第32話 追憶辿り、真実に向かえ。
「ほれほれ、お味はいかがですかーご主人サマ? ほれ、あーん」
「むぅ。そこまでしなくても……あむっ」
状況は依然、夜のキュアカフェ。
アヤヒも演技ったらしく状況を楽しむ。
彼女もキャロル同様、身の丈に合わせて見繕ったメイド衣装を纏っていた。小柄な体躯ながら、何故か歴戦のメイドのような風格が漂っていた。
もとより複数の在り方を持つメイド、そのどれかに合致したのだろう。
「やっぱし。にあってるよ、アヤヒ」
「へへへっ、そーだろ? よいよいのヤツも見る目ねーぜ♪」
妙に様になっている。人に奉仕するとかいうよりは、仕事に忠実な掃除人といった印象だ。
あるいは俗称ではなく、古来からの仕事人……クラシック・メイドの気質。ゆえにか遊びでもない限り、過剰に媚びた仕草はしない。
対等な話もする。
二人の関係は、主従などでは決してない。
────ナナミが、静かに語り出す。
「はじめて会った時は」
「ん」
「はじめて会った時は……こんな場所でこんなふうに過ごせるなんて、思ってなかったかな」
「ま……思えるわけねーわな」
あの日。
血染めの夕焼け、制約だらけの牢獄に、命ごと沈みかけたかの日。
「そも、オマエってば飢えて死ぬスンゼンだったしナ」
「というか。たしかあの時は、飢えてるコトもよくわからなかったっけ」
「そう……さな。お前は、そうだったよな」
ナナミが今よりずっと壊れていて、いつバラバラになってもおかしくなかった頃。
あの日彼女がパイを持って来なかったら、ナナミは間違いなく死んでいた。
そして依然、危機は続いてきた。
「このまま、あの家だけに居ても未来はなかった……だから、あの基地を作ったんだ」
「おうさ。明るいミライってのに足かけるには、積み上げるコトを学ばねーと……なっ」
共にテリーヌを啄みながら、土壁の秘密基地を建てた日の事を思い返す。
二人、泥まみれになって作り上げた不出来な牙城を。いくつかのしかけを施し、対等まで持っていく準備の日々を。
そして、戦う時は来た。
「そなえあればうれいなし……『奴ら』はヨウシャなくやってきた。家も壊したし、店長を使って攻めたり、チョクセツ秘密基地に攻め込まれたりもしたっけ」
「ああ……あんときゃさすがのアタシももーダメかと思ったゼ」
「うん、おれも。……でも、そうじゃなかったでしょ」
「ああ。戌井テンチョーのファインプレーだ♪」
相手を生かせばこそ自分も生きる。
戦いの後、ナナミは相手を「倒す」事を選ばなかった。
必ず「生かして」戦いを終えたのだ。
そして、それは絆を産む余地を作った。
「登和里、戌井店長、弓太朗さんに大輔さん、そしてそこにいるクリス・マス・キャロル……みんなと戦ったし、何度もダメになりかけたけど……おれたちはここにいる」
「ああ……オマエが危険な目に合う度に、オマエが繋いだモンが守ったんだ」
もしナナミが、なにもかもを滅ぼすような復讐者なら。せいぜい店長を討ったあたりでトドメを刺されてたろう。
そうでなく、常に分かり合う道を進んだからこそここまで来れた。
彼らはとっくに学びきっていた。
『誰かの命をないがしろにする道は駄目』なのだと。
そんなことをしていたら、自分の命も誰かに奪われるのだと。
その先にある、コトの本質だって。
「…………さいきん、わかりかけてきた」
「あん?」
「アニメやマンガでさ……『死ぬためのキャラ』って居るよね」
ナナミが、悟ったように語る。
己が何故こんな過酷を辿るのか、声に出して噛み締める。
「ものがたりに深みを出す為なのか、それとも主役のココロ……その柱に埋め込むために必要なのか……きっと、おれはそうあれと望まれたんだ」
「…………、」
「 《Archer》。そう名乗って勢い付いてる坊ちゃんへ、最初に食わせるエサがおれだった。……ジョウダンじゃないよね。だって生きてたから、こんなふうに過ごせるんだもの」
「……ああ、そうだな。バカげたハナシだ」
『奴ら』はそう扱った。
だがナナミは、誰もそうとは扱わなかった。
滅ぼし、滅ぼされでは辿り着けなかった場所。
多くと知り合い、引き連れたからこそ辿り着けた場所に二人は居る。
────暖かい場所、ふかふかのソファー。
おなかいっぱい食べられて、明るく夜闇も怖くない。
支配なき賑わいの中に彼は居る。
それを心の中で噛み締め。
ナナミは。
ナナミは。
「……たぶんさ、最初から答えは出てたんだ」
「えっ?」
「あの日。一切れのパイを貰った時から、おれは────」
こくん、と口の中をのみこんで。
すぅ…………と息を吸い込んで。
「────おれはきっと、こうしてアヤヒと過ごしていたかったんだ」
「……………………ふぇっ」
不意の言葉がアヤヒを溶かす。
が、ナナミは止まらず語る。
わかってないのか、わかった上でか。
「マスとキャロルを見て、今までを振り返って気付いた」
経験の積み重ねが人を作る。
ナナミという存在を、補完していく。
「たとえ……たとえこの先ずっと、泣いたり、笑ったりできなくても。あの日からの今がずっと続くなら、それがきっとよかったんだよ」
「……………………」
「……でも、かなしいことにそうはできない」
踏みとどまる。
ナナミは幻想には酔わない。
酔えるほどの暇など、どこにもなかった。
「ずっとは続かないんだ。それだけじゃ、長い人生ってのを生きるには足りない……だから『奴ら』は次を育ててるんでしょ」
人生は長い。
だが無限では無い。
そして死ぬまで同じでもない。
いずれ成長し、老いる事を知り、やがて朽ち果てて消えていく。
だからこそ、ずっとこのままじゃ居られない。
「……おれは、おれたちは。今のぬるま湯にずっと浸かってられない。今日は今まででサイコウだったけど。そこから落ちるだけの人生は…………きっとサイアクだ」
カツン……と足元に何かが託される。
それは、膠着した盤面を進める鍵だった。
「…………!」
「前に進もう、アヤヒ。止まった人がどうなるか、おれたちはもう知ってるはずなんだから」
「……ああ、そうだな。ここで止まったら、テンチョーと飲んでるカスヤローに笑われちまうゼ」
脳裏に浮かぶのは、なにもかもから逃げた空っぽの男。
そうはならないためにも。
────アヤヒ、あとはたのむよ。
────ああ、任されたぜ。
声なき信頼が、彼女に届く。
あの日のサイアクを越えてからずっと。
ナナミとアヤヒは二人で一人だったのだ。
意見を違える事は、きっとありえない。
◆
「こっひー、お疲れ様にゃー♪」
「ええ。いい仕事しましたね、よいよい」
食事会を終えて、漆黒の下。
本日の仕掛け人・猫耳メイドよいよいが相方と語らう所へ、その子供はは決意をもって向かっていく。
飾りだろうに、あざとく耳をぴくつかせそれを察知する。
「……? どうしましたか、よいよい」
「あー……小日向、先に帰っとくにゃ。……どうも野暮用ができそうだにゃ」
「……、わかりました。待っていますよ」
礼儀正しく一礼し、スタスタと店へと帰って行く同僚メイド。
その子供は、無闇に二人の間に割って入る事はしなかった。
そこに安堵しつつ……よいよいは向き直る。
「…………どーしたにゃ、ナナミ?」
「うん。ちょっとね……話があってさ」
月光の下に、浮かび上がる白い頭蓋は相変わらずの無表情。
硝子のような血色の瞳が、まっすぐ『彼』を見据えていた。
雲一つない黒の下、烏丸ナナミは最後の扉を開ける。
覚悟をもって。
決意を掲げて。
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