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トウヤは憧れの人と接触する機会ができた事を大変喜んでいた。

緊張で胸をドキドキさせながらタケシの楽屋の前に立つ。

余りの緊張のために口の中はカラカラだった。唾を飲み呼吸を整え、緊張から少し回復したところで楽屋の扉を開けた。

「ちっす!今回一緒にやらせて頂きますトウヤです。よろしくお願いします!」

タケシは台本から顔を上げてトウヤの姿を確認すると、余裕の表情で受け止める。

アラサーのタケシはそれまで演技を一切したことがなかったにも関わらず、出演したドラマが人気を博し一挙に人気俳優になったのだった。

「ああ、こちらこそよろしく頼みますね。一緒にいい作品にしましょう。

あーもう、そんな畏まらないでくださいよ、俺なんてたまたま主役に抜擢されただけなんですから。

あ、でもさすがプロレスラー、俺と較べようもないぐらいすごい筋肉だ」

そんなタケシの言葉にトウヤは首を横に振る。

「そんな。タケシさんこそ、すごい人気じゃないですか」

「たまたま素敵な作品に参加させて貰えただけですよ。

いやーいいよね、シリーズものの時代劇。予定調和の中で進む物語がさ」

その言葉にトウヤの表情は翳った。



トウヤはルーキーのプロレスラーだ。だった。だが伸び悩んでいた。

顔立ちがいいので若い人や女性にウケはいい。だが、古参からの評価はイマイチで本人もそれを気にしていた。

「わかってんのか?」

「いえ……」

先輩に問われても分からなかった。好きで入った業界だ、情熱はある。

身体だってずっと鍛えているし、見栄え良く仕上がってると自負している。技だって磨いている。それでも造詣の深いファンからの評価は辛口だ。

「お前さぁ、プロレスについての理解が浅いんだよ」

「……勉強しているつもりなんですが」

「いや身に付いてない。お前、一旦離れろ」

「え?」

「丁度いい。タレントとして活動してみ?な?」

「え?」



そういう訳でトウヤは一旦プロレスラーとしての業務を休業し、タレントとしてバラエティやドラマなどでメディアに露出していた。

そして案外それは受けていた。今では時代劇やスーパー戦隊の役を貰っている。タケシとの接点が出来たのは嬉しかったが、これでいいのかと悩んでいた。

「まさか本業より収入がいいだなんて……」

「良い事でしょ、それの何が不満ですかね?」

トウヤは独り言を拾われると思っていなかったので顔を上げる。そこには確か端役で入ってるバイトの女子がいた。

「ああ、ごめん。独り言だったんだけど……でもさ、やりたい事よりやりたくない事が評価されて心境複雑なんだよ」

そのトウヤの言葉を聞いて彼女は鼻で笑う。

「バイトの身で言うのも何だけど、不本意でもあなたはそれだけ評価されたって事でしょ?」

「本業で評価されたいんだ」

「選べる自由があるだけ贅沢じゃ?それに得るものはなかったの?活かせないの?」

「何が受けて、何で評価されてないのかさっぱりでさ……」

「自己分析がなってないね?それで本業って?」

「プロレスラー」

「ああ、昔バイトでやった事あったよ。なら活かせる事なんてたくさんあるでしょ?」

その彼女の言葉に彼は目をしばたかせる。

「そうかな?」

「ま、そこは自分で考えてよ?……困ったらタケシさんに聞いたら?彼も同じみたいだし」

それじゃ頑張って、という言葉を残して彼女は去って行った。定時きっかりだった。


「で、俺の所にきたと」

タケシは若干苦笑を浮かべながら自分の楽屋を訪れたトウヤを招き入れる。

近年スターと崇められているが、面倒見は良いのだ。

「誰に言われたの?」

「えっと、確かバイトで入ってる女の子で……」

「ああ、あの子。すごいよね彼女。上手なのに目立たないで主役を際立たせる演技があの歳で出来るだなんて」

「え、そんなすごい事してたんですか?バイトって聞いてましたけど」

正直演劇を始めたばかりのトウヤには理解できなかった。

「そうそ、バイト。聞いたらフリーターなんだって。俺なんかより、よっぽど演技上手なのに勿体ない」

「ほんとに。見た目も華があって女優向いてそうなのに」

「ま、俺らが言えたギリじゃないよ。トウヤ君だってプロレスラーやめてタレントしたい訳じゃないでしょ?」

「ええ、まあ」

「でもさ、なんでトウヤ君はプロレスにこだわるのさ?」

トウヤはレスラーを志す前の自分を思い出す。

「プロレスが好きだからです。実際に汗と血を流しながらぶつかり合って戦う姿に熱狂しました」

「プロレスじゃなくても格闘技は他にもあるじゃない?」

「格闘技だと勝つ事が全てじゃないですか。でもプロレスは魅せる事も大事なんです。

だから出された技は基本受けますし、ある程度シナリオがあって始めるんです。観客が観たい物を魅せるために」

そのトウヤの回答にフムフムとタケシは頷く。

「時代劇も一緒さ。決められたパターンの中で観客が観たいものを魅せるのさ。

でもまったく同じじゃいけない。お約束の中で工夫を凝らして差異を出すのさ」

「まったく同じじゃいけない……」

「そして似たような、けれど同じじゃない事の繰り返しでちょっとずつ物語は進んでいくのさ」

「繰り返し……」

「ま、ここまでヒントを出したんだ。具体的なアレコレは自分で考えるんだね。

お互い本業で成功して自信を回復できるといいね」

「タケシさんは本業でも成功してるじゃないですか。この間出した曲も再生数エグかったですよ?」

「いや、俺の本業作曲じゃないから」

「あれ、アパレルの方が本業でしたか?」

「そっちも違うよ」

「飲食店のオーナー?」

「違う」

「ああ、塾の講師してましたもんね」

「違う」

「……他にもアレコレしてたと思いますけど、何が本業なんです?」

「……大道芸人だよ。今度子供生まれるからお金欲しさにこんな事してるけど」

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