんか?」


「僕なら大丈夫だよ。父は毎晩仕事で深夜を過ぎないと帰ってこないから」


「そうなんですか?」


知らなかった……市長の仕事って大変なんだ。


「うん、こんなところで立ち止まって話している間にアンナの家に向かったほうがいいよ。行こう」


ハンスは私の手をつなぐと、歩きはじめた。


「え? ちょ、ちょっとハンスさん!?」


私の手を繋いで歩くハンスは顔が赤くなっている。彼は恥ずかしいくせに、私を早く家に帰すために手を……。


「分かりました。では送っていただきます」


すると、私の手を握りしめるハンスの手に力が込められた――



「それにしても市長さんのお仕事って忙しいんですね」


手を繋いで歩きながらハンスに話しかけた。


「え? 何でそう思うの?」


「だって、さっきお父さんが帰宅するのは深夜を過ぎないと帰って来ないって言いましたよね?」


「……あぁ、あの話か。仕事なんかじゃないよ。父はね、毎晩愛人の家に入り浸っているんだよ」


「あ、愛人……?」


聞いてはいけない話をしてしまったようだ。


「それで母は愛想をつかして、当時まだ10歳だった僕を置いて家を出てしまったんだよ」


「は、はぁ……そう……だったのですか……」


まずい、何だか重たい話になってきた。


「あ。ついでに言うと、母も若い愛人を作ってね。その男性の元へ行ったんだよ。だから子供の僕はお荷物だったから置いていかれたってわけ」


「それは……大変ご苦労されたのでしょうね……」


ぎゃ〜っ!! こんな話を聞かされるとは……とんでもない墓穴をほってしまった! もはやここまで重い内容は、お悔やみの言葉しか出てこない!


「だから、僕がどんなに遅く帰ろうが帰るまいが……心配してくれる人は誰もいないんだ。使用人は大勢いるけど、誰も僕のことを気にもかけないからね」


ポツリと寂しげに言うハンス。その目はまるで捨て犬のようにも見える。

彼は、ひょっとするとすごく寂しい少年なのかもしれない。


……かくなる上は……


「ではハンスさん! 私の家に少し寄っていきませんか? 家はとっても貧しくてボロ屋ですけど……家族の、その……団らんのようなものを味あわせてあげます!」


あの父親程、家族団らんという言葉が合わない人はいないだろう。


けれど、私はどうしても寂しげなハンスを見過ごすことができなかったのだった――

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