第70話 辺境伯家からの使者
お祖父様とお祖母様が王城へ来られて、みんながそれぞれの相手と必要な話し合いをしたあの日から、一週間の時が流れた。
王女殿下は、旦那様を救出した後すぐに『魔の森で旦那様を保護した』という
私は顔を上げてふぅー、と息を吐き出すと両手を上に上げて大きく伸びをした。
んー、肩凝ったぁ!
今、私の目の前には国際法や国際裁判、他国の政治や税金のあり方についての資料や文献がうず高く積まれているのだ。
色々とイレギュラーな事件が起こり過ぎたが、だからと言って元々の目的をまるっと全部捨てる訳にはいかない。
せっかくアウストブルクに来たからには、フェアランブルでは学べない様な知識を吸収する気満々だったのだ。
あんな横槍が入ったせいで目的が果たせなかったー、なんて事になったら余計に悔しすぎるからね!
意地でも目的は果たして帰るぞ。
私、邪魔とかされてもめげないタイプなんで!
さてもう一息。と、文献に目を落とした所で、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「ハミルトン伯爵夫人、カーミラ王女殿下がお呼びですわ」
そう言って可愛らしく微笑んでいるのは、相変わらず可憐な少女の擬態が完璧なクリスティーナだ。
うん、王城はどこでも人目があるからね。クリスティーナは外面モードになるよね。
魔の森を出た後、一旦は学園の関係者の元に戻ったクリスティーナは『教師の言いつけを守らず勝手に森に入った』事で、二週間の謹慎処分になったらしい。
とは言えこれは、今回の事件に関わり過ぎてしまったクリスティーナの身を守る為の王女殿下と学園側の配慮なのだと思う。
そうでないと、謹慎場所が王城とか普通におかしい。
……結構、大事にして貰ってるみたいだしね。
みんなで魔の森を脱出した時。
私と王女殿下が飛空挺の相談をしているその横で、ローブ姿に眼鏡をかけた四十代位の女性に結構な勢いで叱られているクリスティーナの姿を見た。
涙目になりながら怒っている教師らしき女性と、縮こまって申し訳なさそうにしているクリスティーナ。その光景は下町ではよく見かける大人と子供のそれだったけど、私はクリスティーナが怒られてる所なんて初めて見た。
何となく、なんでたった一年でクリスティーナがこんなに変われたのか、その一部が分かった様な気がした。自分の事を思って叱ってくれる人がいるのって、大事だよね。
「失礼します。王女殿下、お呼びですか?」
私とクリスティーナが応接の間に入ると、席には王女殿下と旦那様が先に座っていて、ちゃっかりフォスとクンツとカイヤとイルノまでいる。
そして見た事のない三十代位の男性が非常に気まずそうな顔をして立っていた。
「勉強の邪魔をしてごめんなさいね、アナ。実はフェイラー辺境伯家から、報告書を持った使者が遣わされてきたの」
目の前の男性が、こちらに向かって頭を下げた。辺境伯家からの使者だったのか。
私が旦那様の隣に、クリスティーナが一人掛けのソファに座ると、王女殿下がその使者の男に向き直る。
「お待たせしたわね。揃ったから書状の内容を説明して下さるかしら?」
「はい、本日はお時間を頂きありがとうございます。まず、フェイラー辺境伯家としては、この件に関して全く
確かにその可能性は考えてはいたけれど、自領の人間が他領の当主に犯罪行為を行ったのだ。領主という立場を考えれば『知りませんでした』では済まないだろうに。
「……次に、聴き取り調査を行った教会の言い分としては、ハミルトン伯爵はあくまでご自身の意思で辺境伯領へお越し下さったと。その、イングス伯爵邸で共に過ごされた我が領地の女性が大層お気に召したので、その女性をハミルトン伯爵家へ迎え入れる手続きの為だったと申しております」
「!? そんな訳がなかろう!!」
「教会の者だけでなく、イングス伯爵邸でご一緒におられた各家のご当主方も同じ様に証言しておりまして……大変失礼ながら、ハミルトン伯爵は浮気がバレるのが気まずくてその様におっしゃっているのではないかと……」
「旦那様が……浮気?」
あまりにも想像していなかった言葉の組み合わせに、思わず動揺して溢れた私の声は、他の複数の声に掻き消された。
「「あり得ないわね」」
『『『『ないないないないない』』』』
…………。
…………ですよねー?
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