#041「魔法の仕組み」



 魔力というモノの正体については理解した。

 ゆえに俺は、次に魔法なるものの正体を暴こうと、話題を移行させる。

 これまで俺は、幾つかの魔法を目の当たりにしてきた。

 けれど、


「〝すべての魔法は、唱えし者の意図した通りの結果を第一義とする〟」


 本に記載されていたこのルールについて、いまいちピンと来ていなかった。


「たとえばさっきの“イグニス” だけど、アレは火を生み出す魔法だろ?」


 火に火以外の結果なんてなくない?

 俺はどーいうことだってばよ、と両腕でジェスチャーした。

 すると、


「ああ、それは簡単な話よ」

「?」

「この場合、結果というより、効果といった方が分かりやすいかしらね──“イグニス” 」

「うおっ」


 テーブル上に、再度小さな火球が浮き上がった。

 ただし、今度はひとつではなく二つ、火球がメラメラと揺れている。


「あれ……?」

「気が付いたようね」


 右の火球は明らかに明度が高く、まるでLED照明のような明るさを感じるのに対し、左の火球は薄暗く、まるでバースデーケーキのロウソクほどの明るさしかなかった。


「同じ呪文なのに、結果が違う……?」

「そう。こっちの火球はかなり明るくなるよう意図したけれど、こっちの火球は逆に、かなり暗くなるよう意図したわ」

「な、なにィ!?」


 俺は驚愕から大いに動揺した。

 二つの火球はサイズも同程度で、たしかに『火』であるにもかかわらず、現象として伴っている効果が見るからに違う。

 しかも、


「触ってみてもいいわよ?」

「は? え? ……いやいやいや、火傷しちゃうでしょ」

「大丈夫。それっ」


 燃える火球が二つ、顔面に衝突した。


「ウワアアアアッ!? ……ああ?」

「ね? 熱くないでしょ?」

「むにゃむにゃ」


 イタズラが成功した猫のように、ママさんはクツクツと肩を揺らしている。

 顔に当たった二つの火球は、どっちも〝ぬるま湯〟程度の熱さしか持っていなかった。

 それも、冷めかけの温度。

 まつ毛や前髪が焦げたような匂いもしない。

 俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をし、狐に化かされた気分で両目をパチクリとさせる。


「──って、急になにすんじゃい!」

「ごめんなさい。つい、からかいたくなっちゃった」

「いいけど……」


 意外とお茶目なところがあったんだな。

 落ち着いた大人の女性と思っていただけに、予想外のギャップである。


(ケイティナの子どもっぽい性格は、まさかママさん譲りなのか……?)


 俺は疑念を膨らませた。


「で、魔法については今ので、理解してくれた?」

「む」


 空中でクルクルと弧を描くように回り始めた二つの火球。

 一方は明るく、一方は薄暗い。

 そしてなぜか、どちらも火であるのは疑いないのに、大した温度が無かった。

 これは要するに、


「書かれてたまんま、ってことか」

「まあ、そういうことね」


 〝すべての魔法は、唱えし者の意図した通りの結果を第一義とする〟


「同じ呪文を使っているのに、二つの火球の間で結果が違うのは、ママさんがそういう風に魔法を使ったからだ」

「もっと厳密に言うと、『呪文』へのイメージの違いね」


 “火” の呪文の意味は、文字通り火。


 しかし、その呪文・言葉への認識。

 さらに言えば、どういうイメージを抱いてその呪文を使うのかは、個々によって差が存在する。


 ──火と言えば、明るいもの。


 そういうイメージを強く意識して呪文を唱えれば、“火” の魔法は松明や照明、そういった効果を第一に発現する。

 逆に言えば、火というものが本来持つ高温の危険性──触れれば火傷する──などは、どこまでもおざなりに捨て置かれ、「これは火であるにもかかわらず極めて温度が低い」といった、不可思議な現象が引き起こされる。

 俺はてっきり、


(火は火だろ。なに言ってんだ?)


 なんて思っていたが、これは大いに認識を改める必要がありそうだ。

 つまり、魔法っていうのは詠唱者の心象、どういう結果を意識しているかが重要なんだな。

 あと、その呪文に包括されている概念であれば、多様な効果を使い分けることもできると。


(もし魔法使いと戦うことになったら、相手がどういう意図で呪文を使っているのかも、注意が必要になってくるのか……)


 これは、非常に厄介である。

 “火” ひとつとっても、時と場合によって、敵が目眩しを目的にしているのか。

 それとも単純に、直接的な攻撃を目的にしているのか?

 どちらであるかで、丸っ切り取るべき対抗策が変わってきてしまう。


(魔法使いは魔法使いであるというそれだけで、手数が潤沢だ、って思った方がいいなこれ)


 状況次第によっては、心理戦でも容易に有利に立たれるだろう。おのれ卑怯者め!


(……とはいえ)


「魔法の凄さは分かった。けど、どうして魔法はそういう仕組みになったんだ?」

「? そういう、仕組み?」

「うん。詠唱者の意図した通りの結果を第一に優先するってのは、まあいい。でも、これってイロイロ不便じゃないのかな」


 なにしろ、いちいち呪文を唱える度に明確な意図を持たなければ、望んだ通りの結果を得られない。

 戦闘中など、咄嗟の判断が生まれる鉄火場では、余計に不便に感じることも多いんじゃなかろうか?

 人間の意識はコンピュータとは違う。

 いつもいつも、まったく同じ意図で呪文を唱えられるとは限らない。

 どうせなら、「この呪文を使えばこういう効果が得られる」と、ある程度決め打ちしておいた方が、楽なようにも思える。

 そのあたり、融通とか効かないのだろうか?


「そこはまあ、使い手の努力次第、ってことになるんでしょうね」

「なるほど。努力」

「私は魔女だから、ラズィがいま言った不便を感じたことはないけれど、他の魔法使いはきっと、幼い内から何度も反復して練習するのよ」


 そうでなければ、魔女ならざる魔法使いが、一端に魔法を操れるとは思えないもの。

 「フフっ」と、ママさんはそこだけ、かすかな傲慢を滲ませ笑った。


(……おおぅ)


 なんというか、気圧される。

 時々忘れそうになるが、やはりこういうところでママさんは恐ろしい。

 この女性ひとにとって、およそ大抵の存在は何ら脅威になり得ないのだろう。

 圧倒的上位者としての、確かな自信が全身から立ち上っていた。


「それと、これも補足しておくわ」

「補足?」

「ええ。どうやらラズィは、魔法の背景について興味があるみたいだから。いい? 魔法っていうのはね、太古の盟約なの」

「太古の盟約?」

「そう」


 その昔、〈崩落の轟〉によって世界は渾然一体となった。

 宙にて重なる八つの〈廻天円環帯リングスフィアベルト〉は、巨大彗星によって打ち砕かれて、エルノスの大地に降り注ぎ、それぞれまったく異なる世界法則が、ひとつのスフィア法則として再編されてしまった。


「このとき、最も被害を受けたのが、どこだか分かる?」

「え? そりゃあ、エルノスじゃないの?」


 なにせ八つもの並行世界から、一度にたくさんの稀びとが流れ込んできたワケだし。

 それまでの秩序が失われて、最も混沌の煽りを喰らったのは、俗に言う〈中つ星〉だと考えられる。


「残念。違うわ」

「なんで?」

「よく考えてみて? 〈崩落の轟〉は、巨大彗星の衝突によって巻き起こされた宇宙規模の天変地異。だけど、この星はいったいどういう形をしていたかしらね?」

「……あ、そうか!」


 〈渾天儀世界〉


「そう。壊れてしまったといえど、この星は今なおかつての形を色濃く残したまま。となれば、彗星の衝突で最も大きな被害を味わったのは、第八の円環帯に他ならないの」


 中枢渾天球エルノス・センタースフィアから最も遠く、他の並行世界いずれよりも外側にあった、渾天儀世界で最長規模のリングベルト。

 彼の円環帯は、一番最初に巨大彗星と衝突し、どこよりも大きく損害をこうむった。

 ハーディーンス・リングベルト。

 今はもう、半分しか故郷を臨めぬ滅亡の天体。


「そして、魔なるものどもが忘れじの楽土と恋い焦がれる、永遠の異郷ね」

「魔なるものども?」

「ええ。第八の円環帯は、魔物たちの世界だったの」


 一週間は十一日、十一曜制。

 中枢渾天球から数えて九日目の曜日。

 その名は『魔神の曜』


「今の世界に魔法というものを授けた張本人。それこそ、第八の王であり神だったわ」


 自身の世界をほとんど失ってしまい、戻ることもできなくなったハーディーンスの神は、弱ったカラダを回復させるため、また、自らの影響力を世界に再度深めるために、権能の一部を割譲したのだった。


 ──力が欲しいか。ならば与えん。


 ただし一度手にしたが最後、二度と引き返すことはできないぞ。

 こちら側の力を欲するならば、こちら側に足を踏み入れるのが物の道理。

 とどのつまりは、悪魔との取引だった。


「ゆえに──盟約」


 魔法およびその呪文Strength spellは、第八の神により世に解き放たれた。


「だからね? 魔法の仕組みそのものを変えてしまうようなことは、神様でもないとできないことなの」

「すっげ」


 壮大すぎて、何も意見を挟めねえや。

 素人が浅知恵でナマ言ってすいませんでした。


「あら。だけど、ラズィの着眼点はとても良かったと思うわよ?」

「え? そうなの?」

「さっきまでの話にも戻るけれど、魔法の仕組みそのものは、魔力という面から見るとまた別の側面が窺えるものだし」


 いい?

 ママさんは再度、虚空に手をかざし火球を増やした。

 テーブル上には計四つもの火球が、まるで追いかけ合うように回っている。


「魔法は自己の存在規模イデア・スケールから、余剰分を利用することで新たな存在≒超常現象を引き起こせるわ。このとき、目的の現象をどれだけ強固な存在にするかは、費やした魔力の多寡である程度決められると言っていい」


 最初に生み出された二つの火球が、後発の火球に追いつかれて飲み込まれた。

 火球は今度、一対一でイタチごっこを開始する。

 そこに、


「“グラキエース” 」


 新たな呪文により、卓上におもちゃの兵隊を思わせる氷の狩人アーチャーが現れた。

 強弓を握る小さな射手は、頭上で回る二つの太陽に冷気の矢を射出する。


「あ」


 矢が当たった方の火球は、瞬く間に氷漬けになった。

 凍結した火という、条理に反した物体がテーブルに墜落する。


「普通、火が氷を溶かすことはあっても、氷が火を凍結させることは有り得ないわよね?」

「……うん。夢でも見ているみたいだ」

「──やだ。かわいいこと言わないで。抱きしめたくなっちゃう」

「……え?」

「──コホン、なんでもないわ。……えっと、とにかくね?」


 魔法が魔力によって編み出される代物である以上、魔法は元々の魔力の持ち主である『親』の影響を、非常に強く受ける。


「だって、魔法として表出されるまでは、同じ一個の存在だったのだもの」


 言うなれば自分自身であり、自己の内面そのものが分離したに等しい。

 時には詠唱者本人ですら自覚できていない、心の奥底が露呈することも有り得る。

 だからこそ、


「〝すべての魔法は、唱えし者の意図した通りの結果を第一義とする〟んでしょうね」

「それは……」


 もしかすると、これ以上ないほどの告白なのでは?

 よほどの捻くれ者でもない限り、魔法=詠唱者の本心。

 何を求めて何を望んで、世界に〝こういうものがあったら〟と希う純真そのもの。


「魔法使いってのは、それじゃあ嘘偽りとは最も掛け離れた正直者なんだ」

「え? あっ、そ、そうね? そうとも言えるかもしれないわね」

「なんだか、ますます素敵なものに思えてきたぜ。ママさんの魔法、いつ見ても綺麗あざやかだし」

「……まあっ!」


 俺の言葉に、ママさんは途端にテーブルの上の火球とアーチャーを霧散させた。ああ、もったいない。


(とはいえ、そうか。そういうことだったのか)


 案外、聞いてみればきちんとした答えがちゃんと帰ってくるものなんだなぁ。

 でも、考えてみれば当然か。

 魔法も魔力も、この世界じゃ当たり前のように存在している常識なのだから、そのルーツとヒストリーも、しっかり人々の間に刻まれている。

 よもや〈崩落の轟〉とも絡み合うとは、思いもしていなかったが、勉強ってのは、どこでどう役立つか本当に分からない。

 俺がそう、うんうん、と両腕を組んで頷いていると、


「──二人とも、うるさいし」


 ケイティナが、うつ伏せになりながら、睨むように俺を凝視していた。


「うおおぉッ!?」


 思わず仰け反り、勢いよく椅子からひっくり返る。


「ラ、ラズィ!?」


 心配するママさんの声。

 しかし、


「私が寝てる間になに? コレ。二人して盛り上がっちゃってさ、なかなか起きるに起きれなかったんですけど……? しかもなんだか、最後のほう、いい感じの雰囲気じゃなかった……? あらあらあら、あらあらあら。どういうこと? ねえ。これはいったい、本当にどういうことなの? お姉ちゃんわからなーい! わからなーい!」


(いや怖ぇーよ!)


 俺はひっくり返った衝撃と痛みより、ケイティナから突き刺さる非難の眼差しに戦慄していた。

 理由は分からないが、何かがケイティナの癪に障ったらしい。


(ヤベェ。何がヤベェのかはちっとも分からねーが、とにかくヤベェことだけは分かる!)


 こんなときは、三十六計なんとやら。


「あ、もうこんな時間だ。そろそろ洗濯物を畳まないと」

「逃げるなぁ! というか、逃がさないんだからね!」

「うぉわッ!?」

「キ、キティ!?」


 背中を見せた瞬間に妖怪ひっつき虫が飛びかかってきた。


「ラズくんは私の弟なの! あと、キティって言わないで!」


 その日の勉強は、斯くして強制終了となった。






────────────

tips:魔力


 生命力、精神力、存在力。

 呼び名は世界各地で種々様々だが、総じて超常現象を引き起こすための元エネルギーという認識で問題ない。

 知性ある生命体に限らず、鉱物などの無機物にも宿る。

 その存在が、その存在として備え持つ存在規模、標準の規格を超えた際に使える余剰存在規模。

 すなわち、未だ何物にも成り得る可能性を秘めた〝存在真体イデア・エッセンティア

 古い呼び方では、霊的真髄とも云われている。

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