第22話 女の戦い
背後から聞こえる声は天使か悪魔か。
見なくても冷たい視線を向けられたとわかるのは気のせいだろうか。
紅は心の中で気のせいであって欲しいと強く願う。
背中がびしょびしょなのは気のせいだろうか?
紅は自分をペテンに掛ける。
き、気のせいだぁ!
と、人間追い詰められれば現実逃避をしたくなるのはごく当たり前。
しかし現実逃避をしても現実が書き替えられるわけではない。
端的に言えば、今回の一件においてはある許容範囲を大幅に幅に超えておりてへぺろで終わる案件ではなかった。
「ちっ。想像以上に気づくのが早かったねぇ」
マヤは紅から素早く離れる。
どうやら身の危険を感じたのは紅だけではないようだ。
「でも可笑しい。二人の位置は正確に把握してたのにぃなんでこんな気配もなく……まさか!?」
「ふふっ。いつから私たちに移動スキルがないと勘違いしていたのかしら泥棒猫さん♪」
エリカが指を鳴らす。
たったそれだけ。
合図を受けたトラップが自動発動し追尾式捕獲縄が起動しマヤの身動きを制御する。
身体に強く食い込む縄が電流を帯びマヤの身体全体を痺れさせて反撃すらさせない。
だけどエリカの満面の笑みの裏に隠された怒りがこの程度で終わるはずなく……。
「きゃぁああああああ」
高電圧がマヤを襲い半殺しにする。
口からヨダレを垂らすマヤに「ふふっ。それで紅君からなにを奪ったのかしらね泥棒猫さん♪」近づくエリカは確信をしたような言葉を放つ。
「とりあえず地獄見よっかぁ♪」
そんな軽い言葉から始まるエリカの拷問に紅が「お、おれちゃまきんきゅうりだぁちゅ」とその場から逃げようとした時だった。
「それで私に言う事はあるかしら。く・れ・な・い♪」
直後、紅の脳天に拳が落ちてきた。
「いてぇ!!!」
振り返ると同時にお腹に痛みが襲う。
里美のボディブローからの顔面への蹴りが逃げる紅を阻止すると同時に罰を与える。だけでなく、素早く間合いを詰めての怒涛の連打に紅の防御が間に合わない。
「別に私怒ってないから♪」
既に防御に全神経を注いでいる紅からの言葉はない。
性別の差を超えた運動能力値の差が現実世界だけでなくゲーム世界でも響く二人の関係性。分かりやすく言えば紅の運動神経は平凡。ただしゲーム世界においてはある条件下では比較的に上昇する。例えば頭のネジが外れたとき。対して里美は現実世界では高校時代学年では常に男子に負けないトップクラスの運動神経を持っておりゲーム世界においても変わらない。
つまり、里美の一撃はとても重い。
なので一撃でもまともに喰らうことは紅としては避けたい。
そんなわけで紅はガードに真剣だ。
口と拳の重さが反比例なのは、今さら語る必要もなく全ての元凶はただ黙って攻撃を受け続け相手の怒りが収まるのを待つ。
――。
――――予定だった。
情けないことにその考えは三秒立たずして崩壊し、ガードの縫い目を的確に狙った里美の右ストレートをもってして終わりを迎える。
「ひぃ!?」
目を瞑り来るべき衝撃に備える紅。
刺すように鋭い拳は空を切り裂く音と共に紅の顔面目掛けて飛んでいく。
女子だからと思い舐めていたわけでない。
里美の運動神経が異常なだけ。
「覚悟!」
その言葉に紅は覚悟を決める。
……が空を切り裂く風が頬に当たるも強い衝撃がこない。
恐る恐る閉じていた目を開けると後一センチの所で拳が止まっていた。
「はぁ~」
里美のため息。
「ったく、九割冗談よ」
そう言って拳を下げる里美に紅は「助かった~」と安堵の言葉を漏らす。
安堵し緊張の糸が途切れ尻もちを着く紅を見た里美は言う。
「でも次はないから」
ニコッと満面の笑みで告げた。
「はい……すみませんでした」
反省する紅を見てこちらも安心したのか「うん♪」と答えた里美の笑顔から殺気が消える。
同時に「お願いもうやめてぇぇぇぇ」と岩陰から聞こえてきた声に「気にしなくていいわ。ちょっとお仕置きしてるだけだから」と補足を加える里美に紅は向こうで何が行われているのか気になったがようやく静まった里美の怒りを再爆発させないように頷くだけで下手に動かない喋らないを貫くのであった。
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