おきつね彼女とコドクな俺――狐娘との甘々生活で、俺は愛と真実を知る

斑猫

第0話 遠い雨の日の約束

「お、おとうさん、おかあさん……どこぉ……」


 顔を濡らす生暖かい水が、自分の涙なのか空から降って来る雨なのか、ぼくにはわからなかった。ひとりぼっちになってしまった事が心細くて泣いていたし、ちょうどその時雨が降り始めていたのだから。

 本当はぼくが悪かったのはわかっている。夏休みでおじいちゃんの家にもどっているのに、小さい弟にお父さんもお母さんもかかりっきりで、それでぼくはスネてしまっただけなのだから。

 ぼくももう小学生だし。そんなふうに強がって外で遊んでいたら、いつの間にか迷子になってしまったのだ。こんな事なら、お説教されながらも家で遊んでいた方が良かったかもしれない。

 だけど……お父さんもお母さんも、ぼくには少しよそよそしい。弟が生まれたからなのかな。おじいちゃんたちやおじさんたちはまだ優しいけれど、でも何かキョリを感じてしまう。


「ねぇ、やっぱりぼくっていらない子なのかな……」

「こんな雨の中で傘もささずに……どうしたのかな、ボク」


 きゅうにとなりから声が聞こえてきて、ぼくはびっくりしてしまった。いつの間にか、ぼくのとなりには女の人が立っていた。黒い大きな傘をさしていて、それでぼくにも雨が当たらないようにかたむけてくれていた。


「お、お姉さん……」


 女の人はとっても大人のお姉さんって感じだった。少なくとも、小学校にかよっているぼくにとっては。お姉さんは肌が白くて、でも唇は綺麗な赤色で、とっても美人だった。ぼくは少し緊張してしまって、だけどお姉さんはそうでもなかった。


「お姉さんだなんて。本当にかわいい子。イマドキの子は知らない人に話しかけてはいけませんって言われているのかもしれないわね。だけど、ボクってばとっても悲しそうだったから……何かあったらお姉さんに言ってごらん。話に乗る事くらいはできるわ」


 お姉さんはそういうと、いたずらっぽく笑っていた。スカートの後ろで、何か白い物がぶるんっとゆれるのが見えた。


「それにね、私ってヒトじゃあなくてキツネだから」


 お姉さんがゆらした白い物は、確かにふさふさのしっぽだった。まっ白な毛におおわれていて、犬のしっぽよりも大きくてネコのしっぽよりもふわふわしていた。

 ぼくはそのまま、お姉さんに思った事を話していた。お姉さんはやさしくてさびしい笑顔で、ぼくの話を聞いてくれた。それだけじゃない。話し終わったぼくの頭を、やさしくなでてくれたのだ。


「いい子、本当にいい子ね。お姉さんもひとりぼっちだから、ボクの気持ちは何となくわかるなぁ」


 頭をなでてくれたお姉さんの顔は、のぼせたみたいに赤くなっていた。それでいて、うれしそうなさみしそうな表情でぼくを見ていた。

 だからぼくは、お姉さんの顔を見て言った。


「お姉さん! ぼくはまだ子供だけど……ぼくが今よりもうんと大きくなって、それで、お姉さんもぼくもひとりぼっちでさびしかったら、その時は二人でいっしょになりたいな。そうしたら、お姉さんだって……」


 幼かったあの日、俺が妖狐だという彼女に向けた最後の言葉が何だったのか、そして彼女は何と応じたのか。今となってはもう解らない。小学生の頃だから色々と覚えていると思ったのだが、記憶などという物は意外と曖昧な物らしい。

 しかし、そういう事は今となってはどうでもいい事だ。


「どうしたの、ぼんやりしちゃって。お仕事が大変だったから疲れちゃったのかな?」


 同居狐どうきょにんたる妖狐の芳佳よしかが、尻尾を振り振り俺の隣に腰を下ろした。彼女の持つ美貌と若々しさは、俺が初めて出会った時と何一つ変わらない。あの頃は大人のお姉さんに見えた彼女であるが、今改めて見れば高校生ほどの少女にしか見えないではないか。

 俺は芳佳の白い尻尾を撫でながら、静かに微笑んだ。


「いやさ、俺と芳佳ちゃんが出会った時の事を思い出していただけさ」

「そうだったのね。でも直也君。私は今あなたの傍にいるでしょ?」


 言いながら、芳佳は俺に抱き着いてきた。俺も彼女の柔らかな身体を抱き返す。尻尾がかすかに揺れ、彼女の背に回した手に優しくぶつかっている。

 人間の俺と妖狐の彼女。それは世にも不思議な組み合わせかもしれない。だがそれでも、俺たちは恋人として同棲している。

 妖狐であった芳佳との再会と交際。そのきっかけは数日前にさかのぼる。

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