#101「開幕の鐘は鳴り」
異変は唐突であり、劇的だった。
最初に聞こえたのは、街鐘楼の鐘の音。
──ゴォン、ゴォン、ゴォン、ゴォン……
煌夜祭で賑わうメラネルガリアの民は、皆な当然のように困惑した。
聞き慣れぬ早鐘。
突如として一斉に鳴り始めたあちこちの鐘。
鐘楼守は何をやっている?
すわ誤動作か? 何かのイベントか?
疑問に呑まれた彼らのざわめきに、しかし、答えはすぐに与えられた。
“ご機嫌よう、メラネルガリアの皆さま。突然ですが、皆さまに悲しいお知らせがございます”
気品に満ちた少女の声。
鐘の音が独特な反響を作り上げ、いつしか少女の声となって言葉を伝え始めた。
魔術による肉声の模倣。
国中の鐘を使った
声の主はどうやら、メラネルガリア国民に向け、何事かを知らせるためにとんでもなく大掛かりな魔術式を発動させたらしい。
いったい何だ? と首を傾げる民たちは、少女の声音に知らず、不吉なものを感じ取って眉根を寄せた。
そして、
“心してご拝聴ください。先刻、王陛下が崩御なされました。メラネルガリア国王、ネグロ・アダマス陛下が、先ほど永遠の眠りにつかれたことをお知らせいたします”
……!?
突然の悲報に、民たちは瞬く間に動揺した。
──よりにもよって今日この日に?
──なんということだ!
──王が死んだだって?
──いや、たしかに病床に臥せっていたらしいが……
──待て! 怪しいぞ!
──この声、何者だ! 姿を表せ!
──小娘め。嘘偽りであれば、タダでは済まさんぞ!
まさに
少女から知らされた衝撃の凶事に、メラネルガリアでは誰もが動揺した。
中でも、王宮に集まっていた貴石貴族たちの驚きぶりと緊張ぶり。
陰謀の蠢動に神経を巡らす刹那の膠着状態。
少女の声に心当たりがあった男たちの中には、セレンディバイト家へと堂々猜疑の視線を向ける者もいた。
だが、少女の声はそんな彼らの狼狽え様には、一切の
“──よって、煌夜祭の途中ではありますが、ここに新たなる王陛下をお迎えする『戴冠式』を執り行います”
淡々と、いや、どこか面白がるような響きさえ滲ませて、不敬罪に等しい発言を続行した。
ネグロ王の死が事実だとして、それならばそれで、半年間は喪に服するのがメラネルガリアの
新たな王を急ぎ立てる必要があるにしても、一晩も経たぬ内に王権の継承は有り得ぬ。
一秒、二秒、三秒と理解が進んでいくにつれて、誰かがハッと呟いた。「
と同時。
──な、火事だ!
──違う! 攻撃だよ!
──あ、ああぁ、ああああああああああッ!
──熱い熱い熱い熱い熱い!
──走れ! 家屋に逃げ込むな! 蒸し焼きになるぞ!
国のすべての霊脈から、業火が噴き上がる。
悲鳴と怒号。
驚愕と混乱。
楽しかったはずの独立記念日は、一転して焦土の時間に変わった。
国を覆う大魔術式が暴走を開始する。
国土の温暖化を担う文明基盤が、遥かな高熱を以ってダークエルフを燃やし始める。
少女は言った。
“ですがご安心を。煌夜祭を終わらせたりはしません。さあ、皆さま、炎を踊らせましょう。凍てつく夜に、我らは炎の煌めきこそを希望と見出したのですから”
新王を迎えるにあたって。
いいえ、はじまりの篝火、偉大なる国父、伝承に謳われる
“王太子ナハトの名の下に、メラネルガリアは今日を境に生まれ変わるのです”
グツグツと煮え滾る大地の赤熱。
爆炎と噴煙を撒き散らす焦土の地割れ。
寒々しい冬の夜を、業火が照らし王国の輪郭を縁取る。
炎の揺らめきからは、やがて異形の影まで現れ始めた。
──バカな。
──この数はなんだ!? なんで魔物がこんなに湧いて出ている!?
──うわっ、よせ、やめろ!
──!? こいつら、実体が……!?
──ただの
──攻撃は無意味だ……!
──でも、だからって……!
引き裂かれ、噛み砕かれ、次々に血を流していく王国の騎士たち。
腕に自信のある者は
だが、大剣の斬撃も、魔術の迎撃も、その魔物たちには何の効果も持ち得ない。
優秀な彼らは、すぐにその異常性に気がついたが、悪夢のような初見殺し。
気づいたときには毒針に絡め取られ、逃れる間もなく惨殺されていた。
もはやこれは、単なるクーデターなどではない。
国全体を標的とした狂気の殺戮劇。
少女は繰り返した。
“──王太子ナハトの名の下に……! ダークエルフは今日という日を以って苦境に追い込まれ、滅びの危機に瀕するでしょう!”
けれどそれは、我らが未来を思うがため。
“ナハト殿下は仰いました。魔物の力を宿して生まれた自分は、真の意味でこの国の王となることは決してできない。正しき統治と正しき王政を為すためには、澱んでしまった自分でなく、
そのうえで!
“大セプテントリアの後継を謳っておきながら、他種族の奴隷を許容し、同族同士ですら劣等と蔑み合う今のダークエルフは、間違いなく歪んでしまっている。自分たちに都合のいい文化や利益ばかりを称揚し、かつての誇り高さはどこに消えてしまったのか。そんなだから、繁栄の袋小路にも追い詰められる”
ゆえに。
“荒療治が必要なら、僕が悪名を背負いましょう。当代までのダークエルフが積み上げた負債と悪習。責を負うのは僕でいい──その代わり”
生き残ったダークエルフには、かつての光を取り戻してもらうため、本当の王を戴いてもらう。
厳しい自然と痩せた大地。
およそ文明を築き上げるには、あまりに過酷な常冬の荒野で、〈渾天儀世界〉初となる多種族国家を成立させた偉大な国家。
古代に四大と数えらえる北方大陸最強の国。
歴史に潰えた栄光の御名──
“──セプテントリア王国。その、初代にして永世の王こそは!”
世界に平和をもたらす志し高きダークエルフ。
さあ、いざや仰げ煌夜の王冠。
黒炎纏う救世主は、必ずや厄災を打ち払うため、苦鳴に満ち溢れた現世へ戻るだろう。
無辜の民たちは、跪拝して願い奉れ。
ほら、王が目を覚ます……
「──ああ、嘆きの声が聞こえるな。余に救いを求める
太古の王の召喚。
その瞬間、モルディガーン・ハガルには雷鳴と稲光が渦巻き、旋風が吹き荒れ衝撃波が拡散した。
父祖の霊が肉を得て舞い戻る。
黒盆の
ナハト、トルネイン、フィロメナ。
三者の企みは、ここに結実した。
メラネルガリアの崩壊が、鐘の音と共に始まる──
────────────
tips:メレク・アダマス・セプテントリア
セプテントリア王国の初代王にして永世王。
ダークエルフの英雄であり、北方大陸に棲まう人界種族にとっては共通の救世主だった。
セプテントリアの姓を持つのは、この世界で唯一彼だけ。
太古の王が蘇る以上、王冠を被るものはふたりと要らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます