第2章-5

「私が見えるの?」

「見えるよ。仲間だからね」

 さも当たり前のように、その少年は言った。

 ――仲間……。

 私と同じ境遇の人間が他にもいる――。

「あなたも他のみんなからは見えてないの?」

「そうだよ。僕らは世界から見捨てられた種族だ」

 ――種族……。

 その言葉に、どれほどの重みがあるのだろうか。にわかには、カスミはその言葉を素直に受けとめることはできなかった。

「共同体と言ってもいい」

 少年はみずから発した言葉を言いかえた。

 ――仲間、種族、共同体……。

 少年が発しているせいもあっただろう。カスミはそれらの言葉に空虚な香りを感じずにはいられなかった。質量を持たない数々の言葉の羅列――それらの意味を深く考える必要はないように、なぜか思えた。

「あの……。ねえ、教えて! 私にいったい何が起きてるの?」

「だから、世界から忘れられたんだよ。みんなからも」

 動物からも植物からも――と、淡々と少年は付け加えた。

「でも、私はここにいる。消えてなんかいない!」

 カスミはこう言いたかったのだ。

 私には体がある。実体がある。

 ――死んでなんかいない……。

「そうだね。体はある」

 でも――と、少年は続けた。

「誰かと関わらない、関われない……」

 

「それは生きているって言えるんだろうか?」


 カスミは目を見張った。

 ――なんなの、この子は!

 ――何を言ってるの?

 カスミは自分が腹を立てていることに、ようやく気づいた。

 こんな子どもが、何をわかったように……。

 ――私の存在にケチをつけようとする!

「私は生きている! 間違いなく生きているよ!」

 カスミは自分の胸に手を当てて言った。

「今もこの奥で、心臓がドクドク脈打っている――」

 そして、もう一度叫んだ。

「私は生きている!」

 それは少年にというより、世界に向かって叫んでいるようでもあった。

 少年は悲痛な面持ちのカスミを――その瞳の奥を――じっと、まっすぐに見つめていた。

「ごめん。怒らせるつもりはなかったんだ」

 カスミにも分かった。少年の方がひいてくれたのだ。

 もし、これがいつもの日常で起こった出来事ならば、カスミは納得できず、まだまだ少年に噛みついていただろう。

 だが、ここはいつもの日常、いつもの世界ではない。そして、目の前の少年は、同じ種族、共同体――仲間だと言う。

「ごめんね、お姉ちゃん。怒らせるつもりは本当になかったんだ」

 無言のカスミを見てとって、少年はもう一度謝った。その言葉にどれほどの重みがあるのか、定かではなかったが……。

「自己紹介がまだだったね。僕はアキラ。お姉ちゃんは?」

 まるで一方的に世界がリセットされたかのように、少年は話題を変えていった。人の感情までも、すっきりとリセットされるものと信じて疑っていないようだ。

「カスミ……」

 そして、少年の次の言葉に、彼女はまた目を見張ることになる。

「カスミ――なんだか本当に消えてしまいそうな名前なんだね」

 カスミは、ああと理解した。

 ――この子は、やっぱりまだ子どもなんだ……。

 難しいことを言おうとしてはいるけど、よく考えもしないで思ったことを口にしてしまう。

 そう思うと、不思議とカスミの怒りもおさまってきた。

 子どもの言うことだから――。

 何を本気で受け取ってるの――。

 私が大人にならないと――。

 カスミの心に少しだけ余裕が生じた。

「ねえ、あなたは誰なの? いったい私はどうなったの?」

 アキラはふたたびカスミの顔をじっと眺めた。

「こんなところで立ち話もなんだし、僕の家においでよ」

 屋根だけじゃなく壁もある――。アキラはそう付け加えた。

「真夜中の獣達も、僕らを見つけることはできないさ」

 アキラは踵を返して歩き出した。少し行ったところで振り返る。

「お姉ちゃん、来ないの?」

 頭の中はまだぐるぐる回ってまとまらない。だが、気がつけば、カスミは足を前に踏み出していた。

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