第101話 狐娘と食欲の秘密
俺との挨拶が終わると、芳佳はそのままパタパタと身づくろいを進めていた。「お土産を少し貰ったのよね」と言いつつ紙袋を部屋の脇に置いた。
俺はチャーハンの面倒を見ると言いながら台所へ戻る。と言っても、チャーハンはもう大体できていたんだけど。冷めているよりも、温めていた方が美味しいだろう。そんな口実を作って、俺はもう一度チャーハンに火を入れた。
「これからお夕食なのね」
チャーハンの白米が玉子の黄身にコーティングされてパラパラになっているのを眺めていると、ふいに背後から声が掛かった。声の主はもちろん芳佳だ。部屋着に着替え終わったのであろう事は、振り返らずとも何となく解る。
俺は火を止めて、芳佳の方に視線を向ける。やっぱり部屋着だった。
「チャーハンを作ったんだよ。俺一人じゃあ、うどんかチャーハンか焼き魚とかになっちゃうんだけど……折角だから、芳佳ちゃんも食べるかい?」
何故夕飯を作るのが今の時間なのか。それまで何をしていたのか。芳佳にそんな事を問われると思い、俺は内心狼狽えていた。
そんな気持ちを悟られないように夕飯を食べるかと問い返したのだが、それも悪手だっただろうかと思った。芳佳はとうに夕飯を食べていて、しかもそれを俺もちゃんと知っていたのだから。
「ええ。少しだけ頂いても良いかしら」
俺の予想とは裏腹に、芳佳は無邪気な様子でそう言った。夕食は済ませたから要らないと言うだろうと俺は思っていたのだ。妖狐と言えども女の子だし、夕食を二回も済ませたら肥ってしまうとか、そんな事を言い出す可能性もあると思っていたのだ。
何と言っても、会社の女子たちの半数ほどは、肥るとかどうとかって事を気にしているんだし。
「あ、うん。良いよ芳佳ちゃん。一人前とはいえ、おかわりする分も含めて作っておいたからね。でも大丈夫? 夕飯は済ませたばっかりじゃあないの」
「確かにその通りだけど、今日は結構お腹が空くから別に良いの」
芳佳はそう言ってまた笑った。怒ったり呆れたりなんかしていない、心からの笑顔だった。
「今日は少し力仕事もあったから、それでいつもよりも多く動いたのよ。普段以上にお腹が空いた感じになったのも、そう言う事なのよ」
それにね。早くも食器棚に向かい、丸皿を探し始めた芳佳は、こちらを見やって茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「メメトさんはね、細くてちみっこいわりに食欲旺盛なのよ。管狐、というかイタチの妖怪だから沢山ご飯を食べないといけない体質なんでしょうけれど、それを見ていると、私も食欲が湧いてきちゃったの」
「そ、そうだったんだ……」
芳佳の言葉に、俺は何ともぼんやりとした声で応じていた。食欲のある者の旺盛な食べっぷりを見ていると、つられて自分も食欲が増すという話は、俺も何処かで聞いた事があった。キツネである芳佳に、そうした現象が起きても何らおかしな事は無い。
だがそれにしても、そこでメメトの名前が出て来たのが、何とも不思議だった。確かに今回の出張はメメトによってもたらされたものではある。それに芳佳とメメトの間にこれまでも交流があったのは俺も知っている。
だけど何というか、芳佳がメメトに対して親しみの念を感じているような気がして、それが心に引っかかった。メメトの事は、胡散臭くて信用ならない女だと思っていたのではないか、と。
というよりも、メメトの怪しさというのは、信用できるのか信用できないのかが判然としない所にある訳なのだが。
しかし、そんな事をああだこうだと考えていてもどうしようもない。
俺はだから、心の中に浮かんだ疑問はそのままにして、食事の用意を進めるのだった。俺としても、芳佳と一緒に夕食を摂れることが嬉しかったのだから。
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