第11話 幻庵

岡部隊の奮迅ぶりは凄まじい。

義元本隊との連携は取れずとも北条陣の進軍を止めていた。

ただ岡部隊がいつまでも戦えるわけが無く北条陣もいきなりの奇襲で兵に損害を負ったため、互いに兵を退くこととなった。


「殿、北条からの攻撃はやみました。しばらくは休戦ですな。」

「うむ。親綱、ご苦労であった。」

「ははっ!もう少し遅く撤退の法螺を吹いても良かったかと存じますが?」

「う……うむ、すまなかった……。」


親綱の視線に義元はたじろいだ。

実際、親綱は戦い足りなかったのであろう。


「まぁよい。皆!またすぐに北条から奇襲があるやもしれぬ。警戒しながらゆっくり休め!」

「ははっ。」



その夜であった……。

不気味な雰囲気を纏い今川本陣に到着したのは幻庵である。


「誰ぞっ!」

「おお〜〜、これはこれは今川殿の兵達は皆、勇敢ですな〜。どうもご無沙汰しております、幻庵でございます。」

「は……はぁ。」


ねっとりと語る幻庵に相対した兵は戸惑った。


「いやいやここに来たのはほかでもありませんよ……、ハハハ……。和睦の交渉をしてきたのです。義元殿にあわせて頂けませんか?」

「は……はい、ただいま」


すぐに義元に伝令は伝わった。


「幻庵殿か……。」


義元は頭をかかえる。


「面倒くさい者が来ましたな。」


雪斎は困り顔である。

実は義元も雪斎も幻庵が相手なのは苦手なのである。

いや、全国の武将はあの幻庵とうまく渡り合うことはできないであろう。

とんでもない策略家である。


「とにかく通してくれ。適当にあしらう。」

「ははっ。」



黒い袈裟に原木の杖。

ゆったりとした足どりに油断ならぬ目。

義元にとってこれらが目の前に来たら逃げ出したくなるのである。

ただ来てしまっては仕方がなかった。


「これはこれは義元殿。お元気そうで何より〜〜〜。おかげさまで自分も元気ですよ……。

ハハハ。」

「わざわざ来てくれるとは、畏れ多い限りです。」

「いやいや義元殿を前にするとこちらも縮んでしまいますわ。ハハハ〜〜!」


膝を叩き幻庵は大きく笑う。

だが、瞬時に目を細め義元を見つめる。


「しかし〜〜、こちらも所要というものがありましてな……。あなたたちが起こした河越城の件については不問にする代わりに駿河を半分……、たったの半分を北条側にお渡しできませんか?」

「…………。」


幻庵の声は静かな威圧と怒りが明らかに含んでいた。しかし義元ははっきりと意思を表明した。


「嫌だ……、と言ったら?」

「ハハハ〜〜!それはそれは仕方がありませぬな……。どっちかの首がはねることになるかどちらかが諦めるかのどちらですよ。そんな物騒なことはありませんありません……、ハハハ。」


立ち上がり陣の入口に向かう。


「では………、また……。」


幻庵は細い目で義元を一瞥し北条陣に向かった。


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