#156「大海のポータル」
異界の門扉。
それは〈渾天儀世界〉において、魔物や精霊等の〝異界の存在〟が使うものとして知られている。
西方大陸のとある王国では、短く略して
此処ではない何処か。
我々が棲まう〈
境界の概念にカタチを与え、違う場所へ通じる門扉を成す技。
俺が初めて目にしたのは、雪と氷で創られた薄青い扉だった。
ベアトリクスの能力。
白嶺の魔女は死と冬の女王であるためにか、彼女の解錠するそれはひどく冷たく寒々しい。
秘紋によって簒奪して以降は、俺にも同じものが扱える。
どうやって使っているのかは、感覚的な部分が多いのでイマイチ言語化しずらい。
ただ、錠前に鍵を挿し込んで匣を開けるイメージを抱くと、息をするのと同じくらい自然に門扉を開けられるのだ。
広大無比な〈渾天儀世界〉では、とても便利なので密かに重宝している。
しかしながら、これは自分が望むところ何処にでも移動できる優れた能力ではない。
異界の門扉は自分が行ったことのある場所以外には、行き先を指定できないからだ。
過去に足を運んだ場所であれば、自由に移動を可能にするが、それ以外の場所にはたとえ知識があったとしても移動できない。
無理に移動しようとすると、ランダムな場所に繋がってしまう。
これは、淡いの異界と云う〈
時空間が偏在している混濁の境界が障害となっているためで、如何な魔物、如何な精霊といえども、突破するには〝世界に刻んだ確かな実跡〟が必要だかららしい。
アレクサンドロが使っていた触媒魔術。
通称『異界渡り』もまた、淡いの異界があるせいで高難易度の魔術に認定されている。
あちら側の存在にすら自由に飛び越えられないものを、こちら側の人間がどうして自由に飛び越えられるのか。
払うべき代償も併せて、なかなかに厄介なしがらみだと云える。
──ゆえに、〈渾天儀世界〉の人々にとって、異界の門扉とは総じて魔物や精霊のモノ。
異界の門扉=人外出現の証であり、見かけたら一目散に逃げるのが当然の常識なのだが……
「なるほど……アレが、〈大海のポータル〉」
「うわぁ、船長さんが言ってた通り、ものすっごく大きいですね!」
今、俺たちの前には
一つの島くらいは、容易に呑み込めてしまいそうな大波である。
なのに、それはトンネル状を不可思議に維持したまま、延々にぐるぐるしていた。
壮大で、あまりに規格が違いすぎる絶景である。
通り主の正体など、想像したくもない偉容。たぶんKm単位でデカい。
「……俺たち、今からあそこに突っ込むのか?」
「ガッハッハッ! 不安になるのもしょうがありませんが、心配はご無用です!」
圧倒されてビビった俺に、船長が後ろからノシノシ現れ言った。
「あの〈大海のポータル〉は、古代から開きっぱなしなんですよ」
「古代から?」
「ええ。稀にそういう異界の門扉があるのは、
「じゃあアレは、それの〈中つ海〉版ってコトですか」
「行き先は幸い、我々の〈
開いたままなのを忘れているのか。
あるいは、何か理由があって開門を維持しているのか。
正体は不明なれど、あまりに永き時間にわたって開かれ続けているために、歴史のどこかで無謀な誰かが名乗りをあげた。
──いっちょ行き先を調べてくるわ!
「船乗りの間じゃ、有名な伝説でしてね」
「たしか、勇気の詩の元ネタでもありましたか?」
「ええ、ええ。伝説の船乗り、最果てを見たフェルディナンド。この星で唯一、〈中つ海〉を制覇したと伝わる海の男です。我々はよく彼の偉業を歌います。まぁ、伝説が本当かどうかは分かりませんが!」
船長はそこで、ドンっと胸を叩いた。
「少なくとも、目の前のアレに関してだけは、抜けた先が安全な場所だってのが実証されています!」
「どこに繋がっているんですか?」
「ちょうど、出発地から目的地までの中間くらいにある島ですよ!」
「寄港するってことは、人が住んでる島なんですね」
「ええ。商人の方の何人かは、実際そこで用を済ませてしまうくらいには、賑わいのあるところです!」
へ〜、と。
感心する俺たちの様子に満足したのか、船長は「では、引き続き海の旅をお楽しみください」と帽子に手を添え去っていった。
豪放磊落な気質な割に、礼儀正しい一面も備えた立派な巨人。
船長の地位にあるのも、そんなところが慕われているために思われた。
とはいえ、まさか異界の門扉を利用するなんて……豪放磊落にも程があるように思うが。
いや、〈中つ海〉を往く船乗りならば、このくらいは笑って進めないとダメなのか?
「あの規模のだと、そりゃ他の魔物も通り路に使おうとするわな」
「
「ひょっとしたら、第八の原棲魔かもしれない」
〈崩落の轟〉より後に生まれた魔物と、〈
神に等しい太古の魔性。
これだけのデカさだと、たぶんスケール的にはゴジ●みたいなヤツだろう。
古代から開きっぱなしだからといって、いつ閉ざされるかも分からない異界の門扉を、国家の航海事業の正式な一部にしてしまうなんて、トーリー王もなかなかに大胆である。
「どうする? 俺はせっかくだから、このままデッキで〈大海のポータル〉を通り抜けてみようと思うけど」
「せ、先輩が残るなら私も残ります!」
「おお。じゃあ、いっちょ一緒に体験だな」
「き、緊張してきました」
「まぁ、普通は異界の門扉なんて、人間には無縁だもんな」
「先輩は……そっか。ご自身で開けるんですもんね」
「ああ。だから、潜るってだけならそんなに緊張はしない」
言ってる間に、トーリー号の舳先がついにトンネルに侵入した。
船側でオールを漕ぐ巨人たちが、途端、誰からともなく歌い始める。
“ヨー、ホー……!”
“ヨー、ホー……!”
“すべての船乗りよ 帆を掲げよ……!”
“すべての船乗りよ オールを漕げ……!”
“勇者フェルディナンドは 最果てを見た……!”
“海はこれにより 我らのもの……!”
“すべての船乗りよ 帆を掲げよ……!”
“すべての船乗りよ オールを漕げ……!”
“〈
“胸を焦がす海への憧れ……!”
“勇者フェルディナンドは 最果てを見た……!”
「勇気の詩だな」
「自分たちを鼓舞するみたい」
伝説の英雄フェルディナンドは、船乗りの間じゃさぞかし心の柱なんだろう。
誰もがフェルディナンドのように勇気を持って海へ出れるように。
そんな願いや意気込みが、ヒシヒシと伝わってくる勇壮な歌だった。
〈大海のポータル〉を抜ける。
見上げたトンネルの天井は、とてつもなく大きく分厚い。
落下してきたら、間違いなく溺死する前に圧死する。
それほどの大質量が頭上にあった。
しかし、それも通り過ぎれば圧巻の想い出。
異界の門扉を越えた先は、美しいエメラルドグリーンの海だった。
「──天気良ッ!?」
「暑いです、先輩……!」
北方大陸人には慣れない色鮮やかさが、そこには広がっていた。
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tips:勇気の詩
〈中つ海〉の船乗りたちが歌う詩。
かつて最果てを見たという伝説の英雄、フェルディナンドを讃え、自らもまた勇敢な海の男足らんと願いを込める。
大事なのは帆を掲げ、オールを漕ぎ続ける意思。
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