第31話 季節外れのクリスマス・キャロル
「そういや、店長はどったの?」
「店ん中で弓太朗さんとノむってさ。さすがに今のあの店空っぽにすんのはマズイからねー」
「まー、あの二人なら酔ってても『奴ら』に勝てるかな」
きらびやかな店内。
普段とは違う空間。
何度か来たはずのナナミでさえ、夜のこの店の空気感は初めての経験だ。
沈まぬ太陽とでも言うべき、光に満ちた空間だ。
そこの、妙に白く潔癖なテーブルセットに彼らは居た。
「……なあなあ? 食べ放題ってどんなのかな? ステーキってあのドラマで見るみたいな分厚いのとか食べれたりするのかなぁ?」
「いや、さすがにそこまでじゃないだろうな。サービス料込みでもこの低価格……たぶん素材の豪華さより小技で勝負するタイプだ」
「ぶぃー。まあハラいっぱい肉食えるならいいか」
……クリスと、マス。
今宵、もてなされる側。それを別のテーブルから、ナナミとアヤヒはひっそり眺めていたのだ。
……そこへ、本日の主役はやってくる。
「……来たね」
カツリカツリと、高いヒールの音を響かせて────
「────お……おかえりなさい、ませ、ご主人、様……」
「…………おお」
普段の彼女からしたら、想像もつかない立ち姿。
いつもの丸眼鏡ではない。ビジネモデルの眼鏡が、ぐっと大人びた魅力を引き出していた。
そして厚ぼったさとは無縁の、キュゥッとウエストを絞ったメイド衣装が彼女を「成熟した女性」であると強調していた。露出が一切なくとも、布地を押し上げる臀部に加え……なにより胸部の迫力が、童女ではありえない女の魅力を出していた。
それでも、実年齢よりずっと若い印象。
マスともども、骨格は発育不全だったのだろうが……この場合はその幼さが逆に幸をそうした。年甲斐なく振舞っても、全く違和感がないのだ。
「キャロル……なのか……」
「ど、どうかな、マス……」
しばらく、マスはキャロルを見て呆然としてたが……
やがて。
「いやどうって……ここは俺の家じゃないし、籍は入れてないはずだが」
「「「「「「……………………ッ!!?」」」」」」
ガクッ! とマス以外の総員が崩れる言葉を吐いた。
壊れてる以上仕方ない……というだけで、済ませられる朴念仁ぶりなのか。
キャロルは軽くキレた。
「ぬわっ! いやいやそういうこと言ってんじゃなくてさ。あとご主人様ってそのご主人様じゃないし!! ……もっとこう、なんかその……言うことあるでしょ!!?」
「そーそー、いくらなんでもそんくらいわかってるだろマスさんよー?」
「す、すまない……だが、以前の記憶にそれに近い格好がないから、なんと言ったらいいか……」
「いやそうじゃなく……ってかなんか悪化して、てか変な癖ついてない!? 別にドラマとかアニメとかからでも引用はできるし、今までできてたでしょーよーもー!!!」
「すまない……本当にすまない…………」
思いっきり的外れを投げられ続ける。
このままじゃコントにしかならない……と、猫耳メイドがフォローを入れる。
「ん、あによ?」
「まぁまぁ気にしなさんな、ってにゃ? この店、ブレ○ド・Sみたくしょっちゅうテーマ変える予定だし、あんま気にせずに今を楽しんでくれりゃいいにゃん♪♪」
「いや色々大丈夫その発言ッ!? てかこの店メイド固定じゃなかったの!?」
「あーじゃあなにか? キャロルはわざわざメシ食うためにコスプレ『だけ』したってコトかよー? なんなんだ、全体的になんなのさ今日の集まりは?」
なんかいきなり今日のコンセプトが揺らいでるが……よいよいは逆に横から蹴りを入れるように。
「さってにゃー? ぶっちゃけ栄養補給だけでも更ければ上等って思ってるにゃ。ほらそこの彼氏がもう食べてるし?」
「「えっ!?」」
「もしゃもしゃ……とりあえず栄養価は問題ないようだもしゃもしゃ……」
「メイド服着た意味!!!!! 奉仕くらい受けてやれよマスゥ!!!!!!!」
なんてもう、ぐっだぐだの収拾不能具合にとうとうキャロルがはち切れる。
「……ああもう、ゼンゼンワッケわかんないッ!! ちょっとよいよい、一回あっちいっててしっしっ!!」
はいにゃー、っとお調子者ムーブで離れるよいよい。
仕切り直し。
沈静化。
火災を爆弾で消化するように、カオスをカオスで埋めたてたのだ。
一呼吸ついて、一旦いつもの調子に戻りつつ。
「ったく、何なのかしら……もういいや、わたし達も食べましょ食べましょ」
「それもそうだな。いただきまーす」
色々、気にするのも面倒になって、もしゃもしゃと三人で食べ出す。
……正直言って、今までの彼らからしたら天国のよう。
暖かい光の中での食事……さすがに自ら推すだけあって、そのクオリティはなかなか。焦げも変な匂いもなく、ただただ美味に溺れられた。
キャロルも魚や野菜の鮮度に感動しながら食べてたし、クリスもミートスパゲティやビーフシチュー、サイコロステーキなどの肉料理ラッシュをウメーウメーと食べまくっていた。
だが。
「……………………」
ただ一人。
マスだけは無言で、ただただ栄養補給のために食べていた。
不安に思い、キャロルは問いかける。
「……どしたの? あんまり美味しくない?」
「いや。いつも通りかな……あまり差を感じない」
「いつも通りって……あの黒っぽいもやしステーキとコレが同じなわけないでしょ」
「…………そうか。俺にはよく、わからなくてな……」
「……そっ、か…………」
すっとぼけている様子はない。
それが彼の限界なのか。
まだ、足りない。
室温や明るさ、食事の室に加え、キャロルの衣装変更という目新しさを乗せても、まだマスの心は戻らない。
限界まで節約した料理との差が出ない……それほどまでに、彼は痛んでいる。
……ならば。
「……キャロル?」
彼女は盛り合わせの中で、掬いやすい食べ物に目をつけ。
ひとすくい。
「……………………あー、ん」
ひとさじの
「……………………コレは?」
「いや……ほら。こういうのが喜ばれるって、教えてもらったし」
長めの沈黙。
そう聞かされても、マスは周囲を見回し理解に手間取る。
「……だが、俺は両手を自由に使える。食べさせてもらう必要は……」
「だから……その、せっかくだからね? そういう場所、だし……ほら、あーん」
「あ、ああ……そうなの、か……」
かったるい理屈は押しのける。
ただ心のために、手ずから食べさせる。
まるで主従というよりは、初恋の二人のように、口元へ……
────つるり。
入り込んだのを見て手を引き、反応を見届ける。
……と、クリスが気まずげに咀嚼する様が見えた。
「……ん? どしたのクリス?」
「いや……さ。さっきの副菜ってか、よく分からんゼリーみたいなの食べたんだけどさ。なんでこう、気取った店のこーいうのって妙にウスアジなのなんかなって、さ……」
「ははは……クリスにはやっぱ味濃いのの方がいいよね…………マスもそう思う?」
「…………」
「マス?」
返事に手間取っていたが。
その甲斐はあった。
「……いや、味わえる」
「えっ?」
変化。
かすかに見開くような、わずかだが明確な変化があった。
「なんでだろうな……いままでで、一番味を感じる気がする。……いいや」
思い返していく。
今までの食事。時としてそれなりのものを食べたこともあったが……彼にとっては。
間違いなく、今こそが初めての体験。
「いったい、何年ぶりだろう……『味わっている』と自信を持って言えるのは」
「マ、ス……」
「美味しい、んだな……
「…………一太」
変化があった。
状況と想いがもたらした、心の変化があった。
微かだが、彼に欲求が産まれる。
欲求が、蘇る。
「……もう一度、食べさせてくれるか」
「ええ……ええ……何度だって、食べさせてあげるわ……!」
「ああ、宜しく頼む」
なにかが変わった。
時計の止まっていた二人の中で、確実になにかが変わったのだ。
見た事のない二人に、呆然となるクリス。
……そこへ、彼にだけ気づかれるように……よいよいが静かにおかわりを持ってくる。
「えっ?」
「しー…………あの二人はジャマできないしょ。たくさん置いとくから、好きなだけ食べるといいにゃ。今日は大盤振る舞いにゃよ?」
「…………!」
察して、理解する。
仮にもリーダーとして振舞っていた判断力が正しい対応をさせる。
「ああ。ありがとうな、よいよい。……きっとこの日は一生忘れない」
「はいにゃー……今後ともよろしくにゃっ……♪」
尽くすだけ尽くし、すたこらさ。
そうして静かに、二人の時間は護られる。
リーダーを名乗った少年は、クールに一歩引いて見守るばかり。
季節外れのクリスマス・キャロルは、聖雪のようにいつまでも優しい時を刻むのだ…………。
────それを、遠巻きに見る二人は。
「たっははー……なーんか、見たよなあんなの。バーガー屋のCMだっけ」
「ああ、アレね……メイゲンしないけど、めっちゃ燃えたやつ」
「なーんで燃えるかなー。ただのシアワセだってのに」
「さぁねー。……試しにおれたちもやってみる? はじめて会った時みたいに……あーんって」
「ったく……ほらよ、あーん」
便乗。
添え物程度の付き添いながら、同じ場所で同じ時間を過ごしていた。
それなりに場を堪能しつつ……不意に。
思い返す。
「……ねぇアヤヒ。あの日から、ずいぶん走って来たよね」
「……まあ、な」
追憶。
ほんの少しだけ、過去へとココロを向けていく。
二人には二人の物語がある。
ナナミとアヤヒ……少しばかり、その旅路を振り返る時が来たのかもしれない。
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