第68話 それぞれが向き合うべき相手
「ならば何故……私には何も話して下さらなかったのですか?」
おじ様をしっかりと見つめ、そう言った旦那様の声が少し震えている。よく見れば握り締めた拳も微かに震えていた。
旦那様にとっておじ様に本当の事を聞くというのはそれほど勇気のいる事なのだろう。
頑張れ! 旦那様!!
「お祖父様がアナの事情にこれだけ深く関わっていたと言うのなら、婚姻の当事者である私にも事情を説明するのが筋なのではないですか? こんなに大切な事をずっと話して下さらないなんて。……そんなに、私は信用出来ませんでしたか」
旦那様の声は、最後は消え入りそうな程小さかった。おじ様は小さく息を吐くと、旦那様をジッと見据える。
「では聞くがユージーン、アナと結婚した頃の自分を思い出し、真実を知っておればアナを尊重し大切に守る事が出来たと思うか?」
「! それは……」
おおぅ……。
容赦なく攻めてきたな、おじ様。
旦那様にとって、結婚前後の話は正に黒歴史。そこを突かれるとグウの音も出ないだろう。
……ていうか、旦那様だけじゃなくてうちのお父さんの顔色も悪くなりつつあるんだけど、これはどうしたものか。困ったな。
「大体、何と説明するんだ。アナスタシアの母親は精霊のお姫様の生まれ変わりだというのか? 私の昔馴染みだから大切にしろと? ……それでお前は信じるのか? その通りにしたのか?」
……うん、無理だな。
『精霊が見える』なんて言おうものなら医者を呼ばれかねないフェアランブルで、精霊のお姫様がどうのこうの言ってたらどうなるかなんて、まぁお察しである。
「し、しかし、順序立てて根気強く説明して下されば理解出来たはずです。アナの生い立ちやその身体に流れる血の高貴さを知っていれば、決してあんな態度は……
「その身体に流れる血が高貴だから敬うというのであれば、アナは初めから敬われておったはずではないのか? アナは歴としたフェアファンビル公爵家の血筋なんだぞ?」
必死に食い下がる旦那様に、おじ様はピシャッと言い放つ。
「そ、それは……」
「周囲の人間にしたってそうだ。敬っておったか? 平民育ちだからといって侮っておったのではないか?」
思い当たる節があったのだろう。旦那様はハッとした顔をすると悔しそうに俯いた。
「敬いはしない、尊重もしない、しかし力は欲しい。そんな輩が近付いて来ても碌なことにはならんだろう。私はかつて辺境でそんな奴らを山ほど見てきたのだ。……違うか?」
「違い、ません」
正論で押してくるおじ様に、旦那様がそう答えてますます俯く。落ち込む旦那様の姿に、さすがのおじ様も眉尻を下げている。
私は知っている。
かつて『自分の孫が頼りなくて心配だ』と言っていたおじ様が、実はとても嬉しそうな、優しい顔をしていた事を。
おじ様は、決して旦那様の事を考えていなかった訳ではないはずだ。
……もちろん、私の事も。
「私が色々話すよりも、実際にアナと暮らしてみた方が良い結果になるのではないかと思ったのだ。ユージーンは良くも悪くも人の影響を受けやすい。誰かの話を聞いて鵜呑みにするのではなく、自分の目や耳で見聞きし、頭で考えて大切な事に気が付いて欲しかった」
さすがおじ様。確かにそれは当時の旦那様に決定的に欠けていた物だ。
「しかし、それでは私はともかくアナが可哀想ではありませんか。あんな状況で嫁がせて、私がアナに辛く当たるとはお考えにならなかったのですか?」
「いや、アナがお前に負ける訳なかろう?」
「「…………」」
おじ様、人の事を鬼嫁みたいに言うのはやめて下さい。
「ちょ、ちょっと待った! この話は一体何だ? アナとユージーン君は、想い合って結婚したんじゃないのか!?」
顔を真っ青にしたお父さんが話に乱入する。
「なんだ? エドはフェアファンビル公爵家の事も政略結婚の事も聞いてないのか?」
「フェアファンビル公爵家? 政略結婚?」
あぁー、せっかく旦那様とおじ様が腹を割って話をはじめた所だったのに……。
大騒ぎするお父さんと、案の定『まぁっ』とか言ってるお母さんに頭痛がしてくる。
丁度良い。この二人が向き合うべき相手は旦那様でもおじ様でもないはずだ。
「ちょーっと待った! お父さん!!」
私がビシィッと右手を上げてそう言うと、お父さんと、ついでにお母さんもぴたっと止まる。
よしよし、この習性は残ってたね!
「説明が足りていなかったのは認めるけど、今はそれについて話す時じゃないの。今の私が幸せなのは確かなんだし、ここは抑えて?」
「いやだって! だって!!」
「うん、当事者が納得してる娘の夫婦関係に首突っ込む前に、お父さんにはすべき事があるよね?」
にーっこりとした私の笑顔に
「お父さんとお母さんもまず情報の共有と話し合いが足りてません! 娘の事をどうこう言う前に、まず自分達夫婦の今後について話し合って来て下さい!!」
『え? え?』と困惑する両親の背中を押しながら、ポカンとしている旦那様とおじ様にも声をかける。
「お二人も、こんな所で
四人を二人ずつそれぞれ部屋から放り出して、『ふーっ』と振り返ると、呆気に取られた顔をしたナジェンダ様と目が合った。
はっ! やってしまった!!
あの四人はまぁいいとして、ナジェンダ様の前であまりに伯爵夫人らしくない言動をぶちかましてしまった。
恥ずかしくなって縮こまっていると、そんな私を見たナジェンダ様がふふっと笑う。
「まぁ、私だけあぶれてしまったみたいだわ。
……今、『アナ』って?
優しく微笑みながらそう言うナジェンダ様の姿に、数日前にしていた約束を思い出す。
そうだ、次に旦那様と来る時は、ユージーンの祖母として会ってもいいかと言われていたんだ。
何だかゆるゆると心に温かいものが込み上げて来る。
「はい、お祖母様! 宜しければ、私の焼いたクッキーも一緒に召し上がりませんか?」
そうして私は、お祖母様から沢山のお話を聞かせて頂きながら楽しい時間を過ごした。
お茶菓子にクッキーをつまんでいたら、途中からはちゃっかり精霊達も加わった。
—— あの四人の事は気にはなるけど、きっときちんと向き合って、それぞれの答えを出すだろう。
みんな、もういい大人なんだから。
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