第6話 理想の店とは
「ここだよ。お酒を飲めるお店は」
「この店が……ですか?」
私は目の前の店を見つめた。真っ白な美しい建物……。
まるで結婚式を挙げられるゲストハウスのような外観に圧倒される。
「それじゃ、中へ入ろうか」
真っ白な扉を開けて店内へ入ろうとするハンス。冗談じゃない! こんな店でマッチ売りをするわけにはいかない!
「ちょっと待った――!」
両手でハンスの左腕を掴んで引き止める。
「うわぁ!! 驚いた! な、何!?」
ハンスが慌てたように振り返る。
「ハンスさん! この店はダメです! 他へ行きましょう!」
「ええ? 何でこの店は駄目なの?」
首を傾げるハンス。きっと彼は生粋のお坊っちゃまなのだろう。こんないかにも品の良い金持ちばかりが来るような店で、マッチを売るためのパフォーマンスなんて出来るはず無い。
私が相手にしたいのは、ある程度アルコールで思考回路が落ちている人たちなのだから。
「駄目に決まっています。こんな立派な店でマッチを売るなんて出来ませんよ。お店の人につまみだされてしまうかもしれません」
「だったらどういう店がいいのかな?」
「そうですね……出来れば、程よく酔った人々が集まるような場末の酒場が理想的ですね」
「え……? 場末の酒場……? ご、ごめん……場末という言葉の意味がわからないのだけど……」
戸惑い顔のハンス。やっぱり彼は良いところのお坊っちゃまなのだ。何しろ『場末』という言葉を知らないのだから。
「場末の酒場というのはですねぇ……裏通りにある、ちょっと寂れたような場所にあるお酒が飲めるお店のことです」
「ごめん……僕、裏通りには行ったことが無くて……」
申し訳無さそうに謝るハンス。
う〜ん……やはり、そうきたか。だけど、確かに裏通りは治安が悪いかもしれない。
何しろ、この『マッチ売りの少女』の世界では靴を落としたときに盗まれてしまったと書かれていたような気がする。
こんな見るからにお金持ちそうなハンスが裏通りを歩けば、悪い人間に掴まって身ぐるみ剥がされてしまうかもしれない。
「分かりました、では裏通りに行くのはやめましょう。それよりも、もっとこう……大衆的なお店を探しましょう。つまり、一般庶民が気軽に入店してお酒が楽しめる店です」
「でも、僕はそういう店を知らないよ?」
「大丈夫です。こんなに店が並んでいるのですから、1軒くらいは見つかりますよ」
「そうだね、それじゃ2人で一緒に探そう」
笑顔になるハンス。
こうして私達は再びお店を探すことにした。
****
「あ、ハンスさん。このお店なんかどうですか?」
指さした店は赤レンガの壁の建物だった。窓から店の様子を覗いてみればカウンター席とテーブル席に分かれている。お店の中は空席はあまりなく、誰もがお酒を楽しんでいるように見えた。
うん、ここなら大衆酒場っぽい気がする。
「そうだね……いいんじゃないかな?」
ハンスも気に入ったようだ。
「それでは、ここに入りましょう。あ、そうそう。店内に入ったら、私の話にあわせてくださいね?」
「うん。別にそれは構わないけど……一体何をするつもり?」
「それは……中へ入ってからのお楽しみです」
笑顔頷くと、私は扉を開けた。
今夜、この店で私は最高のパフォーマンスをするのだ――
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