勇者は魔獣に成り下がる↓
カズウ
第一話 「ドラゴンに噛じられた!」
両親が残してくれた小さい家。この家には似つかわしくない大きなピアノに座る。
煌びやかな音色でピアノを弾く。ニワトリが鳴く前の早朝から。
小さな町のこの一角がにわかに華やかな空気に包まれる。あくまでよく言えばだが。
すると家のドアを叩く音が。あまりに素晴らしい演奏に聴き惚れて、お礼でも伝えに来たのだろか?
「おい!ベルナール!居るんだろ!出ておいで!朝からガチャガチャうるさいんだよ!」
おっと。この声は、音楽がわからない隣りの宿屋のおばさんだ。
ちょっとばかし朝から弾いているからとはいえ何だというのか?
「こんな朝からなんだ?リリーおばさん、何かいいことでもあったのか?」
俺は仕方なくドアを開けると、
「どぁあぁあッ!」
顔面をぶっ飛ばされた。グーパンチで。
「あんたは、毎日毎日朝っぱらからうるさいんだよ!!!営業妨害だって言ってるだろ!!」
宿屋の重労働で身につけた筋力をいかんなくなく発揮し、俺の顔面に迷いのないストレートを打ち込む。
顔をおさえながら、ふらふらと立ち上がる。
「今日は俺の初演奏会なんだよ!!音楽がわからない田舎の客何ぞ知るか!どぁあッ!」
また、グーパンで顔面を殴られた。
「俺の顔はサンドバッグじゃねぇぞ!!ぐえッ!」
いつものようにひとしきりボコられ、生き絶え絶えとなりながらも、朝の一人演奏会を終えると先ほどのグーパンチおばさんの宿屋へ行き日課の朝食を食べる。宿屋の名前はリリーの宿屋。とても可愛らしい名前の宿屋だが、店主は先ほどの通りだ。きっと若気の至りでつけてしまったのだろう。嘆かわしい。
よく言えば親しみやすい、悪く言えば安い宿だ。
ここの一階では簡単な食事と酒を提供している。
料理は得意だがめんどくさいので、我が家の隣りに建つ宿屋でいつもの少し焦げたトーストに目玉焼き、よく焼けたベーコンにコーヒー付きの格安朝食セットを頼む。
「今日のコーヒーはセリーヌが入れたのかい。とてもいい香りだよ。おかわりをくれるかい?」
おかわり無料のコーヒーをもらう。
朝から不機嫌そうな女性がいやいや返事をする。
「ベルナール。毎朝、うちの営業妨害しておいて、良く毎日ご飯食べに来れますね。私を苦学生にしたいんですか?」
「まさか、そんなわけないだろ?むしろウハウハ学生生活を送ってもらいたいくらいだ。宿屋の繁盛のためになるかと思たんだけどね。」
「もし、本気で言ってるならぶん殴りますよ?冗談でも殴りますよ?」
セリーヌは母親譲りのこぶしを握り俺に向かって振りかぶる。
「ごめんなさい。」
ここは素直に謝っておこう。顔も命は大事だ。
「しっかし、本当に最近は客がいないな?やっぱり、旅をする人なんか減ったよな?」
「サングリア王国に魔王が居座ってから魔物も増えて、町を行き来する人はめっきり減ってますからね。
商人とか、役人、運び屋、冒険者くらいなもんですよ。それも最低限の行き来しかないですね。」
サングリア王国はこの国のすぐ隣の国だが、魔王に落とされてしばらく経つ。世界中から集められた勇者一行が、赴いたが、返り討ちにされたそうだ。それから世の中ちょっと暗い雰囲気がある。
「まぁ、そんなことより、セリーヌさん。折り入って相談があるのですが、俺の演奏会のチケット…。」
「いらないです!」
前のめりに断ってきた。
「毎日毎日毎日、ベルナールさんの素晴らしい演奏は聞かされてるので、私の替わりに世界中の人に聴かせてあげてくださいね!」
早口で話を打ちきってきた。
「まだ、半分も残ってるんだよ。一枚と言わず二枚でも三枚でも!」
「頑張ってくださいね!」
泣き落としをしてみるがセリーヌには効果がなかった。ガックリしながら朝食にフォークを刺す。
セリーヌはここの看板娘だ。親に似つかわしくない可愛らしい子だ。確か俺よりちょっと年上だった気がする。最近口が悪くなっている気がする。ついさっき家に殴りこんできたリリーおばさんに似てきたようだ。注意してもらわないと、二人で家まで押しかけられたらかなわない。
「あれっ何かコーヒーがとても苦いよ?」
おかわり無料の三杯目のコーヒーに苦言を呈すると、セリーヌは怖い顔でこちらに振り向いた。大人しくしよう。
「おばさんは一枚買わない?今ならいい席空いてるよ?」
カウンター越しにいるリリーおばさんにも声をかけた。
「はぁー!?私が買うとでも本気で思ってるのかい?」
「俺の演奏が好きすぎて、家に殴りこんできてたのかと思った。」
「きっぱりと違うよ。」
「ですよねー。」
魔物だらけで終末を迎えそうなこの世界で音楽の仕事をしようなど、とても肩身の狭い中、音楽学校を晴れて卒業し、最初の演奏会だ。
チケットは売れ残れ、学友と町で泣きながら手売りで捌いても会場の半分くらいしか埋まっていない。前途多難である。
宿屋のそこそこ美味しい朝食を食べた俺は、家に戻り、鏡の前に立ち、黒髪、黒目のボサボサな髪を整え、つり目をマッサージして普通に見えるよう整え身支度をする。
じいさんの形見の古いナイフと演奏のための楽譜、衣装をリュックにつめて家を出た。
演奏会のある隣町までは馬車で移動する必要がある。
町の運送屋をやっているゼベットじいさんの馬車に乗った。
白髪頭だが、キレイにオールバックで整えられ、メガネをし、真っ白なワイシャツに、蝶ネクタイ、ベストで決めた格好で待っていた。
「じいさん、運び屋なのに、いつもそんな決めた格好で仕事してんのか?」
「もちろんよ、お客受けは運送屋に取って重要じゃ。金持ち連中の信用を勝ち取るには見かけもそこそこ気にしないとな。」
「ふ~ん。そんなもかねぇ。」
逃げのゼベットとして、魔物や、山賊から逃げて確実に荷物を届けると評判だ。
「逃げのゼベットじいさん、俺も無事に届けてくれよ。」
「ただ乗りのくせに、よく言うわい。」
演奏予定の隣町ククールへ、運送のついでに乗せてもらう約束していたのだ。なんせ会場を借りるにお金を使い果たしてしまった。少しでも節約しなければ。
この町には演奏できる場所なんてほとんどないので、隣町でいい会場を借りたのだが、身の程を知るべきだったと後悔している。このご時世、誰もが余裕のない生活だ。
このゼベットじいさんは、割と羽振りががいい。なぜなら、魔物が出るにもかかわらず、町と町の荷物運びをしているからだ。魔物の食われるリスクがある仕事だが、馬の扱いは一級品で魔物から逃げおおせていまでもこうして仕事をしているってわけ。神様はこんなじいさんにも才能をわけ与えるとは!羨まし限りである。
馬車が非常にガタガタ揺れる。運送用の馬車だから人が乗る快適さは考慮されていない。
「じいさん、もうちょっと静かに走れないのかよ!」
「このくらい、かわいいもんじゃろ。大人しく座っておれ!」
まったく意に介さない。やれやれ、町に着く前にお尻が壊れそうだ。
住んでいる小さな町ベルベットを一歩出れば、いつモンスターに襲われてもおかしくないけれど、まだまだ魔物が出る地域からは遠い人間の領地。それほど危険度は高くないだろう。
演奏予定の隣町ククールに向かう馬車に乗せてもらったわけだが。
「今日だけは何も出ないでくれ!」
「この辺じゃあ頻繁には魔物も出んよ。出てもわしが逃げ切れない魔物など存在しない!」
じいさんはお気楽だね。
確かにこの辺じゃあ小物の魔物しか出ないはずだが、人間領は魔王の侵攻を許し、国が一つ乗っ取られて十年ほど経つ。ドワーフ領、エルフ領でも魔族や魔物に侵攻されて領土を縮小している。そんな情勢なので油断はできない。祈りながら馬車で進む。
しばらく道を行くと、何か焦げた匂い。生き物が焼ける匂いに家が焼ける嫌な匂い。魔物に襲われた場所の匂いがする。目的地である隣町のククールの方からだ。
馬車で町が見えるところまで来ると煙が見える…。いやそれより、空にヤバそうなのが飛んでいた。
どう見てもあれはドラゴン。全身に赤い鱗を纏うレッドドラゴンが町を襲撃している!
大きな口から真っ赤な炎を吐き、町を焼いている。こんなところにドラゴンなんて聞いたことがない。
町の冒険者なのか、町の上を旋回しているドラゴンに魔法で反撃しているようだ。
ドラゴンと誰かの戦闘が行われているようだ。ドラゴンはほとんど無傷のようだが、町からは追っ払うことには成功したようだ。誰からの魔法を嫌がり、ドラゴンが町から移動し始めた。運の悪いことにこっちに向かってくる!
やばい、すぐにここから離れないと!
「じいさん!このまま進むのはまずい、引き返せ!」御者のじいさんに叫ぶ。
「言われなくても、逃げるわい!ワシは町最速の運送屋じゃぞ!ドラゴン如きに遅れは取らん!見ておれ!」
「町には、じいさんとこしか運送屋ないだろ!」
じいさんは慌てて180度反転し全速力で馬車を走らせた。
ドラゴンは馬鹿げた大きさの咆哮をあげ、向かってくる。
ドラゴンは炎を吐き、馬車に迫ってくる。
町最速と自慢しているだけあって、右へ左へじいさんが操っているとは思えない手綱さばきで一目散に逃げるしかし、空飛ぶドラゴンと、馬車では、分が悪い。瞬く間にこちらとの距離を縮め、馬が一頭やられた。ドラゴンに鋭い爪を突き立てられあさっての方向に転がっていく。
「ワシの大事な馬が!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
馬車は横転し、止まってしまった。俺は外に放りだされ、地面を転がる。
ゼベットじいさんは、もう一頭の馬を馬車から外し、すかさず飛び乗り一人で逃げていく!
「このままでは食われる!わしは先に逃げるぞ!お前も早く逃げろ!」
逃げのゼベットは噂に違わぬ判断力を発揮し一目散に逃げていく。俺を置いて。
「おい!ちょっと待て!おいてく気かよ!?おい!」
馬車に取り残された俺は仕方なく走って逃げる。そう簡単に食われてたまるか!
全力で走る俺に向かってドラゴンが近づいて来る!
「俺じゃなくて、あっちのじいさんのところに行けよ!あっちは上等な馬もついてお得だぞ!」
「こら!老人をいたわらんかい!」
じいさんの方を指さすが、俺のおススメは全くきいてもらえず、一瞬のうちに距離を詰められ、気付いた時には右腕に噛みつかれていた。
ドラゴンは俺の右腕に噛みついたまま空に飛び上がり暴れ回る!
ぐるぐる体ごと振り回す、まるで犬が人形をかじって振り回すように、俺を振り回す。
左手で腰の短剣を引き抜き、ドラゴンの長い口に突き立てるが、はじき返される。ドラゴンの鱗は鋼鉄のように固く、短剣などまるで受け付けない。
ドラゴンの牙が突き刺さった右腕から血が噴き出し、感覚がなくなっていく。
あー終わりか。と諦めて死を受け入れそうになっていた。
その時、ドラゴンの二ヤついた顔が目に入った。
人をおもちゃのように扱い、苦しみもがくさまを見て笑っていやがる!
「この!クソったれが!」
こんなやつに殺されるのだけはまっぴらだ。今日は俺のこれまでの頑張りが実るかの大事な日なんだよ!
こんなでかいトカゲ野郎に滅茶苦茶にされてたまるか!
ドラゴンに右腕を噛みつかれたまま、短剣を投げ捨てて、残った左手でドラゴンの右目を握りつぶし、そのまま頭の中に腕を突っ込んだ!
「グアァー――アッ!!」
ドラゴンから二ヤついたが表情が消え、叫び狂って空でのたうち回り、しまいにはでかい図体が地面に落下してそのまま動かなくなった。
当然俺も一緒に真っ逆さまに地面に叩きつけられた。
「ざまーみろ。トカゲやろう。」力なく笑い毒づいた。
とても眠い。目がかすむ。ドラゴンの死骸の向こうから金髪の美人が来る、ように見えた。
幻覚だろうが最後にいいものを見た。
意識を失った。
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