#016「土器作りと新芽の蜂蜜漬け」
今まで食べてこなかったものが、ある日唐突に、とてつもなく美味しそうに見える経験ってないだろうか?
中学の頃、俺は納豆を敬遠していたが、ある晩の食事で、父親が納豆をご飯にかけて勢いよく掻き混みまくっているのを見て、何だか自分もイケそうだと確信した。
そして、独特の苦味と粘りのある食感に驚きつつ、翌日から平気で食べるようになった経験がある。
「これ、美味そう」
いま、それと同じことが異世界の森で起こっていた。
……いやまぁ、何の話かっていうと、マツボックリの話なんですけどね?
「食うべきか、食わざるべきか。それが問題だ」
とはいえ、イケそうに見えてしまったものは仕方がない。
春の新芽らしい薄緑色の推定マツボックリ。
俺はこれを見て、無性に美味そうだと感じてしまっている。
マツボックリってたしか、食えた木の実だったよね?
ロシアとか北欧じゃ、なんかジャムにされてると聞いたような気がする。
「……ジャム」
すなわち、保存食。
うろ覚えの知識だが、とりあえず、なんとなく甘いものと一緒に漬け込んでおけば、いい感じに食えるようになると推測した。
俺はこいつを、ジャムにして食べよう。
「けれど困ったな。砂糖がない。甘味の素にできるベリー類もまだ収穫できないし……」
やれやれ、どうしたものだろう?
「そうだ! 蜂蜜を使えばいいんだ!」
俺はパァッと閃いた。
蜂蜜は古代から親しまれてきた天然の甘味調味料。
ミードなんて呼ばれる蜂蜜酒もあったというし、人類の生活に役立つこと間違いなし。
蜂蜜さえあれば、ジャムなんて簡単に作れるに決まっている。
何せ漬け込むだけだしな。
あれ? でも、蜂蜜なんてどこにあったっけ?
「あそこにあるッ!」
俺は頭上、はるか高く聳える一本の大木の先。
そこに作られた大きな『巣』を見上げて、ギラギラと欲望の眼差しを向けていた。
……ああ、そうさ。つまり今回は、こういう話さ。
森を探索していたら、蜂の巣っぽいものを発見した。
俺の脳内では蜂の巣イコール蜂蜜の計算式がすぐに導き出され、どうにかして甘いものを摂りたくなった。
で、いろいろ考えていたら「そういえばマツボックリって食えたよな?」と記憶が連鎖し、限界サバイバーの思考回路が「ならジャムを作ろう!」と回答を算出。
よって、マツボックリの新芽を使った蜂蜜漬けを至急作りたい。
「スウィ〜ツ、スウィ〜ツ……!」
ダークエルフに転生してそろそろ八歳。
肉体が子どもなのは関係ない。
俺はただ甘いものが心の底から食べたいのだ。
成人男性にだってたまにはある。
メープルシロップとアイスクリーム、練乳のデコレーションに彩られた激甘のパンケーキを思う存分食ってみたいと思う日が!
十代の女の子にだって、この気持ちは負けはしない。
しかし問題があった。
ジャムを漬け込む容器が無いのである。
「ハイ、そんなこんなで土器を作って優勝していくわよ」
俺は泥をコネコネし、オネエ口調で呟いた。
イメージは縄文土器。
縦に長めの鉢植えみたいな形を目指して、粘土遊びをする感覚で器を形成していく。
水分が多めだと形が崩れやすいので、材料にしたのはほどよい粘性を保ったいい感じの土だ。
それを乾燥させ、一週間ほど置いたのち、今度は焚き火の中に置いてみる。
土器の作り方なんてちっとも知らないが、まずは水分を抜いて乾かしておかないと、いきなり火に入れたところで壊れるだけだろうと思った。
ほら、よく漫画である氷属性と炎属性の戦い。
急激な温度変化は物質を脆くさせるとか何とか。
なので、十分乾いたかな? ってところで焼く工程に移った。
一回目、失敗。
ヒビだらけになって全部が割れる。
「まぁね。まぁまぁ、そうだよね」
めげずに再トライ。
今度は二週間ほど乾かす期間を置いてみた。
「ぐぬぬ」
一回目ほど無惨な結果にはならなかったものの、ところどころ大きくヒビが入り水漏れする。
「お? お?」
三回目はかなり良くなった。
小さいヒビから滴るように水が漏れ出るものの、十分目的を果たす品質。
俺は水を溜めたいのではなく、ジャムを保存したいだけだからな。
この際小さな瑕疵はスルーすることにした。水漏れしない土器は追い追い作っていこう。
何事も妥協は必要である。
「いいわぁ、最高よ、あなた!」
内なる乙女が賞賛を土器へ捧げた。
甘味への欲求は今や血潮とともに総身を駆け巡っている。
──でも、実はもう一つだけ問題点があった。
「あれ、どうやって獲ろう?」
目当ての標的は、木登りをしないことには手が届かない位置に設営されている。
そして、これまでさんざん蜂蜜あるいは蜂の巣と呼んで来たが、どうやら蜂ではなく、トンボっぽい虫の巣であることが判明してしまったのだ。
「虫、いたんだなぁ。春だからか?」
まあそれはいいとして。
形状は完全に蜂の巣そっくりだし、ほのかに甘い香りさえ漂うほど甘味確定の気配がしているが、周囲を飛び交っているのは巨大なトンボ。
「ん──、メガネウラかな?」
古代に絶滅したという世界最大の肉食オオトンボの名前が記憶の淵より蘇り、俺は「キモォ」と眉をひそめた。
巣の様子的に、アレがマジに肉食である可能性は低いだろうが、しかし翅を含めれば三十〜四十センチくらいの大きさの虫である。
こんなクソ寒い土地で元気に飛び交っている生態的にも、決して侮ることはできない。
蜂は針を使って毒を注入することを最も恐れられているが、ヤツらには鋭い牙と強力なアゴの力もが備わっている。
あのオオトンボは、間違いなくアゴの力に優れているだろう。
足の力も要警戒。
カブトムシにひっつかれると、剥がすのが地味に痛かった記憶がある。
オニヤンマだって、アレの模型を置いとくだけで、結構な防虫効果をもたらすほど虫界じゃヤベェ虫らしいし。
トンボは意外と、昆虫界のトップヒエラルキーに存在している
「火だな」
俺は文明の力に縋った。
薪を集める過程で、そこそこの量を入手していた樹脂を利用し、即席のなんちゃって松明を作る。
松明の作り方は、いい感じの棒に植物の根を縒り合わせて作った紐をグルグル巻き付け、そこに樹脂を染み込ませるだけの本当に雑なものだ。
ダークエルフの優れた夜目によって、これまで光源としての松明にはまるで用が無かったものの、今回の目的は明かりとしてではなく、あくまで発煙筒的なところにある。
なるべく長めに煙を焚けるよう樹脂を塗りこんだ。
「スタンバーイオーケー」
松明を作り終えると、俺はそれを口に咥え込み、根性で木を登った。
来る日も来る日も、毎日のように石斧を振るっているからか。
それとも、ダークエルフの種族的体質なのかは分からないが、この頃は筋肉も発達してきたように感じている。
俺は半ば強引な腕力だけで大木を登っていった。
とはいえ、所詮は子どもの身体能力。
腕と足の筋肉が割と早い段階でプルプルしてきたため、巣の真下、ちょっと離れた高さの枝に松明を引っ掛けた。
オオトンボどもは俺を警戒した様子だったが、ダークエルフを見慣れていないのか、あまり近くに接近しなかったからか、幸いにも臨戦態勢には入らない。
俺はその隙に、速やかに木を降りる。
やがてモクモクと煙が上がり、異常に気づいたオオトンボどもが右往左往と慌てふためきだしたが、状況は目論み通りに移行。
煙が巣を燻す様子を、俺は遠くから観察した。
今回、松明にはマツヤニも絡めておいたので、そうそう簡単に火を消すことはできない。
火はいずれ消えるだろうが、虫どもの下等な脳みそでは速やかな対処はできないだろう。
「焼き討ちじゃ! それ、焼き討ちじゃぁ!」
成虫と思しいオオトンボたちは、「ひぇー!」とでも言いたげな様子でどこかへと消えていった。
(ククク……ッ、計画通り──!)
俺はゲス顔で再度木を登っていく。
巣は腰にくくりつけておいた石斧で破壊した。
破壊された巣は、地面へ落下して、雪の上にどさりと重く音を立てる。
ずっしりと詰まった蜂蜜ならぬトンボ蜜。
どれ、ためしに一口。
「ぺろ──むむっ! これは青酸カリ──じゃなくて! 原始的ながらもお上品な甘み!」
ジャム作りが楽しみになった一日だった。
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tips:巨大トンボ
蜂のような生態をしながら、しかし見た目は完全にメガネウラを連想せざるを得ないノタルスカの巨大翅虫。
成虫は淡い水色の翅とミラーボールじみた複眼を持ち、フワリとした白い綿毛を持つ。
この虫は春の間、せっせと蜜を集めるようだ。
ただし、その蜜がどこから集められたものなのか?
知っているのはもちろん彼らだけ。
花の少ない土地のため、恐らくは大半が樹液であろうと推測されるが、もしかすると、グランシャリオのどこかには、彼らだけが知っている秘密の花園でもあるのではなかろうか?
旅人はふと、そんな空想に耽った。
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