第19話 戦場

 イストンツーはイストンゼムから西、王領方面へ街道を4時間ほど進んだ先にある。平原にそびえ立つイストンワンと同型同規模の遺跡だ。ゾーイ達冒険者とは途中で合流し、騎士団の隊列の後方に着いてくる形で一緒に行軍している。冒険者約50名の心強い味方である。遺跡が見えてくると同時に激しい戦闘の様子が視界に飛び込んでくる。



「よし!!!!まずは各分隊より5名は味方の救援に向かえ!かなり疲弊しているようだ。負傷者を後退させつつ魔物を押し込め!」


「「「おおおおおお!」」」


 スタンゼンの指示の元、気合の雄叫びと共に各分隊からの遊撃班15名が遺跡の入口付近に向けて救援に駆けつける。


「続いて、残りの騎士達で簡易櫓の準備を急ぐぞ。各分隊毎に作業を開始しろ。では、散開!」


 続いてスタンゼンは櫓準備を指示、騎士団を散開させる。レスは戦場をみやると酷い状況が目に入ってくる。遺跡から溢れ出る魔物は100体以上おり、魔猿まざるの上位種とされている魔猩猩ましょうじょう達だった。2mを超える体格と強靭な肉体。それなのに俊敏な動きで冒険者達を翻弄している。先行していた冒険者達と兵士達はすでに満身創痍の様子で魔物達をギリギリのところで押さえ込んでいる状況だった。すでに倒れ込んでいる者も何人かいるようだ。


 騎士と冒険者達が救援に入るが、押し戻すことが出来ていない。魔物達はすでに入口から距離のあるところまで散開してしまっているのだ。


(押し戻すのは厳しい状況か。って、お?)


「レース!お先に行ってるぜ!」


 大剣を肩に担ぎ、顔馴染みの2人が颯爽と魔物の群に突進していく。ゾーイとロンだ。ゾーイが接敵のタイミングで大剣を振り下ろす。瞬間、大きな火柱ひばしらが螺旋状に地面と並行に発生。魔猩猩達を火の渦に巻き込んでいく。

 ロンは岩壁がんぺきを駆使し、負傷者の救援を優先している。負傷者と魔猩猩の間に岩壁を発生させ、攻撃を遮っているようだ。


「使いこなしてるなー。よし!ミーナ嬢、まだ動かないでくださいね」


「離れないって約束だものね。約束は守るわよ」


 レスは少し気合を入れて意外と冷静なミーナに一言告げつつ、スタンゼンへ話しかける。


「スタンゼン団長、少し状況が切迫してます。櫓が出来次第、僕の魔導具をお貸しするので魔物を一気に押し戻しましょう」


「ほう、何かいい魔導具があるの..」


 スタンゼンがレスへ問いかけてきた次の瞬間、遺跡に向かって左エリアで櫓の準備をしていた部隊方面から爆発音が轟く。


「く、火魔術の『炎弾えんだん』か!」


「不味いですね。左側の戦線が維持出来なくなる」


「第四分隊!櫓の準備を急げ!」


 魔猩猩達が放った炎弾が西側に展開した分隊を強襲。中央にも仕掛けられる可能性を感じ、スタンゼンが準備を急ぐよう指示を飛ばす。


「僕が時間稼ぎを!ミーナ嬢、行きましょう!」


 レスがそう話しかけた時には、ミーナは習得したばかりの雷魔術『瞬雷しゅんらい』を纏い、駆け出していた。瞬雷は雷を身に纏うことで身体能力を活性化させ、超速の動きを可能にする。先読みで動かれるレスの動きを上回るためだけに習得したミーナの執念が伺える魔術である。


「ミーナ嬢!もう!」


 ミーナが落雷のような速度で左側の前線に到達し、そのまま構えていた片手剣で刺突。前線にいた魔猩猩の心臓部を串刺しにし、勢いそのまま2体目に突進を仕掛けるが、2体目の魔猩猩は片手を犠牲にミーナの刺突を受け止めると、そのままその場で踏みとどまった。


「おも!」


 勢いが止まった瞬間、魔猩猩の剛腕から繰り出される爪撃が上からミーナを襲う。


「がああああ!!!」


 ミーナの頭部に直撃する前に魔猩猩の腕が弾ける。立て続けに全身の複数箇所を高速で飛来した鋭利なものが穿っていく。周囲の数体も飛来し続ける物体に体の複数箇所を貫かれ、絶命した。


「な、に?これ」


 ミーナが地面に突き刺さる複数の鉄鉱石の細い棒状のようなものを見つめて疑問を口にする。


「ミーナ嬢!相手は1体じゃないんです。ちょっと焦りましたよ」


 レスは2体の鉄射砲てっしゃほうを周囲に散開させながら駆け寄り、ミーナに注意を促す。ミーナもこれがレスの救援だったことに気付いたようだ。


「あ、ありがとう。注意するわ。ちょっと味方がやられているのを見て、焦ってしまったみたい」


「気をつけてくださいね。冷静に対処すればミーナ嬢であれば問題ない相手のはずです」


 2人は油断なく、周囲を観察しながら会話を続ける。レスの鉄射砲に警戒して魔猩猩達は飛び出してこず、身構えている状況だ。2人は前線に立ちはだかる。後方を確認すると先ほどの炎弾で負傷した複数名の味方が倒れている。急ぎ手当が必要だろう。


「ミーナ嬢、後ろの方々は早めに手当しないとまずいです。ここは俺が場を持たせるので一旦負傷者を任せてもいいですか?」


「わかったわ」


 ミーナが短く了承すると周囲の数名に声をかけて負傷者を後方に誘導していく。


(さて、一気にいきますか)


 レスは鉄射砲を前方に移動させる。それを見た魔猩猩達が身構えから一気にレスへ襲いかかるために駆け出した。


「テネ、撃ち漏らしたやつが接近してきたら守りよろしくね!」


「分かった。まかせて」


 レスがそう早口で話しかけると足元の影からテネの声が聞こえる。テネは大勢の人に囲まれるのが苦手で街に来てからはレスの影の中に待機していたのだ。

 レスは続けて迫る魔猩猩達へ扇状に弾幕を浴びせる。鉄射砲からは絶え間なく杭状の鉄鉱石が発射されている。これが魔導具の利点だ。魔導板に魔力を込めるだけで魔法陣で定められた法則を即具現化する魔導具は、人が魔術を行使する際に必要な魔力を操り明確にイメージをし、具現化させる工程を省くことが出来る。要は早い。


(角度が悪いか。さすがにこの数は一掃出来ないね。斃したやつが邪魔で後続を狙えない。上からじゃないと..)


 レスがそんなことを考えていると斃れた魔猩猩達の後方から炎弾が飛来してくる。


「うおお!」


 鉄射砲で迎撃に入ると鉄鉱石と炎弾がぶつかり合い、爆ぜる。爆炎が周囲の炎弾も巻き込み、レスと魔猩猩の間は火の海のようだ。


(これだと向こうもこっちに来れない。魔力はまだまだ余裕。時間稼ぎにはなるか?)


 魔猩猩達も炎弾の行使を続けているようで絶え間なく爆発が続く。レスはこの場で迎撃を続けることにした。



 しばらく撃ち合いを続けていたが、魔猩猩達からの攻撃が止む。レスは魔眼を発動し、様子を伺うが、魔猩猩が動いている様子はない。


(流石に魔術の連続行使は堪えたか?)


 レスも鉄射砲での迎撃をやめ、様子を伺う。爆炎による砂埃で正確な様子はわからない。


「レス!こちらの体制は持ち直したわ」


 負傷者を撤退させていたミーナと騎士達が駆け寄ってくる。騎士達はそのまま警戒しながらレスの前に前進し、大盾を構えて陣形を整えた。


「了解です!皆さんここはお願いします!」


 レスはミーナを連れて中央に戻るために走り出す。


「聞きたくてしょうがないのだけれど。いまは我慢しておくわ」


「この戦いが終わった後でしたらいくらでもお答えしますよ」


 レスはミーナの言葉に微笑しながら答え、ミーナも無言で頷く。



「スタンゼン団長、左側持ち直しました。ですが、櫓の準備は不可能かと思います」


「了解した。こちらは櫓の準備が整っているぞ」


「お!ではこれを」


 レスは中央に戻るとスタンゼンに状況を報告する。すでに櫓の準備は整っているようなので反撃のための灰色の魔導具を収納袋から取り出した。長さ30cm、直径5cmの筒のような魔導具だ。


「それはどのような魔導具なのだ?」


「岩石を射出する魔導具です。連射も可能ですし、威力も保証します」


「しゃ、射撃系の魔導具か。初めて聞く効果の魔導具だな」


 冷静なスタンゼンも少し驚愕の表情になっている。これはレスが鉄射砲を完成させるまでの過程で作り出した魔導具、『石飛せきひ』だ。筒を手に持ち、魔力を込めることで直径20cmほどの石の塊を前方に勢いよく射出する。威力は十分だ。


「4本あります。櫓の上から魔猩猩の群れに撃ち込めば、押し戻すことも可能なはずです」


「有効だな。ありがたく拝借しよう。グレン!お前の分隊から4名を選抜。この魔導具を持って櫓に上がれ。そのまま魔猩猩共に岩石の雨を喰らわせてやれ」


「承知しました!よし!いくぞ!」


 スタンゼンが即座にグレンに行動を指示。グレンが悪い笑顔を浮かべながら了承し、部下の騎士達を連れて櫓に上がっていく。


 櫓に上がった騎士達は魔猩猩の群れに向かって石飛を構える。


「前線に伝達。発射の合図と共にその場で伏せるように伝えよ!グレン、味方に当てるなよ?」


「そんなヘマはしませんよ!合図を待ちます」


「伝達完了!伝達完了です」


「よし!では、狙いを定めよ……発射!!!!」


 伝令が戻ってくると同時にスタンゼンが発射の合図を叫ぶ。ドドドと轟音を轟かせながら魔猩猩の群れに向かって岩石の雨が凄まじい勢いで向かっていくのだった。

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