(42)春の待合所 ②
※
その結婚指輪をオーダーしたのは二ヶ月ほど前のことだ。
まず役所に婚姻届を提出しにいった。
首の包帯が痛ましい制服姿の女子高生に、職員たちはざわついた。いかにこれが正当な婚姻であるかを懇切丁寧に説明して、理解してもらうのに時間を要した。優衣の態度が一貫して真剣なものでなかったら、もっとかかっていたかもしれない。
そのあとに結婚指輪を探しにいった。
一生のものなので妥協はせず、二人でこれだと思うものを選んだ。支払いには結構な額の金を工面する必要があったが、後悔はいっさいなかった。
手元にやってきた指輪をつけることに、清治自身は
高校に結婚指輪なんてつけていけば、騒がれるのは確実だ。ファッション扱いされ、校則違反で没収されてしまうかもしれない。
在学中はネックレスに通して制服の下に忍ばせておいたらどうかと提案したが、優衣は首を横に振った。
「あたしは清治と結婚しとること隠したくにゃあわ。どうせ苗字が変わってバレるんだで、ほんなら堂々としとるほうが気持ちええじゃんね」
案の定、優衣のクラスは騒然とした。
苗字が変更されるだけでもセンシティブな話題なのに、左手の薬指にはとても伊達や酔狂には見えない価値の輝きが宿っていたからだ。
その意味を理解できない生徒はいなかった。大人の階段を背中に羽根を生やして飛んでいってしまった優衣は、大勢の好奇心にもみくちゃにされかけた。
しかし、それを一掃したのが寺内遥だった。
とはいえ、優衣をかわいそうに思い助けた……わけではなく、鬼気迫る勢いで質問攻めにする彼女にクラスメイトたちが勝手に引いていっただけだった。
職員室も混乱に陥り、すぐに家庭訪問の予定が組まれた。
優衣の担任である女教師は三者面談のつもりだったみたいだが、なぜか寺内までついてきて四者面談に発展していた。「親友は身内みたいなもんだでええがね!」と三つ編みを連獅子の毛振りがごとく振り回し暴れたため、しかたなく同行を許したらしかった。
優衣に金田家に案内された担任は戸惑ったようだった。
平屋の安アパートは華やかな新婚のイメージとは程遠い。さらに、そこで待ち構えていたのは自称警察官のチンピラにしか見えない男。おまけに、証拠として警察手帳を見せてくる手は喧嘩でつくったタコまみれ――。
尻込みするのも頷ける。
そんな担任だったが、結婚の経緯を伝えると理解を示してくれた。
見守らせてほしい、指輪を外させることもしない、といってくれた。
むしろ教え子である寺内のほうが、清治にあれこれ文句や注文をつけてきたり、優衣に世話を焼いたりしていた。
ちなみに、そのときに気づいたのが、今まで苗字呼びだった優衣と寺内が下の名前で呼び合っていることだった。
優衣が金田姓に変わったのがきっかけらしい。
寺内いわく、どうしても清治の苗字で優衣を呼ぶのが我慢ならないのだそうだ。
彼女の義母めいた当たりの強さは、なかなか変わりそうになかった。
高校における金田優衣にまつわる混乱は、拡大も収束も早かった。
現在は「結婚している女子がいるらしい」と噂の有名人程度で収まっているみたいだ。
ほかのクラスや学年の生徒がたまに教室をのぞきにくるくらいだが、それも寺内遥がバスケットボール部員顔負けのディフェンスをして、成功率は低いという話である。
優衣は夫の職業を聞かれた場合、『正義のヒーロー』とはぐらかして答えているようだった。警察官とそのまま紹介するのは、さすがに問題があると感じたのかもしれない。
「噓はついとらんでええがね」
そういたずらっぽく肩をすくめていた。
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