ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚
所羅門ヒトリモン
第1部 彷徨編
#001「序章」
「対戦よろしくお願いします」
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暖かな春のきらめきと、さんざめく陽の光。
爽やかな夏の草木や、精一杯に
はじめに言っておく。
詩人の唄う星の神秘。
人々に恵をもたらす優しい緑が、この地を鮮烈に飾り立てることは無い。
ぬくもりと実りを告げる太陽は、一年を通じてほとんど薄雲りの空に隠れているし、地面は黒くて固く、あるいは腹立たしいほど澄んだ白雪で覆われている。
北方大陸、グランシャリオ。
夜の風と冬の暗闇、雪烟る黒白の大地。
この地で生きるということは、それだけでもう、立派な一つの戦いだ。
不用意な旅人や、愚かな迷いびとは、グランシャリオの肌を刺すほどの凍てつく寒さと、厳しい飢えによって、遠からず己の運命を知るだろう。
通りすがりの誰かに見つけてもらい、供養してもらえるなんて期待は絵空事に近い。
グランシャリオは広大で、また、生命の熱に乏しい大陸である。
踏みしめる霜の異常な太さと硬さ。
行手を遮る
氷に覆われた物寂しい森の中は、いつ降ってくるかも分からぬ
足元を疎かにすれば、異様に鋭い氷筍にカラダを刺され、必ずや大怪我を負うことだろう。
知らないうちに凍った川の上にいて、あっ! と気がついた時には呼吸を奪う水の棺。骨の髄まで凍って、即座にハイさようなら……
まるで、暗闇に息を潜める猛禽が、絶えず自分の命を狙っているかのような不吉で静寂な世界。
ただ前を向いて歩くという、それだけの行為でさえ、ここでは多大な時間と労力を強いられてしまう。
──ゆえに、この地を生きるモノはひどく限定される。
〈中つ海〉に面した南端に、まるで外敵に備えるかのごとく連合王国を作ったエルノスの三種族。
氷の山脈の奥深くに、いと荘厳なる宮殿と偉大な文化を誇って闊歩する巨人たち。
東方大陸との狭間よりこちら、いと深淵なる大峡谷に潜む謎多き魔性の徒。
そして、忘れてはならない──
氷雪の彼方、我らが故郷、瀟洒なる黒の王国メラネルガリア。
北方大陸の中心に腰を据え、グランシャリオで最も広範な国土を誇りながら、堅苦しく窮屈な社会を持続させ、時代錯誤な男尊女卑と旧態依然とした価値観を引きずる古代王朝の残した影。
そこに棲まう、美しくも恐るべき種族こそ、他ならぬダークエルフ。
俺は、ダークエルフに生まれ変わった。
……なに? ダークエルフが分からない?
そんな誰かに、敢えて説明するとしたら、そうだな。
ダークエルフというのは、肌が黒くて顔の彫りが深く、先の尖った長耳を持ち、とにかく洗練された容貌を持つ種族のことだ。
ファンタジー系のサブカルチャーに親しみ深い人間であれば、これくらいの説明で特段掘り下げる必要はないくらいにイメージできただろう。
そうでない者のために、もうちょっと補足しておくなら、ダークエルフは男ならば筋骨隆々に、女ならばかなり肉感的な体型になりやすいという、昔ながらの
ガチムチの暗黒イケメンと、ムチムチの褐色美女がいたら、だいたいそれがダークエルフだ。
……俺の名は、メランズール・アダマス。
生まれ変わりといったが、正直あまりその自覚はない。
前世の記憶はあるが、いわゆるエピソード記憶の中の感情部分が欠けていて、どちらかというと西暦2020年代を生きた日本の一般社会人の記憶を、そのままコピーアンドペーストされて脳に複製されたと言われた方が納得できる。
しかし、だとしたところでだ。
そんな
メラネルガリアの王、ネグロ・アダマスの長子メランズール。
これすなわち、ダークエルフ十一の名家、貴族たる支配者階級を束ねる第一位主家『
俺は邪な研究に傾倒していた父王の実験によって、母の胎の中にいた胎児の時分に妙な呪いを仕込まれてしまった。
我が父は自らの後継に、強大な魔力を持たせる妄執に取り憑かれていたようだ。
だが、結果は愚かにも失敗。
生後間も無くして、メランズール・アダマスには毛ほども魔力が宿っていないことが判明してしまう。
そのうえ、赤ん坊の体には、呪いの影響によってか謎の禍々しい紋様が刺青のように刻まれ、しかも、それらは皮膚の上をひとりでに蠢き回るようになっていたらしい。
なんて不気味な!
メラネルガリアの王宮には、たちまち風のように動揺・醜聞が広がったと云う。
ま、当然の流れだろう。
妄執の王の哀れな実験体。
けれど、同情を誘ったのはほんのわずか。
なぜかって?
メランズール・アダマスには、ここまで語ってきた
黒系翠眼。
ダークエルフは種族として、常にそういうふうに生まれてくる。
髪の毛の色は黒色。
肌の色は身分により、多少まちまちだが貴種であればより純黒に。
市井の出なら、暗褐色、赤褐色、黒褐色、褐色、とまあそんな感じで。
瞳の色は、誰でもエメラルドのような翠緑と決まっている。
それなのに、メランズール・アダマスの瞳は時折り、深い『青』に輝いた。
──
要するに、二つ目の呪いである。
死者と同じ視界をもたらす青の瞳。
太古の神の祝福によって、幼い俺の周りでは、次々に不可思議な出来事ばかり起こった。
〝視える〟ということは、つまりそこに〝在る〟ということ。
死者の世界を浮かび上がらせ、近くのものに有無を言わさず
忌み児のレッテルを貼らせるには、あまりにも十分すぎたらしい。
周囲からの忌避に合わせ、元々実験の失敗に落胆していた父王も、ついには我が子を疎むことに躊躇いがなくなる。
「なんという子を産んでくれたのだ」
それでも、不幸中の幸いだったのは、当の俺自身、メランズールが、自分の境遇をいまいち正しく理解しきれていなかったコトだろう。
多種多様な種族の実在と比例して、多くの異言語が満ち溢れる〈
よって、母国語ひとつといっても、言葉の習得難易度はそれなりに高く、前世という余計な色眼鏡があったせいで、幼児が通常持つ自然な言語習得能力が機能しないまま、自力独学を強いられた俺ことメランズールにとって、メラネルガリアは意味不明な雑音が乱響する異国──海外そのもの。
理解しろと言われても、正直困惑と混乱が先に来た。
そのため、当人のみが置いてけぼりになってしまい、周囲の偏見は、その間ますます加速していったというワケ。
神と父王に呪われた子。
薄気味悪い青の瞳。
不出来で不快で不気味な子。
王族であろうと、否、王族だからこそか。
周りの大人たちからの評価は、あっという間に決定的なところまで落ちぶれていった。
やがて、子を儲けにくい長寿種族であるダークエルフには珍しいことに、俺の生誕から五年も経たずして、『弟』まで誕生する。
弟は、生まれながらに魔力を備え持っていた。
──斯くして、二年後。
弟の心身に何の問題もないと安堵された、まさに陰謀の夜。
罪深き王族殺しの企みが、よりにもよって父王の黙認のもとに実行されてしまった。
妄執王ネグロは、自身の後継に魔力を持つことを絶対条件と定め、弟の母親筋──メラネルガリアは側室制──は、ありふれた権力欲から、ついに世にもおぞましき蛮行に踏み切ったのである。
しかし、ヤツらはしくじった。
「生き延びるのですッ、メランッ、私の可愛い子……!」
我が子が狙われていることを察したメランズールの母親、ルフリーネによって、俺は死を偽装される。
そして、留まれば命の危険に晒され続ける故国メラネルガリアから、遠い辺境の地へひそかに脱出することに成功した。
あとはほとぼりが冷めるまで姿を眩まして、安全な隠れ家で時が来るまで雌伏の運命を送る。そういう手筈のはずだったが……
「ド、ドラゴンだと!? わ、若様……お逃げください……!」
不運にも突然の災いに見舞われ、氷河と雪渓、峻険な岩肌と玄玄たる絶死の世界グランシャリオの秘境で、まさかのひとり彷徨の身となる。
……七歳。幼い子どもが生き延びるには、あまりにも過酷なそれ。
けれど、当時の俺はやはり何も分かっていなかった。
現実の厳しさも、状況の切迫も、自意識が確立してほんの二、三年では、何も把握できていなかったのだ。
何しろ言葉も把握できていない。
でも、むしろ、だからこそ逆にこういうふうにも考えられる。
俺は、何も分かっていなかった。
ゆえに、ごくシンプルに。
ただ生きようと。
悲観に暮れすぎるのでもなく、
ただ純粋に、前を向いて生きるための行動ができたんじゃなかろうかと──
「……なぁにこれぇ?」
「あ、やべ。やっちゃった」
「ははーん? なるほどね?」
「オーケー。完全に理解した」
「なんも分からん」
「対戦よろしくお願いします」
ともあれ、長い長い旅路の始まり。
異世界をひとつひとつ識っていく俺の冒険のような人生記録。
世界は壮大で複雑で、割と深刻そうだが、興味があればご一読を。
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tips:北方大陸
雪烟る黒白の大地、グランシャリオ。
東西南北の北、〈渾天儀世界〉に存在する四つの超大陸の内がひとつ。
気候と植生、自然環境については、地球におけるアラスカやシベリア、北欧などをイメージすると分かりやすい。
無辺の大雪原と、わずかな森林山野。
最北の永久凍土地帯には、圧巻の氷河と雪渓、それに絶死の山脈が広がっている。
ここで生活するものは、ダークエルフや巨人に代表される、夜の風と北の大地に適応した種族がほとんどだろう。
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