婚儀の夜2
どうやらこの人も、王太子としての振る舞いをしまってきたらしい。俯く王太子の銀色の髪がサラリと流れ、キラキラと灯りを跳ね返す。
私の国にはいない色。初めて目の当たりにしたけれど、美しい色だと思った。
「……うん、分かった」
そう言って顔を上げた王太子の表情から、なぜか困惑の色が消えていた。
面白がるような表情で私を見据え、真っ青な瞳の奥に強い光が一瞬宿った。
「貴女と私が、互いをよく知ればいいんだね」
「はい?」
「私は側妃を迎え入れる気は全くない。確かに、貴女との間に子を儲けることが出来れば国家間の関係は更に盤石なものとなるかもしれないが、そんな不確かなものは何の保証にもならない。だから、貴女を妃に迎えたのはそれだけが理由ではないんだよね」
「……他にどんな理由があるのです? て言うか殿下、話し方が……」
「貴女を妃に迎えたいと、私が望んだからだよ」
「……はい?」
「やっと今日を迎えられたと言うのに、どうやら邪魔が入っていたようだね」
「はい?」
「婚儀の前だというのに遠方の公務が入れられておかしいとは思ったが。なるほどね」
「あの」
一人で納得してうんうんと頷く王太子は、またカップを手にして美しく紅茶を飲む。
ちょっと、置いていかないでほしい。付いていけない。
「だが大丈夫、今の話で大体誰の仕業か予想はついた」
「あの、殿下?」
「すぐに手を打とう。王太子妃宮を一掃しなければいけないな……。公務とは言え、二か月も王城を不在にした私の失態だ」
「殿下」
「ああ、大丈夫だよ、今日は何もしない。せっかく迎えられた貴女との夜だ、明日の朝すぐに動こう」
「いえ、そうではなくて」
「初夜の事? 大丈夫、貴女が私を受け入れてくれるまでは何もしないよ。でも……」
王太子は音を立てず静かにソーサーをテーブルに置いた。心なしか、話し方だけではなく雰囲気も変わった気がする。
「ここは私たち夫婦の寝室だ。今宵から貴女と私はここで共に寝る。追い出されても私には行くところがないし」
「え?」
「さあ疲れただろう、今夜はもう寝よう。話の続きは明日だ」
「ちょ……」
王太子は立ち上がると私の手を取り立たせた。ちょっと待ってどうしてこうなるの?
「殿下! 待って下さい、私は知らない方と共に寝るつもりは……」
「他人ではない、私たちは夫婦だよ。それと殿下はやめてほしい。名前で呼んで」
「そんな恐れ多いことはできません!」
「なぜ? 夫婦なのに。貴女と私は対等だよ」
「対等なんかでは……」
「うん、中々頑固だね。誰かに何か言われた? ……仕方ない」
王太子はそう言うとサッとかがみ、私の膝裏に腕を差し込んで抱き上げた。
「きゃ……っ!?」
「軽いな、ちゃんと食べている?」
「た、食べてます! 降ろして下さい!」
「ベッドまで運ぼう」
「殿下!」
「違う、ほら名前を呼んで、……エラ」
王太子は嬉しそうに笑い私を横抱きにしてベッドへと歩き出した。怖くて思わず首にしがみつくと、耳元でおかしそうに声もなく笑う気配がする。
「落とさないよ、大丈夫」
「こ、こんな事をされたのは初めてなんです!」
「それは安心した」
王太子はベッドに辿り着くと、壊れものを扱うように私の身体をそっと横たえた。
「さあ、冷えるからね、掛布を」
優しい手つきで柔らかな掛布を肩までかけて、さも当たり前のようにするりと横に入り込む。
「殿下! 私には無理です、こんな風に寝るなんて……」
「寝るだけだよ。それに、貴女をここに一人で置いていくなど出来ないからね」
「何故です?」
「私との関係が持てないとなると、貴女がどんな仕打ちを受けるか想像に難くない。ここはそういう場所だ」
「どういう……」
「私の亡くなった母もここにいたからね。母の苦悩を傍で見てきたから」
「私は平気です」
「うん、今のところはね。シーツに細工をしておけば明日の朝は問題ないだろう」
「何の話です!?」
王太子はふわりと微笑むと、私のシーツに広がる髪を指で弄ぶ。
「それに私は、今の貴女ともっと知り合いたいと思ったよ」
「え?」
「貴女は覚えていないようだが、貴女と私は会ったことがある」
「え!? いつ……」
「うーん、教えない。自分で思い出してほしい」
「横暴だわ!」
「貴女がそれ言うかな」
「私と別々に過ごせばいいだけの事を、何故そんなにこだわるのです!?」
「私が貴女を望んでいるからだよ」
「そんなの……」
「今はまだ信じられないだろうが、信じさせるだけだ。それに……」
王太子は私の髪を一房取り、そっと口付けをした。
「早く名前で呼んでほしいからね」
隣で横になり妖艶に微笑む美丈夫は、すっかり王太子の仮面を脱ぎ捨てている。この美しく柔らかな表情を隠すために、居丈高に話していたのだろうか。
「もう寝よう。また明日ちゃんと話そうね」
「眠れません」
「大丈夫、疲れてるからね。それとも私が抱きしめてあげようか」
「結構です!」
ははっと笑い声をあげると、王太子はそのまま仰向けになり、静かに目を瞑った。
「お休み、エラ」
「……お、やすみなさい……?」
部屋から追い出すことも出来ないまま、どうしたものかと暫くその美しい横顔を見つめていたけれど、王太子の規則正しい息遣いと美しい横顔を眺めているうちに、私はいつの間にか瞼を閉じていた。
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