第82話 帰国の時

 いよいよアウストブルクを立つ日の早朝。


 私と旦那様は二人でコッソリとお城の塔にある見晴らし台へと足を運んでいた。

 旦那様が事前にカーミラ王女殿下から許可を取っていたらしく、昨日の夜、今日帰国の前に塔に登らないかと誘われたのだ。



「うわぁ、凄い眺めですね! 旦那様!!」

「あぁ、そうだな」


 丁度日が昇る時間を選んで塔に登った甲斐があり、東の空からゆっくりと輝く朝日が顔を出す。


 アウストブルクの精霊達お勧めの絶景スポットだというその見晴らし台からは、町並みや遠くの山々や、そして海までも見通せた。


 二人、どちらからともなく手を繋ぎ、しばらくその美しい風景を言葉もなく見つめる。


 

『新婚旅行みたいで楽しみですね!』


 そんな風に無邪気に笑って楽しみにしていたアウストブルクへの旅は、想像していたのとはまるで違う事件の連続となってしまった。


 もちろん両親の手掛かりを探したり精霊使いの認定を受けたり、アウストブルクの税制について学んだり……色々な目的はあったけれど、それでも旦那様との初の国外旅行が……私は凄く楽しみだったのだ。

 

 くうぅぅー、見てろよ旦那様に手を出した犯人達!

 乙女の楽しみを奪った罪は重いからな!?



「アナ、すまなかったな……」


 私が美しい景色とは不釣り合いな怨嗟を心の中で吐いていると、ふと隣で旦那様がそう呟いた。


「アウストブルクへ来るのを、とても楽しみにしていただろう? それなのに私の事情に巻き込んでしまったし、その、結婚式の写真も無いし……」

「旦那様も巻き込まれた側ではないですか。犯人にはきっちりお返しをするとして、被害者側が必要以上に負い目を感じるのは違います!」


 これよくある話なんだけど、何か事件が起こった時、何故か被害者側が自分の落ち度ばかりを気にしちゃうんだよね。

 でもこういう時、犯人が悪いというのが大前提だ。もちろん自衛は大切だけど、必要以上に自分を責めるのは絶対違うと私は思う。


「まぁ、これからは今まで以上に気を引き締めるとしましょう。それから結婚式の写真に関しては、むしろあんなみっともない姿を残されなくて良かったですよ」


 あんな似合いもしないウェディングドレスを着せられ仏頂面の旦那様と撮った写真なんて、残していたら黒歴史まっしぐらだ。


「……アナは、なんだかんだ言って私に甘いな?」

「旦那様には負けますけどね?」


 二人そんな風に言って笑い合う。

 それだけでもう十分幸せだな、なんて思ってしまうんだから、私も大概安上がりな伯爵夫人だ。


「国外旅行へはそう簡単には行けないが、領地へ帰ったらアナの好きな事を沢山しよう」

「私の好きな事、ですか?」

「ああ。二人だけで馬で遠乗りをするのもいいし、アナのご両親や精霊達やコマローを連れて皆でピクニックへ行ってもいい。またお忍びで街へ出るのもいいな!」


 遠乗り! ピクニック! 街へお出掛け!!


「嬉しいです、旦那様!」


 心惹かれる提案の数々に嬉しくなった私は思わず旦那様に飛び付く。

 提案そのものも勿論嬉しかったけど、それよりも何よりも、こうして旦那様が私の好きな事を分かってくれている事が嬉しかった。



『あ、アナとユージーン、こんなとこにいたー!』


 よりにもよって私が旦那様に飛び付いたタイミングでフォスが飛んで来たものだから、私と旦那様は慌ててバッと飛び退いた。


『邪魔してゴメンね! そろそろみんながアナとユージーンを探し始めたよ』



 ちぇ、時間切れかー。


 雑草魂を宿していても、乙女は乙女。

 私だって大好きな旦那様と二人っきりで過ごしたい、という乙女心を多少は持ち合わせているのである。




 そして、出立の時。


 王女殿下をはじめとして、サミュエルお祖父様にナジェンダお祖母様、お城の人達に精霊達、なんと国王陛下まで直々に見送りに来てくれて、私達はそれはそれは盛大に送り出された。

 クリスティーナだけ、影からコソッと見てたけどね。


『ユージーン、またね!』

「あぁ、グランも元気でな。いつでも遊びに来てくれると嬉しい」


 旦那様の周りをふわふわ飛んでいる精霊は、国王陛下と契約を結んでもいいと言ってくれたあの子だ。

 旦那様は『グラン』と呼んでいたけれど、本名は『デュナメイスグランディミニョン』という。


 ……突っ込むまい。

 私に他者の名付けに突っ込む権利は無い。


 何か、古代の言葉で可愛いだの奇跡だの素晴らしいだの色んな賛辞をくっつけたらこんな事になってしまったらしい。


『一応、止めはしたのだけど……』

と、カーミラ王女殿下がため息をついていたのは記憶に新しい出来事だ。


 まぁ、グラン本人が受け入れたからその名前になったわけで、本人と契約者が気に入っているのならそれでいいのだろう。


 ……多分。

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