#100「斯くして」



 まあ、どういうつもりかと問われれば、別にどうというつもりも無い。

 セラスとティアが毎年、煌夜祭の日を引きこもって過ごしていると聞いて、癪だなと思ったのは本当のこと。

 国をあげての祭日というなら、せっかくだし俺も周囲からの鬱陶しい視線を気にせずに、ひっそりとどこかでお祭り気分を楽しみたいと考えたのも実際真実。

 で、だ。

 ちょうどそんな折りに、たまたま労働力として都合のいい八人ばかりの男手にアテがあった。

 姉妹とその養父が、顔を突き合わせるコトになったのは、ぶっちゃけただそれだけの理由である。

 なのでまあ、久しぶりに会ったなら、話でもすればいいんじゃない?


「したくなけりゃ、しなけりゃいい。肉だけ楽しんでくってのも、もちろんアリだしな」

「ア、アンタね……」

「無駄よ、セラス。ラズワルド君てば、本気で私たちの好きにさせるつもりらしいから」

「この状況でそんなコト言われても、説得力が無いわよ!」


 セラスはコメカミを押さえると、「あー、もうっ!」と言って立ち上がった。


「これでも私たち、別れ際は結構な喧嘩別れみたいになってたんですけどね!」

「セ、セラス。ティア……」

「なぁに父さん!?」

「勘弁してやれよ。ラグナルは今朝から、ずっと泣きそうなんだ」

「ちなみに、私の番はもう終わってるから」

「番って何!?」

「〝感動の再会〟ってやつ──ホント、意外よね? 父さんてば、最後にあんなこと言ってたのに、顔を見た途端、ボロボロ泣き崩れるのよ?」


 私も連られて泣いちゃった。


「っ、〜〜もう!」


 ティアドロップの幼い呟きに、セラスの顔も段々と朱に染まっていく。

 無理もあるまい。

 恐らくふたりは、ラグナルと二度と会えない覚悟でオブシディアン家に入った。

 察するに過去、ラグナルもまた、そのようなつもりでふたりを〝追い出した〟んだろう。

 しかし、親の心なんて子のためを思えばこそ。

 ラグナルの心情は言わずもがな。

 姉妹の心根だって、俺は知っている。

 なので、


(ここから先は、親子水入らずの時間かな……)


 セラスの目尻に光るものが浮かんだ時点で、俺はそっと静かにその場から離れた。

 親と子。

 かつて助けた者と、助けられた者。

 たとえ血の繋がりが無かったとしても、共に過ごした時間は変わらない。


(……ああ、メラネルガリアであろうともだ)


 羨ましさと少しの妬み。

 しかし、さっきも言った通り、俺は別にこの三人を引き会わせて、具体的にどうなればいいとか、そんな気持ちを抱いてこの場を整えたワケじゃない。

 そりゃ、多少はいい結果に繋がればいいな、とかは思っていたかもしれないが、どう転ぶかは結局、当人たちの選択次第だ。

 だからまあ、俺としては確認したかったというのが本音かもしれない。


(だって、そうだろう?)


 この光景に少なくない充足を覚えたいま、俺は「やって良かったんだ」とホッと安心している。

 再会しようと思っても、二度と再会できない俺と比べて、彼女たちはまだチャンスが残っていた。

 なら、それはきっと、第三者から半ば強制的にでも与えられるべき『幸福』ってことで、間違っちゃいなかったんだろう。

 見るべきものは、ちゃんと見られた。


「……もう、良いので?」

「ああ。邪魔しちゃ悪いしな」

「──では、そろそろ」

「うん。行こうか」


 馬車の前で待っていたセドリックに合図を出す。

 後のことは、まあ、ラグナルたちに任せておけばいいだろう。

 スピネル公が用意した監視の目もある。

 大人しく屋台をやっている限り、今日くらいは自由を満喫できるはずだ。

 セラスとティアにも、最低限の持て成しはしたしな。


「じゃ、出してくれ」


 馬車に乗り、御者台のセドリックへ告げる。

 王宮での祝宴まで時間はまだあるが、旧市街地オールドストリートまで足を運んだ都合で、ここからだとなんだかんだ、良さげな時間に到着しそうだ。

 夜黒王種ベルセいななきに揺れる馬車。

 走り始めた馬車の座席で、俺は「ふむ」と窓のカーテンを閉める。


(──にしても、今日は本当に凄い賑わいだな……)


 これは道中、居眠りをするのも無理そうだ。

 煌夜祭。

 聞きしに勝る盛り上がり様である。





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





 一方、その頃。

 モルディガーン・ハガル、黒盆の礼拝堂。

 ラズワルドが馬車に乗り、スピネル領を移動し始めたのと時同じくして、王宮ではついに『儀式』が始められていた。


「──では、これが最後になりますな。殿下」

「ええ。これまでよく働いてくれました、シャーマナイト公」


 黒盆の祭壇の前。

 言葉を交わしているのは王太子ナハトとトルネイン・シャーマナイト。

 メラネルガリア貴石貴族の位で言えば、頂点と最下位のふたり。

 肌の色、年齢、経験に立場。

 有する属性は、あまりにも対照的だ。

 アダマス王家がシャーマナイト家を冷遇している歴史的背景も踏まえれば、不自然とすら見なされ得る奇妙な組み合わせである。

 しかし、


「儀式の首尾は?」

「抜かりありません。すべては殿下の御心のままに……」

「──ありがとうございます。その忠義に感謝を」


 ふたりの様子は、まるで長年来の絆を連想させる理想的な主従のそれであった。

 跪く老臣に、若齢の君主を侮る姿勢は一切無く。

 忠誠を受け取る少年もまた、一切の驕りなく敬意を払い老人に相対する。

 短いやり取りだが、たった数言の応答のみで、その関係性がうかがえた。

 ──見るものが見れば、これは宮廷の権力闘争に、新たな騒乱を招きかねない火種と映ったかもしれない。

 だが、


「凍てつく夜に炎よ踊れ。煌めく明日の希望を灯すがいい」


 黒盆に火炎が灯る。

 ゴゥ、ゴゥ、ブワァァ、と息を巻き。

 薪も無く燃料も無いまま、ひとりでに業火が逆巻き始める。

 老臣──否、老魔術師トルネインの詠唱によって、大儀式化された魔術式が起動のトリガーを引かれた。

 迫り上がる熱気。

 肌を撫ぜる火の粉。

 ナハトは微笑み、何故か黒盆の縁に手をかけ、そのままグイッと身を乗り出す。

 燃え盛る火炎に炙られて、焼かれれば火傷では済まない高温の中、少年は異様にも自ら身を投げ入れるかのように黒盆へよじ登っている。

 魔術の火とはいえ、もちろん自殺行為。

 なのに、トルネインは止めようとしない。

 それどころか、さらなる詠唱を続けていく。


「──偉大なる父祖の御霊へ告げる。これなるは贄にして裔。黒金剛の大器であり楔に相応しき要の石」

「我らが玄父にして救世の王よ。今日これなるは復活祭。御身の栄光と功績を、今でも忘れぬ民の声を聞き届けたまえ」


 詠唱の継句。

 大儀式化による複数術士の同時並列基盤接続。

 ふたりの目的は、メラネルガリアに染み付く歴史や伝統、文化を利用しただった。

 ゆえにこそ、毎年恒例のこの時期、煌夜祭が来るのを待ち続けた。

 自分たちの望みを叶えるために、最も効果的に魔術を発動させるなら、タイミングは今日この日を置いて他に無かったからだ。

 すでに、邪魔な警備兵や騎士たちは無力化している。

 礼拝堂の外では、異変を察知した一部のロイヤルガードが頻りにドアを叩いているが、一介の近衛に打ち破られるほど甘い防壁は張っていない。


「──鐘を鳴らせぇッ、フィロメナ・セレンディバイトッ!」


 トルネインの合図。

 それにより、今この場にいないもうひとりの仲間のもとにも、最後の指示が飛んでいく。

 国中に敷設された鐘楼の鐘の音。

 兼ねてからの準備による遠隔一斉強制操作。

 メラネルガリア全土へ、少女の声が鐘を通じて伝播していく。


(嗚呼……いよいよですね)


 ナハトは暗示トランスによる特殊な恍惚状態のなか、あくまでも思考回路だけは冷静に、一寸先の未来を万感の想いで受け止めた。

 結局、兄かもしれないあの人との会話では、未練が増していくばかりで後悔を生んでしまった。

 最初に思い描いていたような話は全然できなかったし、どんな会話をすればいいかも探り探りで……でも、そんな時間が不思議と嫌ではなくて。


(けど)


 異端である彼との時間を重ねていけばいくほど、余計に今ある本流どもの流れに苛立ちが募った。


(決断は変わらなかった)


 むしろ、より強固な物となって決意を深くした。


 


 だから、歪みを根本から叩き直す──


(そのための礎となれるのであれば、ああ、僕は消えてしまっても構わない……)


 覚悟は未熟だが、それに代わる怒りが轟然と燃えているから。


「後は頼みます──」

「ッ、厄災は来たれり。民は救いを求めたり。いま高らかに御身の御名を常世に降ろさん……!」


 ナハトは黒盆に身を投じた。

 トルネインは詠唱の最終段を唱え切った。

 鐘楼の音は国全体を覆い、連鎖した魔術式が救世主復活のための厄災を一斉に招聘する。


 ──炎が舐めるように、地上をさらった。




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tips:黒盆の礼拝堂


 古セプテントリア時代に築かれた複数種族建築。

 柱状節理の壁と、螺鈿細工のような壁画で彩られた礼拝堂。

 中央には階段状の大理石と、祭壇が置かれ、祭壇には『黒盆』と呼ばれる大きな楕円形の祭具が設置されてある。

 やや盃に似たこれは、煌夜祭の日の黙礼・黙祷式のために点火され、メラネルガリア貴石貴族は原則全員参加で父祖への感謝を捧げなければならない。

 ──ゆえに象徴としては、まさに打って付けの記号であった。

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