第77話 山の民

俺達が眠らずに待っていると、気配察知で十数人の人間が近づいて来たことが分かった。男達の距離が50メートル以内に入ったので、霧を発生させる。

この霧には、眠りと混乱の精神干渉を乗せてある。1人の男が違和感を感じたのか、立ち止まった。

「退け」と男が叫ぶが、既に遅く、他の男達は、そのまま数歩進んだところで膝から崩れ落ちていた。

男が驚いている間に、俺とルビーが、その男に殺到して、ルビーが男の腹に剣を突き刺した。男は背中から剣を生やしたまま膝を着いた。

「殺すな」と俺がルビーに向かって叫ぶと、ルビーはニヤリと笑って、

「見てな」と言うと、男の顎を蹴り上げて気を失わせ、剣で地面に縫い付けるように男を上向けに寝かせてから剣を抜いた。そして、右手の手袋を脱いでルージュスライムになった右手を、その男の傷口に、ズブリと手首まで突っ込んだ。

『この男は私の傀儡にするよ』とルージュの念話が入る。予想外の展開に驚いたが、

「そ、そうか。好きにしてくれ」と答えておいた。

その間に、オーリアとクレラインも駆けつけてきて、眠ったり、混乱して頭を抱えて膝を着いている男達を縛り上げていく。


縛り上げた男達を一箇所に固めると、1人ずつ少し離れたところに連れて行って尋問した。

尋問は、精神干渉と弱い魅了効果があるファントムファイアを同時に使っているので、相手は催眠状態に陥って、こちらの質問にスラスラと答えた。

まだ話を聞いていないのが、ルビーが腹を突き刺したリーダーらしい男だけになった。

「そいつの腹の傷は大丈夫か?」と聞くと

「もう塞がったよ」とルビー。

「今のお前は、ルビーか、それともルージュか?どっちだ?」と聞くと、ルビーは頭を傾けて、

「私は、ルビーだよ」と言うので、

「その男の腹を剣で突き刺したときは、ルージュだったんじゃないか?」と問い詰めると、

「あのときは、手が勝手に動いたんだよ」と弁解する。

『こいつ、ルージュに乗っ取られかけているな』と、俺は警戒するが、それは表には出さずに、

「こいつの話を聞きたいんだが、出来るか?」と聞くと、

「大丈夫だ」と、男を俺の前に突き出した。男は顔色が悪く、吐きそうなのを堪えたような表情をしている。

「まず、お前の名前を教えろ」と尋問を始めると、

「俺は、サイツだ」

「何故、俺達を襲った?」

「惚けるな。あいつらの手先のくせに」

「あいつら?誰のことだ?」

「我らから土地を奪った奴だ」

「お前達は、何者だ?」

「我らは山の民だ」

山の民?俺がアドリブで聞いたのが、たまたまビンゴだったのか。

「山の民は、土地を奪われたのか?」

「何を白々しい。お前達が奪っておいて」

「奪った奴の名前を言え」

「お前達の親玉の名前なんか俺が知るかよ」

「敵の名前も知らないのか?」

「回りくどいことを言ってないで、伯爵の手下だと名乗ったらどうだ」

やっと伯爵という言葉が出て来たが、こんな押し問答を続けるのは面倒だったので、精神干渉とファントムファイアを使って、催眠状態に陥いれた。

サイツの話を要約すると、もともとは、この一帯を支配する伯爵家の領地は盆地だけだったそうで、周囲の山脈は山の民が住む土地だったそうだ。ところが数百年前に、その伯爵家が突然山に兵を進めて、山の民から土地を奪い取った。盆地を囲む山脈から3つも鉱山が発見されたのが、自分達が土地を奪われた理由だと、山の民は後で知ったということだ。

山の民は、土地を奪い返そうと何度も伯爵家に挑んだが、鉱山の利益で年々強化される伯爵家の軍に勝てず、苦渋を味合わされ続けて来たのだという。

その戦いは数代に渡って続いてきたが、数十年前に、ある変化が起きたらしい。

山の民にも、鉱山が枯れ始めているという噂が届くようになった。

それは山の民に希望をもたらした。

鉱山が枯れたら土地を奪い返すことが出来る。その日の為に力を蓄えよう。

そう決意した山の民だったが、無情にも彼らの希望を打ち砕くような出来事が起こり始めた。

子供達が誘拐され始めたのだ。

山の民は、この盆地を囲む山脈に数千人いるが、普段は50〜60名ほどの小さなグループに別れて暮らしている。

それらのグループが襲われ、頻繁に子供達が攫われるようになったのだ。

犯人は分からない。いや、領主の伯爵だと分かっているのだが証拠がない。仮に証拠があったとして、訴えるところがない。

国に訴えても、山の民だということで相手にされない。それどころか、下手に訴え出ると、人頭税を払っていないという理由で捕まり、過去の人頭税まで課税されて借金奴隷にされるのが落ちだ。

子供の誘拐は手際が良く、その上、組織だっていた。

ちょっと目を離した隙にいなくなった。夜、寝ている間に家から消えた。

このような被害が、山の民の全てのグループで起こっていた。

いくら見張っていても、ふと気を抜いた瞬間に子供が消えるので、大人達は神経衰弱に陥った。

そんな状態が数十年続き、かつては数千人いた山の民は、今では数百人しかいなくなっているということだった。

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