第36話 優しくてかっこいいけど、弱い

 最寄り駅につき、実家まで徒歩で向かう。大体15分ほどだ。


「ミコ!」


理人りひとくん。」


 背後から久々に聞く男性の声で呼び止められた。次男の兄だ。彼も実家から離れたところで一人暮らしをしているため今日に合わせてこちらに戻ってきた様だった。


 京都にある一流大学の大学院の2年生。身長が高く、身内贔屓を考えて見ても顔も結構良い方じゃないだろうか。彼も当然エリートだ。とっくに良い企業に就職を決めてあとは卒業論文を書くだけらしい。


「今日は大人しい格好してるじゃん。もう前みたいな服は着ないの?」


「着るけど…。ママはお気に召さないみたいだから。実家帰る時くらいはこういう格好をするよ。一式貰ったし。」


 そう返すと少し渋そうな顔をして「あ〜。」と言った。


「俺は似合ってると思ってたけどな。母さんお前に対して何かと“こうあって欲しい”が多くて大変だな…。俺たちに関してはお好きにどうぞってスタンスだったのに。」


「不出来な娘が恥ずかしいんじゃない?」


「別に誰もそんなこと思ってねーよ。あの人、娘ができたら〜あぁしたい、こうしたいって言ってたから。それに子供の頃から病気がちで末っ子のミコちゃんのイメージが抜けないんだろ。だからつい構いたくなる。皆ね。」


 理人くんは私の頭をわしゃわしゃと混ぜながらそう言った。


 理人くんはこう言うフォローが上手い人なのだ。実家に住んでいた頃、私のやらかしで気まずい空気になっても上手く場を取り持ってくれていた。本当にできた兄である。私がこんな風でなければ胸を張って自慢の兄ですと言えるのだが、自分の中にあるコンプレックスが邪魔をする。


「それにしても奏斗かなとくんもすごいよね。完璧な人生設計を進めてるじゃん。」


「どういうこと?」


「一流大学でて、一流企業に就職して、辞めずにちゃんと出世して、大学時代から付き合ってる美人で、頭のいい彼女と26歳で結婚して、28歳で子供が産まれて。ってそんなできた人生ある?」


「あぁ。まぁ確かに。」


「…。理人くんも奏斗くん側だから分かんないか。このすごいと思っちゃう気持ち。」


「いやいや思うって…!」


そうだったこの人は寄り添って話を聞くのは上手いが所詮あちらできる側の人間なのだ。このギャップが私のコンプレックスを加速させる。しかし、理人くんは何一つ悪くない。


「てか、暑くね?ちょっと休憩しない?奢るからさ…!」


私が軽くいじけ始めたのを察して、近くの喫茶店に誘導する。そうこの人は優しいのだ。空気が悪くなるのに耐えられない人の顔色を伺う臆病者とも思うが。


「冷たいアイスコーヒーがいい」


「はいはい。甘いのじゃなくていいの?」


「うん」


真夏の日差しを避けて私たちは喫茶店の中に入った。




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