#174「エレベーター/ジャガーマン」



 菌糸人類マイコノイドとの遭遇戦を数回ほど経ると、峡谷の底は徐々に傾斜を増していった。

 緩やかな傾斜はやがて階段状の遺跡に繋がり、登り終えると円筒形の平らな台座が俺たちを待っていた。

 峡谷の終端。

 台座の奥には崖しかなく、垂直の山肌は絶壁の名をほしいままにしている。


「亡者の念によると、ここに来れば上の台地に行けるみたいなんですけど……」

「ふぅむ。行き止まり、ですかな?」

「頑張って階段を登ってきましたが、特にここから上へ進めそうな道はありませんね?」


 おやぁ? と首を傾げるゼノギアとカプリが、ゆっくり俺を見つめる。

 死霊術による斥候を頼りに、道案内を買って出たのは俺。

 それがこうして行き止まりにブチ当たったとなれば、男たちの視線に「どういうことだ?」と疑問が宿るのも仕方がない。

 というか、俺だって困惑している。


「いや、たしかにこっちだって言われたんですよ……」


 死霊術の支配下にある亡者たちは、術者に対して虚偽は働かない。

 だから、上の台地に向かうのにはたしかにここで合っているはずだが。

 もしかしたら、亡者自身がそう勘違いしている可能性はあるか?

 おい、どうなんだ? と件の亡者に問いかけようとしたその時。


「──あ。待ってください。この台座、もしかして」


 円筒形の台座を、「ん〜?」と眺めていたフェリシアがぴょんっとその上に飛び乗った。

 ゼノギアが嗜めるように言う。


「フェリシアさん。それはいけない」

「え?」

「ここは恐らく、古代に使われていた祭祀場でしょう。その台座は儀式のために供物を捧げていた祭壇の可能性があります。今は菌類に覆われていますが、昔はとても神聖なものだったはずです。不用意に足を下ろすのは、聖職者として感心できません」

「意外ですな。ここはカルメンタリス教の儀式場には見えませなんだが?」

「異なる信仰、異なる神だとしても、すべての祈りは尊ばれるべきものです。人の心には敬意を払わなければ」

「おお……なるほど」


 ゼノギアの神父らしい発言に、カプリが感嘆の音色を弾く。

 しかし、嗜められたフェリシアは小さく首を横に振った。


「残念ですが、まったく的外れです」

「はい?」

「これ、昇降機ですよ? エルダースにも同じようなものがあります」


 すると──ガコンッ!! 足元から突如として仕掛けが作動する音が伝わった。

 察した俺も慌てて台座の上に飛び乗る。

 円筒形の昇降機。

 思い出すのに時間がかかったが、メラネルガリアのモルディガーン・ハガルでも似たようなのは見たし乗った。

 ここが古代の遺跡を残すなら、類似した仕組みの昇降機があってもおかしくはない。


 グ、グ、グ。


 動き出した台座──否、円盤にカプリも飛び乗る。


「なるほど昇降機。たしかにそのようですな」

「ほら、ゼノギア神父も」

「……うぅ、すいません」


 少女に微笑まれ、ゼノギアは恥ずかしくなったのか顔を赤く染めた。

 得意気に説教じみたことを言ってしまっただけに、ものすごく居た堪れないのだろう。

 俺はニヤつきつつ、改めて死霊術への信頼を実感した。

 亡者の念も、そこはかとなく「ほれ」と胸を張っている気がする。


 しばらくすると、昇降機は一定の速度で加速を維持した。


 どうやら台地の上まで、ノンストップで上がり続けるようだ。

 遠ざかっていく峡谷の底を見下ろすと、長い影がグングン伸びていく。

 メラネルガリアの昇降機と違い、この昇降機は円盤の下に支柱があるタイプらしい。


(それにフェリシアが乗っただけで仕掛けが作動したってコトは、感圧式なのか?)


 だとしたら、恐ろしい技術力である。

 悠久の時を経てなおも作動する点も含めて、半ばインチキくさいオーバーテクノロジーを感じた。


「コホン……しかし、それにしても長いですね」

「まぁ、峡谷の底から、さらに台地の上にですからね」

「地下から山頂へ上がるようなもの。そろそろ高度もバカにはなりますまい」

「うわぁ、腰が抜けちゃいそう……」


 とか言いつつ、フェリシアはまったく高所恐怖症ではないのだろう。

 カプリが円盤の中央にさりげなく移動したのに比べて、少女は端の方で下を覗いていた。

 肝が据わっている。

 一方で、ゼノギアは崖を見上げて、次第に近づいてくる到着地点から目を逸らさない。


「遺跡の探索は、上に着いてからが本番でしょうね」

「先行している斥候はなんと?」

「今はまだ特には。ただ、人のいそうな場所は上の方にあると」

「峡谷には何もありませんでしたしね」


 朽ちた遺跡と菌糸人類マイコノイドの棲み家以外には、下には何も無かった。

 今のところ、大罪人の行方は上にあるとしか推測できない。


(というか、精霊女王から聞いた話でも、リュディガー・シモンは国遺跡を利用しているらしいから)


 遺跡の大半が台地上にある以上、捕縛対象も同じように台地にいると見るのが妥当な推測だった。

 すんなり捕まえれるとは思っていないが、いよいよ対面の時が近づいていると思うと緊張してくる。

 ゼノギアもそうなのだろうか?

 丸眼鏡の優男は頂上が近づいてくるにつれて、普段の柔和な笑みを硬くしている。


「……そういえば、ゼノギア神父はどうして今回の旅に?」

「え?」

「いや、大罪人捕縛の見届け役なのはもちろん分かってますけど、個人としてはどうして旅を受け入れたのかなって」


 やっぱり、神父としてリュディガー・シモンを許せなくて?

 問うと、


「ああ。そうですね。たしかに、一信徒として『大罪人』には思うところがあります。教会に対する反感、不平、敵意や悪意があっても、それを無関係な民衆まで巻き込んで社会を混乱に導くなど、人としてあってはならぬ悪業です。糺す機会があるのなら、私は喜んで神父として彼の者を糺すでしょう」


 ですが。


「大罪人ではなく、あくまで『灰色の魔術師』としてリュディガー・シモンを見るのなら」

「……」

「私は彼の者に、因縁……私怨があると言っても過言ではありません」

「私怨、ですか」

「はい、そうです」


 神父は依然、崖の頂上を見据えながら答える。


「とはいえ、当のリュディガー・シモンは、私などまったく知りもしないでしょう」

「会ったことがあるワケじゃないんですか?」

「ありません。それどころか、お互いに顔も見たことがない」


 なのに、ゼノギアはリュディガーを怨んでいる。


「理由は、聞いてもいい話ですかね?」

「……いいえ。止しましょう。これは私が生成りになった由縁で、申し訳ありませんがまだ誰かに話せるほど傷が癒えていないんです」


 タハハ。

 ゼノギアは困り眉で笑った。

 ……そういうコトであれば、こちらも無理にとは言わない。


(ただ、人が生成りになるほどの出来事……)


 リュディガー・シモンにはそんな事件との関連もあるのだと受け止め、覚悟を深めておく。


 鉄鎖流狼。

 鯨飲濁流。


 さすがにニンゲンが、アレらと同等の闇を備えているとは思い難いが。

 人狼も吸血鬼も、元はニンゲン。

 人から転じた魔。

 闇はいつだって人の中が一番濃い。


 じきに台地。


 辿り着いたその先で、せめて何が出てきても怯むコトだけはないようにと密かに深呼吸をした。


「……ところで、上から降ってくるアレは何でしょう?」

「「「え?」」」


 ゼノギアに言われ、三人全員が遅れて神父の視線の先を見上げる。

 空には、複数の影があった。

 影は崖を駆け下りながら、まっすぐに昇降機に向かって飛び降りて来る。


「「「Kyyyyyyyyyyyyyyyyyyyrrrrrッッ!!!!」」」

「!?」

「なんだ!?」

「おサルさん!?」


 猿叫。

 しかし、猿ではない。

 落ちてきた影はどれも、猛獣の顔だった。

 着地の衝撃で昇降機が揺れる。

 数は五。

 しかし、崖にはまだ複数。

 驚異的な身体能力で、どんどん上から降りてくる。


「クソ、コイツら……!」

「Gaaaaッ!!」

「先輩! これは──豹頭猿ジャガーマンです!」

「密林の怪人!?」


 東方大陸の食人種族。

 体格は思っていたより小さい。

 しかし気性は獰猛だ。

 だが、今はそんなコトよりも……!


「なんか、頭にキノコ生えてないか……!?」

「「「Kyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyrrrrrrrッッ!!」」」


 ジャガーマンたちは完全に寄生されていた。

 その目は白目を剥いていて、正気じゃなかった。

 ラリった怪人類が一斉に飛びかかってくる。




────────────

tips:豹頭猿


 ジャガーマン。

 人界怪人道、豹の頭と猿のカラダを持つ種族。

 東方大陸では数が多く、極めて気性が荒いことで有名。

 普段は密林に潜みながら暮らしているはずだが、古代圏ではキノコに寄生され脳のリミッターが外れているようだ。

 威嚇の猿叫に込められた意味は、ただシンプルに「ぶっ殺す」

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