第16話 営業トーク
「えっと……どちらさまですか?」
声をかけてきたのはスーツ姿の品の良い青年だった。
「はい、実は私は出版社に努めている、こういう者です」
青年は名刺を差し出してきたので、受けとった。
「……ドリーム出版……編集者、ジェイソン・ヘイリー……」
ジェイソンという言葉に有名なホラー映画を連想し、思わず顔がしかめっ面になってしまう。そんな私に気付く様子もなく、ジェイソン氏は語る。
「この店は私の行きつけの店でして、昨夜もあなたのマッチ棒ゲームを拝見させていただいたのです。いや〜本当にお見事でした。私もそうですが、全員があなたのだしたゲームが出来なかったのですから」
「そうですか、ありがとうございます」
とりあえず褒めてもらえているようだから、お礼の言葉を述べる。
しかし謎だ。
一体この人物は何の目的で声をかけてきたのだろう。名前のせいだろうか……何だか怪しい人間にしか思えない。
「アンナ、この人……怪しく見えないかい?」
ハンスも私と同じことを考えたのか、耳打ちしてくる。
「そんな、私は決して怪しい人物ではありませんから」
青年は慌てた様子で否定する。どうやら耳打ちした内容がバッチリ聞かれていたようだ。
「それでは、何故声をかけてきたんです?」
オーナーが私の代わりに質問する。おおっ! 何だか保護者みたいだ!
「ええ。マッチ棒を見事な戦略で売られていたので、感心して声をかけさせていただいたのです。それで、聞くところによると……そろそろマッチ棒の在庫が無くなりそうなのですよね?」
「ええ。そうですよ」
一体何処まで私達の話を聞いていたのだろう。
「そこで提案です。私と一緒にマッチを売ってみませんか?」
「「「は?」」」
青年の突拍子もない言葉に私達の声がハモる。
「一緒にって、どういうふうにですか?」
私の代わりにハンスが尋ねる。
「はい、マッチを手に入れるルートなら我が出版社なら確保できます。何しろ優秀な記者が大勢おりますから。彼らの情報収集能力は非常に高いですから、ご安心下さい」
「ですがマッチを確保できたからといって、その後はどうするのですか?」
バリキャリの私も、まだ彼の意図が良くわからない。
「ちなみに……まだ他にもマッチ棒ゲームのネタをお持ちですか?」
「ええ。あります」
するとジェイソン氏は益々笑顔になる。
「ああ、やはりそうでしたか! 素晴らしい! どうです? 我々と一緒に本を作って売り出しませんか? マッチをセットにして、あなたの本を出版するのですよ!」
「本を出版……?」
つまり、彼はマッチ棒を付録につけてマッチ棒クイズの本を出版しようとしているのか。
紙の本とマッチをセットにして売る……万一、燃えたら大変なことになりそうな気もするが……。
こんな美味しい話、乗らないほうがどうかしているでしょう!
「はい! 是非お願いします!」
私は大きな声で返事をした――
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